227.描写篇:情景による心理描写(1/6)

 今回から六回にわたって「情景による心理描写」の典型を書きます。

 ただし、(6/6)で壮大なちゃぶ台返しが待っています。

 今回の冒頭でも述べていることですが、6回連載した結果がそれなので「なんじゃこりゃ~」状態になると思います。





情景による心理描写(1/6)


「舞台の描写」には前回述べた客観的な「風景描写」と、主観を交えて表す「情景による心理描写」があります。

 今回から「情景による心理描写」について六回に分けて述べていきます。

 なおコラムNo.19で述べたように「心理描写のために風景描写」を頻出させないでください。

 くどくなって読めたものではなくなってしまうからです。




晴れ晴れとしていれば晴れ

 たとえばドロドロな人間関係を描いた恋愛小説があったとします。

 主人公には「対になる存在」である「意中の異性」を自分のものにしたいという欲があります。

 そして他にも「意中の異性」をものにしたい「恋のライバル」がいるのです。

 この三人でドロドロとした恋の駆け引きが繰り広げられます。

 最終局面でもし主人公が「意中の異性」と結ばれる展開にすると決めました。ハッピー・エンドです。

 どんな情景がふさわしいでしょうか。

 主人公の心の内を表すような情景であると、ベタですが演出としては手堅いと思います。

――――――――――――――――

 高校の卒業式が終わりおのおのがいたるところで級友たちと最後の別れをしていた。

 私は耕平に連れられて校内でいちばん鮮やかに咲いている桜の木の下にやってきた。今日は青空が広がっており、桜のピンク色とのコントラストが群を抜いて冴えていた。

「なぁ頼子」

 耕平とは最後の会話になるかもしれない。そう思うと胸が苦しくなって返す言葉がなかなか口にできなかった。

「……うん」

「俺たちが同じクラスになったのって二年生からだよな」

 連れてきた耕平自身も何かに言いたいことがあるようだが、いまいち踏ん切りがつかないようだ。

「そうね」

「俺、お前を見たときから……その、なんていうのかな……こいつとならうまくやっていけるんじゃないかな……と思って……」

「……うん」

 別れの言葉なんて聞きたくなかった。いつまでも耕平と一緒にいたかった。でももう彼とこの校舎を訪れることはないのだ。

 すると突然耕平は右手で自分の頭をかきむしる。

「えーい、こんなんじゃないんだ!」

 緊迫していた空気が一気に崩れ去った。

「頼子。俺はお前のことが好きだ。好きだった」

 二年間聞けなかった彼の本心。別れの言葉としてはとても残酷な真実だ。

「だから……もし、お前が俺のこと好きでいてくれているのなら……」

 彼の言葉に惹き込まれていった。どんなに私の心を傷つけようとも彼の思いを受け入れよう。そう決めて続く言葉を待った。

「これからも俺と付き合ってほしい。卒業してからもそばにいてほしい。俺のわがままなのはわかっている」

 耕平の瞳が私の目を真摯にとらえて離さない。

「俺はお前を誰よりも愛している。絶対に不幸にはさせない。だから……」

 私のわだかまっていた気持ちが一気に溢れ出してきた。自然と頬を涙が伝う。

「……頼子?」

「私も……耕平のこと大好きだよ」

 涙を流しながらも笑みがこぼれてきた。

「私もあなたのことを誰よりも愛しています。できれば一緒にいたい。いつまでもずっと」

 やっと口から出た私の本心。すると突然耕平は私を力強く抱きしめてきた。

「俺たちはこれからもずっと一緒だ。お前が俺を嫌いだと思う日まで、俺はお前のそばにいる」

 その言葉を聞いて、私は涙があふれるのを止められなかった。

「ええ、私たちこれからもずっとずっと一緒だよ」

 私も力を込めて耕平を抱きしめる。

 見上げると、春の深い青空には雲ひとつなく降り注ぐ陽の光が私たちを照らし出していた。風に舞う桜の花びらが私たちの前途を彩ってくれているようだ。

――――――――

 例文を作ってみましたが、どうしても区切れなくて長文になってしまいました。

 このようにハッピーエンドがわかっているときは、晴れ空であることが多いのです。


