231.描写篇:情景による心理描写(5/6)

 今回は「悲しい」「苦しい」と風景がどう見えるのかについてです。

 なお現在、過去投稿ぶんを『カクヨム』様へ二重投稿している作業を続けています。

 追いつき次第正式に二重投稿を宣言致しますので今しばらくお待ちくださいませ。





情景による心理描写(5/6)


 今回も「情景による心理描写」です。

 前回に続いて「主人公から見える世界の印象」によって心理を描写していきます。

 負の感情ではどう見えてくるのか、学んでみましょう。




悲しいと暗く見える

 悲しみが募り、絶望を感じるほどになると目に映るものが暗く見えます。

 よく絶望したときに「目の前が暗くなる」と言っているのを聞いたことのある人もいるはずです。

 そう表現する小説も数多くあります。

――――――――

 渋谷のハチ公像の前で俺は待ち合わせをしていた。

「おい澤部、こんな時間に何をしているんだ?」

 聞き知った声を耳にして俺はそちらへ目を配る。

「あ、韮沢先生」

 俺のクラス担当だ。厄介者は会いたくないときに現れるものである。

「塾の帰りか?」

「いえ、友人と待ち合わせをしていまして」

「今の子は午後九時に待ち合わせなんてしているのか」

「約束の時間は六時なんですが、何でも少し遅れるからということで」

 ありのままを先生に伝えた。ここで隠し事をしていても得策ではないだろう。

「それで三時間もここにいるのか」

「はい、そうです」

「待ち合わせの相手は誰なんだ」

「寺岡です。同じクラスの」

「あれ? 寺岡は二時間位前に出食わしたんだけどな」

「二時間前? どこでですか?」

 今日は俺の誕生日である。それをすっぽかして別の人と楽しんでいるだなんて。嘘であってほしかった。

「ちょっと寺岡に連絡をとってみます」

「早めにするんだぞ」

 携帯電話で寺岡にかけてみた。テン・コール目でようやく電話に出た。

〈澤部か、何の用だ。今立て込んでいるんだけど〉

「立て込んているってどういうことだ?」

〈今いいやつとデート中なんだ。急用でないなら長々と電話していられないからな〉

「ちょっと待て。今日は俺と約束していたよな」

〈約束? そんな憶えはないんだけど〉

 寺岡はいつものおどけた口調で返してきた。聞き慣れているとはいえ、今日は嫌味に聞こえてくる。

「今日は俺の誕生日だぞ。二人でカラオケへ行こうと決めてたじゃないか」

〈誕生日って今日だっけ?〉

「そうだよ。だから早くハチ公前に来てくれよ」

〈ごめん、今デート中だから無理だわ〉

「俺との約束をすっぽかすほどのデートって、一体誰だよ」

〈佐伯だよ。同じクラスの〉

 その言葉に耳を疑った。

「ちょっと待てよ。俺が佐伯を狙っていること、お前知っていたよな」

〈ああ、知っているよ〉

「じゃあなんでその佐伯とお前が今一緒にいるんだよ」

〈そうだなぁ、成り行きってやつかな〉

「俺たちの友情よりも佐伯とのデートを選んだのか?」

〈いやぁ。学校の帰りにばったり出会っちゃってさ。何でも話があるから喫茶店で話そうかって運びになって〉

 俺の気持ちを知っていながら佐伯とデートかよ! と電話の向こう側へ怒声を浴びせた。

〈いいだろ。恋愛は自由なはずだ。悔しかったらもっと早くに告白しておくんだったな〉

「なぁ寺岡、佐伯と替わってもらえるか」

 俺はなけなしの勇気を振り絞って聞いてみた。

〈わかった。ちょっと待ってくれ〉

 すると寺岡の声が遠くから聞こえるようになり、佐伯らしき声が返ってきた。

〈もしもし、澤部くん? 何か用かしら〉

 目の間が急に真っ暗になった。佐伯が本当に寺岡とデートしているなんて。あれだけ綺羅びやかだった街灯も今では眩しささえ感じられない。

「今、寺岡とデート中なんだって」

〈デートっていうか、彼と話したいことがあってね〉

「実は今日俺の誕生日だったんだ」

〈あら本当なの。それじゃ今さらだけど、誕生日おめでとう、澤部くん〉

「ありがとう……佐伯さん」

 知らないうちに涙があふれ出してきた。

 なにげない会話に潜まれている絶望感はひとしおだ。

「澤部、どうしたんだ」

 もう韮沢先生が近くにいることにさえ気が回らなくなっていた。

 現実ってやつはいつも残酷だ。無二の親友と思っていた寺岡が、俺の佐伯を奪いやがった。

 もう明日からやつと話をするのも嫌になってきた。

 待ち合わせ時間のときからすでに日が暮れていてあたりは暗かった。

 しかし今その闇はどんどん濃さを増している。

〈でも、もうバレちゃったのかな〉

 聞き返す元気もなくなってしまった。

〈できればでいいんだけど――〉

「何?」

 涙とはながとめどなくこぼれ落ちていた。

〈後ろに振り向いてもらえるかな〉

 携帯電話を耳に当てながら、佐伯に言われるまま振り向いてみた。

