228.描写篇:情景による心理描写(2/6)

 今回も「情景による心理描写」についてです。





情景による心理描写(2/6)


 今回は「情景による心理描写」のうち気象による表現法について引き続き述べます。




もやもやしていれば曇り

 晴れや雨のようにはっきりとした気持ちでなく「もやもや」している感情を表す心理描写として「曇り」がよく使われます。

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 俺は殺人事件の現場に覆面パトカーで乗りつけた。上空では雲が重苦しく立ち込めている。

「警部、お早いお着きで」

 被害者に近寄りながら上着の左ポケットに入れてある白い手袋を両手にはめていく。

 部下の米山とともに遺体に向かって手を合わせた。ひと祈りするとさっそく被害者の検分に入る。

「後頭部に打撲痕があり、そばに血痕の付着した大きな石があります。これが凶器だと思われます」

 鑑識の一人が俺たちに説明していく。

「これだけ大きな石だと女性が持ち上げるのは無理かもしれませんね」

「ざっと五キロはあると思われます」

「ということは犯人は力持ちの男性……ということでしょうか、警部」

 俺は違和感を覚えた。念のため被害者と凶器の石の周囲に目を凝らすと、石から頭部までの間に血痕が続いていることが見て取れる。あることが頭によぎった。

「いや、これは女性でもできるし、事故ということもありえるな」

 米山や鑑識に意外な見解を示してみせた。

「河原警部、どういうことですか?」

「犯人が石を持っていたわけではなく、被害者がこの石に向かって後ろへ倒れ込んだ可能性がある」

「あぁ、なるほど」

「鑑識さん、とりあえず石を動かした形跡があるか確認してくれ」

 鑑識の一人は応援を呼んで石を丁寧にひっくり返してみた。

「つまり誰かと口論して突き飛ばされた先にたまたま大きな石があったと。……ちょっと待ってください。それだと遺体は石の上に頭を載せていなければいけないのではありませんか?」

「後頭部に打撲痕があったとして、それで即死するとは限らないな」

「そうなると後頭部を打ちつけた直後はまだ体は動かせたので、歩いて帰ろうと移動しているときにこの場所に倒れ込んだと」

「そう考えると現状の説明がつくだろう」

 鑑識は石に動かされた形跡がなかったことを伝えた。

「周辺で誰か口論を聞いていなかったか聞き込みましょうか」

 米山が話しかけると中谷警部補が近づいてきた。

「いや、周辺では誰も諍っている声を聞いていなかったよ」

「さすがだな、もう聞き込みを済ませていたか」

「でも口論を聞いた人がいないとなると、犯人像が絞り込めませんね」

 米山が悩んでいるところに、俺は追い打ちをかけた。

「もう一つの可能性があるんだよ」

「もう一つの可能性?」

「被害者がひとりでに倒れ込んでその先にたまたまこの石があった、と」

「ということは被害者はなにかの弾みで転倒してそこに運悪く石があったわけですね」

「そうだとすれば完全な事故死……ということになるな」

 中谷は冷静に言葉を返してきた。

「犯人は男性なのか女性なのか、はたまたただの運が悪かった事故なのか。さっぱりわかりませんね」

 米山の声を聞いていた俺は空を見上げた。事件の先行きと同様にはっきりしない曇天だ。

――――――――

 このように「はっきりしない」「もやもや」しているときは曇り空にすることが多いですね。

 その後事態は晴れに向かうのか雨に向かうのか、読み手を煽る意図を持って用いられることも多くなります。




不穏なときは暴風・雷鳴

 事の成り行きが怪しくなってくると、暴風が吹き荒れたり雷鳴が轟いたりします。

 雷鳴は拙著長編『暁の神話』第三章で雨とともに用いているのでここでは省きます。

――――――――

 周の姫発は周辺国と合わせて五万の兵を挙げ、殷の紂王を討つべく東進を開始した。

 決戦の地・牧野の手前で突如として雷鳴が轟き、旗幟が暴風を受けて真っ二つに折れてしまった。これに驚いた占者は発に進軍の中止を進言する。

「公子様、これは凶兆にございます。この戦は敗北致します」

 しかし発は事もなげに切り返した。

「それは殷が滅びるという凶兆だ。我々はこのまま東進し、七〇万の殷の兵を蹴散らして見せようぞ」

 大した胆力を見せた発は周率いる連合軍を牧野へと進めさせた。

――――――――

 これは中国の殷王朝最後を飾る「牧野の戦い」の前に起こったことだとされています。

 この頃は暴風が吹いて旗幟が折れるのは戦に負ける凶兆とされていました。

 それを「殷が負ける凶兆」と見なした姫発の発想の柔軟さを物語る創作として用いられています。

 三千年以上前から「不穏な事柄の象徴」として暴風や雷鳴を演出として用いていたわけですね。




心細さを感じさせる日暮れ

 周りが徐々に暗くなっていき、それに連れて遠くのものがよく見えなくなっていく。そんな日暮れの模様が心理描写として用いられることがあります。

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 午後五時半を過ぎてあたりが薄暗くなってきた。ひのき公園の時計台の下で所在なげに立ち尽くしている。

 勇気と約束したのは午後五時だ。しかし彼はまだ現われない。

(いつまで待たせるつもりなの、勇気……)

 付き合い始めて二年経つが、最近デートの約束をしていても遅れてやってくることが多くなってきた。これがマンネリということなのだろうか。

 去年の私の誕生日では約束よりも一時間も前に来ていて、赤いバラの花束とショートケーキを持っていてくれたのに。

 過去にしがみつきたくなるのも無理はない。彼の心が私から少しずつ離れていっていることを自覚せざるをえなかったのだ。

 太陽はすでに家並みに沈み、街路灯に心許ない明かりが点き始める。

 今日は私の十八歳の誕生日。勇気はいつやってくるのだろうか。

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 心細さや不安といった心境と、日が暮れてあたりが暗くなる状況とをうまくリンクさせて演出すると効果が高くなります。

 会話文が多すぎると心細さや不安や頼りなさが薄れてしまうので、できるだけモノローグ(独白・心の声)だけで表現したいところですね。





最後に

 今回は「情景による心理描写」の第二弾です。天候や時間などを活用すると心理描写が幅広くなります。

 その中で「曇り」「暴風・雷鳴」「日暮れ」について述べました。

 いずれもどちらかというとマイナスなイメージを持つ気象です。

 こういった表現はいきなり使うより、何作か短編を書いてみてしっくりくるものを使うようにするとよいと思います。

 次回は「明け方」「夜間」についてです。



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