 逆に綺麗さっぱりフッてやるときも晴れ空が多くなります。

――――――――

 呼び出された陽介が待ち合わせ場所である校舎の屋上にやってきた。

「弓子、なんの用だよ。あ、わかった。俺と付き合う気になったんだな」

 得意顔をしながら私に近づいてくる。私の気持ちなんて知りもしないで。

「冗談じゃないわ。誰があんたみたいなクズと」

「でも惚れてるんだろ?」

 この一言で私はカチンときた。

「どこのどいつがテメエみてぇな尻軽男に惚れるっつうんだよ」

「へっ?」

 突然の私の荒口にきょとんとした顔をしている。

「後ろを見てみな」

 陽介が振り向くと、そこには女生徒たちが立ち並んでいた。しかも全員陽介と関係を持っていた。

「テメエのしでかしたこと、きっちりと落とし前つけてもらおうか」

 ドスの利いた声でコイツに寄っていく。

「あたしはテメエみたいなヤツが大嫌いなんだよ。これ以上あたしにも皆にも手ぇ出すんじゃねえぞ!」

 その場で尻餅をついた陽介は口をパクパクさせたまま何も言えなくなってしまったようだ。

「じゃあな」

 あたしは女生徒たちを引き連れて一緒に昇降口へと向かった。

 空は雲ひとつない晴天で、すっきりと澄みわたっていた。

――――――――

 心のわだかまりがなくなることで心の中がすっきりします。そのすっきりとした心持ちを晴れ空に託すわけです。




悲しんでいれば雨

 悲しいときに降る雨を「涙雨」とも言います。主に葬式の日に降る雨ですね。

 そのイメージからか古今東西問わず、悲しいシーンをより悲しく演出する手段として雨を降らせることがあります。

――――――――

 電車を乗り継いで人けのない川原へやってきた。俺はこの場所について詳しくない。スマートフォンのナビ機能を使ってようやくたどり着いたのだ。

 空を見ると今にも雨が降り出しそうな厚い雲が重なっていた。なにも起こらなければいいのだが。空に問うても答えが返ってくることはない。

「よう高橋。ずいぶんと久しいな」

 背後から知った声が聞こえてきた。振り向くとそこには旧友が立っていた。

「吉田……? 吉田か!」

 こんな辺鄙なところで会うとは思わなかった。懐かしい顔を見ているだけでともに学んだ高校の頃を思い出す。

「吉田、お前今何しているんだ? いやそれより、どうしてここにいるんだ?」

「なに、親方に頼まれて受け取りにきたんだよ」

 彼は右手を腰の後ろに回しながら答えた。

「受け取りに……?」

「そうさ――」

 と言いざま彼は右手に持ったなにかを俺に向かって突き出した。

「――お前の命をな」

 どすんという鈍い音が聞こえた。突如胸に強烈な痛みが走る。俺の胸にナイフを突き立てて、吉田がにやりと笑った。

「どうして……」

「ちょっとばかり金に困っていてな。これで帳消しだそうだ」

 吉田は俺の頭を掴んで後ろへ転ばせた。

「最期くらいお天道さん見せてやりたかったが、じきに雨が降るだろうな。せいぜい雨がやむのを待つがいいさ」

 やつは浮かれた顔をしながら俺のもとから去っていった。

 薄れていく意識の中で薄暗い曇天を見ていると、いつしか大粒の雨が降り出してきた。

 俺を悲しんでくれるのはこの空だけなのだろうか。目を開けているのも億劫になり、まぶたを閉じると雨が土に吸い込まれる音を聞いたような気がした。

――――――――

 ちょっとわかりづらかったかもしれませんね。

 『pixiv小説』に投稿している拙著『暁の神話』の第三章で行なわれる合戦シーンに使ったような演出がベストだとは思うのですが、参照するにはちょっと長すぎるので新しくショートショートを書いてみました。





最後に

 今回は「情景による心理描写」の第一弾です。天候で心理描写をするのは物語演出で古くからある手法になります。

 晴れには晴れ晴れとした心持ち、雨には悲しみを感じさせる気持ちを仮託しているのです。

 他にも天候を利用して心理描写を引き立てようとする演出があります。次回は第二弾になります。



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