 するとそこには佐伯と寺岡が立っている。

「へっ? これってどういう……」

 佐伯が照れくさそうな表情を浮かべながらゆっくりと近づいてきた。

「はい、これ誕生日プレゼント」

 佐伯が紙袋を渡してきた。中を確認すると入っていたのは五冊の英語の参考書である。

「澤部くん英語が苦手だって寺岡くんから聞いて……それならプレゼントは参考書かなと思って」

「しょせん俺とお前は一心同体。進学するなら同じ大学に入りたいよな」

 あまりの出来事に言葉を失ってしまった。

「でもお前って英語が壊滅的にダメじゃん。で、英語の得意な佐伯に参考書を見繕ってもらっていたってわけ」

 確か佐伯の志望校は東都外大だったはずだ。

「私も澤部くんと寺岡くんと一緒の大学に行きたかったから」

 韮沢先生はこれまでの顛末を見届けた後、

「どうやら心配はなさそうだな。三人ともすぐに帰宅するんだぞ」

 と言い残してJRの改札口へ向かってこの場を立ち去っていった。

――――――――

 例文を差し替えました。

 今回は恋愛風味に仕立てて、感情のやりとりを直接見せる形で書いてみました。

 初稿の新吾くんに関しては『物語(仮)』に登場してもらいます。

 こちらはご指摘のあった部分が抵触しない形を元から想定していたので、すんなりとエピソードを入れ込める予定です。

 一度悲劇を起こしたら、救済したくなるのが私のクセなので、新吾くんにも救済が必要かなと思っております。

 早く『暁の神話』の連載版プロットを完成させないといけませんね。

(そう考えて一年半。まだキャラ設定を詰めているところです)。




苦しいと手近なものしか見えなくなる

 仕事で納期が近づいてくると手近なものしか見えなくなります。「見通しが立たない」わけですね。

 また拷問や強迫的な追い詰め方で自白を強要されると、現状から解放されたいがために真実を捻じ曲げて心にもない自白をさせられることがあります。

 このように苦しめられると「今解放されたい」と感じて先のことに考えが及ばなくなるのです。

――――――――

「おい長野。ちょっと来い」

 突然課長から呼び出しを受けた。

「何でしょうか」

「何でしょうかじゃない。この計画書を今すぐ書き直せ」

 課長はイライラしている。

「どこか至らない点がありましたか?」

「どこかじゃない。すべてだ。こんな計画、実現できるはずがないだろう」

「いえ、そんなはずはありません」

「見積もりが甘いんだよ。こんな安値で請け合ったら会社は即倒産だぞ!」

「そうは言っても先方がそれでなければ応じないとごねていまして……」

 先方の企業は最大でもこの金額でなければ契約しないと言っていた。

「そうやって相手にどんどん足元を見られていくんだよ。それで潰れた企業はごまんとあるんだ!!」

「ですが課長は交渉を私に一任されたわけですし……」

「だからといってこんな契約してこいなんて言った憶えはないぞ!」

「それなら課長が交渉してくださいよ。私ではまったく取り合ってくれなくて……」

「なんでも他人に責任を押しつけるな!」

 課長の態度がどんどん高圧的になってくる。

「お前を辞めさせることもできるんだぞ」

「そんな……、私は会社によかれと思って――」

「よかれと思えば会社に損害を与えてもいいわけじゃない!」

 それなら課長が交渉していればよかったんじゃないか。

 そう思っているのに課長はすべての責任を私に押しかぶせるつもりのようだ。

「去年結婚したばかりで会社を辞めさせられては妻を養っていけなくなります……ですからクビにはしないでください……」

「それなら今月の給料、二〇パーセント減額するからな。それが最低限のけじめだ」

「……わかりました。それでお願いします」

 なんとかクビを免れたくて減額に応じてしまった。

 この会社、ブラックなんじゃないのか。そう思ったが、役職無しの私が今すぐ転職できる保証はどこにもない。

 こうやって若手を追い詰めることが課長の楽しみなのではないのだろうか。そんな気がした。

――――――――

 例文だと怒鳴られて萎縮して、辞めさせると脅されて周りが見えなくなって、最終的に給料の減額に応じなければならなくなりました。

 つまりどんどん手近なものしか見えなくなってしまって不利な条件を飲まなければならなくなるのです。





最後に

 今回は「情景による心理描写」の第五弾です。

 悲しかったら暗く見えてきますし、苦しかったら手近なものしか見えなくなります。


 いよいよ次回に壮大な「ちゃぶ台返し」が待っています。

 怒りっぽい方がいらっしゃると思いますので、あらかじめ報告しておくことにしました。



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