224.描写篇:人物の描写
今回は「主人公以外の人物の描写」になります。
主人公ほど制約がないので、かなり自由に書けるのですが、反面どう書いていいのかわからなくなる。というケースが多いです。
人物の描写
前回は「主人公の描写」について述べてみました。
今回は「主人公以外の人物の描写」について見ていきます。
三人称視点での人物の描写
三人称視点の人物の描写は基本的に三人称視点での「主人公の描写」と同様です。
語り手の主観を排して客観的な描写を心がけます。
「主人公の描写」でも述べましたが、三人称視点では「説明」するのが最も手軽で簡単です。でもそれでは取扱説明書や設定資料集止まり。せっかく小説を書いているのですから「描写」を心がけましょう。といっても「描写」に必要な主観が三人称視点では使えません。
そこでやはり「主人公の描写」で述べたように設定を「動作に紛れ込ませる」べきでしょう。ということは、三人称視点での人物の描写は、三人称視点での「主人公の描写」がそのまま使えるということです。重複しますが再掲しましょう。
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眉毛の上で切り揃えた前髪を翻しながら、佳彦は百メートルを駆け抜けた。サイドを梳いた短髪が風を切っている。八月の陽光に色黒の肌を焼かれながら、茶色の瞳で目前に迫ったゴールラインを見据えて走り続ける。
彼はゴールラインへ一番に駆け込んだ。掲示された速報タイムは一〇秒〇一。小さな鼻では空気が満足に吸えず、大きな口をさらに大きく開いて呼吸を整えている。
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三人称視点では人物もそうですが語り手自体の心の中も書けませんから、主人公を書こうが他の人物を書こうが同じ描写になるのです。
一人称視点での人物の描写
一人称視点での人物の描写はなかり自由度が高くなります。
つまりここが書き手の筆力を計るのに役立つのです。
逆に言えば「人物の描写を見れば、どの程度の書き手なのかが一瞬でバレる」ことになります。
少し脅かしてみましたが、そのくらい重要です。
人物が出てきて、それを淡々と客観的に「説明」することもあります。
とくに重要でない人物なら「説明」だけでじゅうぶんです。そんな人物まで「描写」していたら冗漫もいいところ。
パッと出てきてすぐに死んでしまう人物の詳しい容貌は物語の理解に必要でしょうか。要りませんよね。
そういう端役は手短に書いてしまいましょう。
では物語を綴るうえで意味のある人物の描写はどうすればよいのか。
三人称視点とは異なり「主観を交えて情感豊かに表現する」ことを心がけてください。
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眉毛の上で切り揃えた前髪を翻しながら、佳彦は全力で駆け抜けた。サイドを梳いた短髪が心地よさそうに風を切る。
刺すような八月の陽光に色黒な肌を焼かれながら、茶色の瞳で目前に迫ったゴールラインをしっかりと見据えて走り続ける。
彼はゴールラインへ一番に駆け込んだ。いいタイムが期待できる好走だった。
掲示された速報タイムは一〇秒〇一。小さな鼻では空気が満足に吸えないと見えて大きな口をさらに大きく開いて呼吸を整えている。
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前回の例を元に一人称視点での「主観を交えた」表現をしてみました。
これでもそれなりによいとは思います。ただ「説明」しているよりははるかにマシでしょう。
ですがせっかく一人称視点での他人の描写です。
主人公と人物とでやりとりさせてみましょう。
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号砲一発、百メートル走の選手が一斉にスタートを切った。
「佳彦行けー!」
俺は無我夢中で大声を出した。
眉毛の上で切り揃えた前髪を翻しながら、佳彦は全力で駆け抜けた。サイドを梳いた短髪が心地よさそうに風を切る。
俺の声に応えるかのように三〇メートル地点からぐいぐいと加速し一気にトップへ躍り出る。
観客席にいる俺ですら突き刺されるような八月の陽光に色黒な肌を焼かれながら、ヤツは茶色の瞳で目前に迫ったゴールラインをしっかりと見据えて走り続ける。
「行け行けー!」
