223.描写篇:主人公の描写
今回から集中的に描写のパターンを見ていきます。
まずは「主人公の描写」です。
小説は主人公の人となりを見せて感情移入できないといけません。
でも主人公が自分のことを「あえて口にして説明する」でしょうか。しませんよね。
ではどうやって説明したらよいのでしょうか。
なお私は小説に関してはせいぜい中の下くらいの筆力しかありません。
上級者の方からみればどの例文も「もの足りない」と思われそうです。
主人公の描写
本格的に「描写」に関して集中的に説明していきます。
まずは「主人公」からです。
一人称視点での主人公の描写
一人称視点での主人公の描写は案外とたいへんです。
なぜなら自分の目線から自分を説明しなければなりません。
たとえば「前髪を眉毛の上で切り揃え、サイドを梳いた短髪」という設定があるとします。
これをそのまま主人公が語るのはおかしいですよね。
一人称視点での地の文は主人公から見たもの主人公が感じたものを「そのまま」書きます。
あなたは自分にとって当たり前の知識を、あえて「口に出して説明する」なんてことしませんよね。
でも初心者の書き手は小説でそれをやってしまいます。
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俺は前髪を眉毛の上で切り揃え、サイドを梳いた短髪にしている。
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この文章はなにかが「おかしい」と感じませんか。
(感じてくれないと私の筆力が低い証明になりますね)。
自分の髪型なんて自分でわざわざ説明するものかよと思うはずです。
思わない方は文章を読み慣れていないのかもしれません。そんな方は小説をたくさん読んでたくさん書くことが文章上達への近道です。
では風貌はどうでしょうか。「色黒な肌、茶色の瞳、小さな鼻、大きな口」だったとしたら、一人称視点でどう書けばよいのでしょうか。
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俺は色黒な肌をしていて茶色の瞳をし、小さな鼻に大きな口をしている。
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やはりなにかが「おかしい」ですよね。
やはりあえて「口に出して説明する」ことなのかよと感じます。
一人称視点で主人公の容貌を描写するには、主人公の動作の中に少しずつ紛れ込ませるのが最適解です。
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眉毛の上で切り揃えた前髪を翻しながら、俺は全力で駆け抜けた。サイドを梳いた短髪が心地よく風を切るのが感じられる。
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ということで主人公を走らせてみました。
こう書くと髪型があまり違和感なく説明できているはずです。
今度は風貌を動作に紛れ込ませましょう。
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刺すような八月の陽光に色黒の肌を焼かれながら、茶色の瞳で目前に迫ったゴールラインをしっかりと見据えて走り続ける。
ゴールラインへ一番に駆け込んだ。我ながらいいタイムが期待できる。
掲示された速報タイムは一〇秒〇一。小さな鼻では空気が満足に吸えないので大きな口をさらに大きく開いて呼吸を整えている。
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こちらも走らせることで設定を紛れ込ませることに成功しています。
このように「設定は動作の中に少しずつ紛れ込ませる」のが一人称視点で主人公を描写する最適解なのです。
三人称視点での主人公の描写
三人称視点での主人公の描写は、一人称視点で他人を描写するのと似ています。
ただし視点が抱く「心の声」「感情」「五感など」は書けません。書いてしまえば視点を持つ者の一人称視点の小説になってしまうからです。
語り手の主観を排して、目を惹くところから順に書いていきましょう。
小説は「一次元の芸術」なので、文章の流れが語り手の目を惹いた順番ということになります。
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佳彦は前髪を眉毛の上で切り揃え、サイドを梳いた短髪にしている。色黒な肌に茶色の双眸、小さな鼻と大きな口が
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と書けます。設定をほぼそのまま書けるわけです。
ですが設定をそのまま「説明」するのはやはり芸がありません。
もちろん最小限の文字数で設定を書くには「説明」だけで片付けるほうが効率がよいのは確かです。
とくにモブキャラであればこれでもまぁなくはないでしょう。
でもこれは小説です。新聞記事ではないのです。
少し芸をつけるのなら、一人称視点のときと同様に「設定は動作の中に少しずつ紛れ込ませる」方法が使えます。
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眉毛の上で切り揃えた前髪を翻しながら、佳彦は百メートルを駆け抜けていった。サイドを梳いた短髪が風を切っている。八月の陽光に色黒の肌を焼かれながら、茶色の瞳で目前に迫ったゴールラインを見据えて走り続ける。
彼はゴールラインへ一番に駆け込んだ。掲示された速報タイムは一〇秒〇一。小さな鼻では空気が満足に吸えず、大きな口をさらに大きく開いて呼吸を整えている。
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一人称視点の例文に少し手を加えました。
「語り手」にしか感じることのできない「心地よく」「感じられる」「刺すような」「しっかりと」「我ながらいいタイムが期待できる」を省いて主観を排した文章に仕立てたものです。
ただ説明するよりも動作を読ませる自然な流れの中に設定を織り込んでいくと説明されても窮屈な感じがしませんよね。
設定の省略と提示
もちろん取り立てて「説明」するほどでもない「設定」は省くに越したことがありません。
重要な情報は必ず書かなければなりませんが、平均的な特徴については
たとえば身長が一七〇センチメートルという「設定」だとします。これは現在の日本人男性の平均身長に近いため、あえて書く必要はないでしょう。
書かないことで「この主人公の身長が書いていないけど、まぁ平均的な身長なんだろうな」と読み手が思ってくれます。
ただし平均身長というものは年を経るごとに変化していくものです。
身長の絶対値を文中に書かないでいると主人公の身長が時代によって伸び縮みしてしまいます。
三十年前の日本人男性の平均身長は一六五センチメートルほどだったのですが今は平均一七〇センチメートルへと変わっています。
つまり文中で絶対値を書かないと、主人公の身長は三十年で五センチメートル伸びてしまうのです。
たとえば意中の女性の身長を一五五センチメートルと文中で明確に書いている場合、三十年前なら十センチメートルの差だったものが、今は十五センチメートルの差へと変化してしまいます。
身長の対比が明確に異なりますよね。
だから書かなければならない「設定」はどうしても文中で提示する必要があるのです。
最後に
今回は「主人公の描写」について述べてみました。
一人称視点での主人公の描写は「説明」という最も手軽な手段が使えません。自分のことをあえて「説明」する人なんてまずいないからです。
自分の設定をあえて「説明」している代表作は夏目漱石氏『吾輩は猫である』が挙げられます。
これは言文一致体の模索期にかかれている作品ですから、一人称視点はどう書けば正解なのかを当時誰も知らなかったからです。
多くの書き手が模索している中に『吾輩は猫である』が生まれています。
ではどうすれば設定を「説明」することができるのでしょうか。
上記したように「動作の描写に紛れ込ませる」と無理せず設定を読み手に伝えることができます。
三人称視点での主人公の描写は最も手軽な「説明」が使えるため、それほど苦労しません。
ですがそれでは芸がない。
あなたが書いているのは取扱説明書ですか設定資料集ですか。違いますよね。小説のはずです。
一人称視点と同様に「動作の描写に紛れ込ませる」ほうが断然よいと思います。
ただし一人称視点では書けた主人公の「心の声」「感情」「五感など」は書けません。書いてしまうと「語り手」の一人称視点か神の視点へと変化してしまいます。
語り手の主観を排して客観的な描写になるように心がけましょう。
次回は「人物の描写」について述べます。
主人公以外の人物をいかに描写するのか。主人公以上に多彩な書き方が求められるようになります。
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