232.描写篇:情景による心理描写(6/6)

 今回は「怒る」ことについてと「情景による心理描写」の注意点を書いてみました。

 六回にわたって続けてきたことを、今さら「ちゃぶ台返し」致します。

 心の準備はよろしいですか。





情景による心理描写(6/6)


 今回も「情景による心理描写」です。

 前回に続いて「主人公から見える世界の印象」によって心理を描写していきます。

 怒るとどう見えてくるのでしょうか。




怒ると自分の心の中のことだけになる

 たいていの人は怒った経験があるはずです。

 そのとき相手のことを考えていますか。周囲にいる人のことを考えていますか。

 おそらく考えていないはずです。なぜだと思いますか。

 それは「怒ると自分の心の中」しか見えなくなるからです。

――――――――

 俺はむしゃくしゃしていた。肝いりのプロジェクトを部下の山下が台無しにしてしまったのだ。

 山下には外回りから帰社後すぐ部長室へ来るように伝えてある。

「いつまでほっつき歩いてやがるんだ」

 俺の苛立ちが募ってきたとき、ドアをノックする音が聞こえた。

「部長、山下です。ただいま参りました」

「入れ」

 俺はできるだけ平常心を装った声を返す。

 ドアが開き、山下が俺の前まで進んでくる。

「山下、呼ばれた理由はわかっているな」

「いいえ、思い当たりませんが」

 この一言で俺の堪忍袋の緒が切れた。

「俺のプロジェクトを潰したことだよ! 俺に呼び出されたのならそのぐらい考えろ!」

「あれは私だけの責任ではありません」

「では誰の責任だ? 担当者と調整したのはお前だけだよな」

「たしかに先方の担当者とは私が話し合いましたが、それは課長の了解を得ているわけですし」

「課長に責任を転嫁するな!」

 今にも灰皿をコイツ目がけて投げつけてやりたい。

「しかし実際に課長は了承していたし、それを部長も決裁しましたよね」

「俺が決裁した内容に反することをしたからこの始末だろうが!」

「ですが交渉は相手あってのものですから、稟議書のとおりには進みませんよ」

「それなら真っ先に課長と私に指示を仰げ。なぜ独断で進めた!」

 山下は少しも悪びれる様子がない。それがさらに俺の神経を逆撫でする。

「私が担当者である以上、交渉は私の仕事です。私でなければここまでまとまっていませんよ」

 目の前にいるこの男のことが見えなくなってきた。

 とにかく言いたいことを言わなければ高ぶる気持ちは収まりそうにない。

「お前のその判断をスタンドプレーというんだ! 仕事はチームでするもんなんだよ。ひとりでなんでも決めようとするな! お前は自分を過大評価しているだけだ! とにかく先方に謝罪してお前の提案を取り下げろ。さもなくばお前をクビにするだけだ。いいか、今すぐ撤回してこい! 今日中にだ!」

 怒声を畳み込んだためか、さすがの山下も慌てだした。

「わ、わかりました。なんとか提案を取り下げてもらえるように努力します」

「だったら今すぐ向かえ! 結果はすぐに電話してこい。いいか、提案が取り下げられたらとりあえずクビはつないでやる。だが取り下げられなければ即刻クビだ!」

 それを聞いた山下は返事もそこそこに部長室を飛び出していった。

 その様子を見て少しは気が晴れたが、完全に鎮火するのは山下からの電話次第だ。

――――――――

 怒っているときは周りの状況を冷静に説明しているような心境にはありません。

 とにかく怒声を畳み込みましょう。周りの状況を読ませる余裕を感じさせないためにも、畳みかけるべきです。

 とにかく怒っていたら自分の苛立ちを相手にぶつけないと気が済みません。

 これを食い止めるには「揺るぎない正論」を叩きつけるしかないのですが、それさえも一顧だにせず怒鳴り散らすのが「怒り」のエネルギーなのです。




怒らないで聞いてください

 まず標題でお詫び致します。

 今回含めて計六回「情景による心理描写」を書き続けてきました。

 しかし、これらのことは「知識」として持っておくだけにして、実作ではできる限り用いないようにしてください。


 壮大な「ちゃぶ台返し」です。


 六回にわたって書かれたことは重要度が低いということでしょうか。

 いえ、そういうわけではありません。

 あらゆるシーンで「情景による心理描写」を書いてしまうと、とてもキザったらしい文章になってしまうからです。人によってはとても鼻につきます。

 このことは(1/6)の冒頭でも述べているのですが覚えていらっしゃいますか。

 それを承知のうえで三百枚のうちのとくに強調したい「シーン」でのみ使うように限定しましょう。

 たった一シーンでのみ使うから「情景による心理描写」は読み手の心に訴える力を有するのです。

 あなたが今書いている三百枚の中で、どの「シーン」を重点的に演出して読み手の「心に痕跡を残し」たいですか。

 まずそれを決めたうえで「情景による心理描写」を効果的に使ってください。


 拙著『暁の神話』ではレイティス王国の軍務長官カートリンク以下諸将が戦死する場面で雨と雷を使って演出しました。

 この戦いを機に主人公のミゲル将軍と義兄弟ガリウス将軍が軍のトップに躍り出るため「ここは大事なシーンだから」ということで用いました。

 その後はタイトルにもなっている「暁」つまり空は明るくなったけど太陽がまだ姿を表していない時刻で軍師カイが戦いを仕掛けることで読み手の「期待感」を煽ります。。

 このくらい絞り込んでしまったほうが効果的との判断からです。





最後に

 今回は「情景による心理描写」の第六弾です。

 怒っていると周りのことはまったく目に入らなくなります。

 とにかく怒鳴りまくるだけです。強迫的に追い詰めていきます。


 そういった感情による世界の見え方は、文学小説をたくさん読めば掴めてくると思います。

 ライトノベルもいいものですが、たまには図書館で文学小説を読んでみるのも勉強になっていいですよ。


 そして「情景による心理描写」はあくまでも用いるシーンを限定しましょう。

 あまりに目立ちすぎるとキザったらしくなりますし、演出がくどくなります。

 つまり六回にわたって、三百枚で一、二シーンくらいしか使えないテクニックについてお伝えしてきたわけです。

 でも、知らないよりは知っておいたほうが印象的なシーンを演出できる、という点については使えるテクニックだと思います。

 使用頻度を減らして、より効果的に使うようにしてくださいませ。



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