伸びのある終盤のストライドがいっそう広まりピッチも速くなる。他の選手をさらに置き去りにして、まさに「飛ぶような」軽やかな走りを俺へそして観客へ見せつけた。
「九秒来ーい!」
佳彦はスタート地点から百メートル先のゴールラインへ一番に駆け込んだ。いいタイムが期待できる好走だった。
掲示された速報タイムは一〇秒〇一。小さな鼻では空気が満足に吸えないと見えて大きな口をさらに大きく開いて呼吸を整えている。
「まだわからないぞ!」
俺の声に気づいた佳彦は喘ぎながらもこちらへ親指を立ててみせる。ヤツはやるときはやる男だ。日本人高校生初の九秒台へ期待に胸を膨らませながら正式タイムが出るのを今か今かと見守った。
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どうでしょうか。先ほどよりも読み応えのある「描写」になったのではないでしょうか。
視点を持つ主人公と他の人物(佳彦)とのやりとり・掛け合いを出来事の中で見せることによって佳彦のイメージは前よりもぐんと際立ったはずです。
しかも設定を読まされた印象は薄れたと思います。実際に薄れたのです。
同じ出来事を書いていながら文字数は二倍ほど費やしています。
つまり「設定を読まされた感」が二分の一に薄れたわけです。
一人称視点での描写のコツ
一人称視点なら視点を持つ主人公の「心の声」「感情」「五感など」をそのまま書くことができます。
これらをうまく交えて「描写」することで「主人公から見た人物」の姿や様子や状態、人物の置かれた状況などを表すことができるのです。
上記の例では主人公の(実際の)声、心の声、触覚、印象といった主観が盛りだくさんになっていますよね。
これだけ主人公の主観や情感があらわになっていると、読み手は主人公に感情移入しやすくなります。
物語で重要な人物を描写するなら、なおのこと主人公の主観や情感を多く取り入れるべきです。
そうすることで人物のイメージが強まりますし、主人公の情感が読み手の心に響きます。
結果として読み手を物語に惹き込むことができるのです。
動く物を書く
たとえば旅客機が駐機場にいて、誘導路を進んで滑走路に出る。そして滑走路を疾走して大空へと飛び立っていく。
こういった動く物を一人称視点で描写してみます。
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里美を乗せた旅客機が駐機場をゆっくりと離れて誘導路へと進んでいく。いよいよ私のもとから離れていくんだな。そう思いながら成田空港の屋上から、動いていく旅客機を見守っている。
滑走路に到着すると少し離陸を待っているようだ。機体のトラブルでなければいいけれど。
程なくして旅客機は徐々に動き出し、ジェットエンジンの轟音が高まっていく。どうやら機体のトラブルではなかったようだ。ぐんぐんと加速して滑走路の半分を過ぎると前輪がわずかに浮いた。もはや旅立つ彼女を引き止める術はない。後は無事ロサンゼルス空港へ到着することを祈るだけだ。
旅客機は気持ちよさそうに大空へと羽ばたいていった。
これから四年間、里美は新天地サンフランシスコで暮らすことになる。よいホームステイ先ならそれだけで私は満足できた。これからは彼女が無事に帰ってくる日を指折り数えて待つことになるのだろう。
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基本は「人物の描写」と同じで、対象が人から物に変わっただけです。
擬人法を用いる(「気持ちよさそうに大空へと羽ばたいていった」)などしてただの物に人格を与えてみると面白い効果が得られます(擬人法ですね)。
ちなみにこの例文では「私」が男性なのか女性なのかわかりませんよね。付き合っている男性としても受け取れるし、仲の良い女性としても受け取れるし、親としても受け取れるはずです。文章のできるだけ早いうちに「私」の性別と関係を読み手に示す必要があります。どこに入れれば自然な説明になるのかは、皆様が工夫してみてくださいね。
最後に
今回は「人物の描写」について述べてみました。
「主人公の描写」では難しかった一人称視点での主観や情感を文章に書くことができます。
この特性を最大限に活かさなければ一人称視点で書く意味がないのです。
まずは三人称視点で書いてみてください。
そこへ主人公の主観や情感を加えていけば、一人称視点で人物を書いていくことを段階的に習得できます。
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