210.再考篇:偶然に興醒めする

 今回は「偶然」についてです。

 小説に偶然は必要なのでしょうか。

「あえて偶然」を読ませる作品もあります。吉岡平氏『無責任』シリーズのようなギャグものです。

 深刻な作品になるほど「偶然」で興醒めしてしまいます。あなたの小説はギャグですかシリアスですか?





偶然に興醒めする


 小説、とくに推理小説を読んでいるとき、探偵が事件の核心となる真犯人を特定するための情報を手に入れることになります。

 そのとき主人公が「偶然」情報を手に入れてしまったらどうでしょうか。

 それまでかぶりつきで読んでいたのが途端に興醒めします。私だけでなくほとんどの読み手は興醒めするはずです。

 推理小説は「地道な情報収集」と「論理の積み重ね」で真犯人を割り出すのが醍醐味だと思います。

 このふたつを放り出して「偶然」真犯人がわかるなんてことがあれば、興醒めしないほうがおかしいです。




偶然は避けるべき

 これは推理小説に限ったことでしょうか。

 いいえ、ほとんどの小説に言えます。


 まず推理小説に近しいサスペンス小説・ホラー小説の場合。

 出来事の不可解さ理不尽さを読ませて読み手の不安を煽る必要があります。

「なぜかわからないけど自分がピンチに陥っている」状態に放り込まれるのがサスペンス小説・ホラー小説です。

 なのに物語の終盤にきて「偶然」自分をピンチに陥れている「対になる存在」である相手の正体に気づく。なんてことをされるとそれまでの緊迫感が雲散霧消してしまいます。

「対になる存在」の正体が最後の最後にわかるから、緊迫感に満ちた小説となるのです。


 恋愛小説の場合。

 主人公が「意中の異性」と結ばれたいと思っていて、でもなかなか近づけないし、近づいたと思ったら離れてしまったなど。距離感の駆け引きが恋愛小説の見どころです。

 なのにある時点で「意中の異性」が「偶然」主人公のことを好きになる出来事イベントが起こってしまう。

 これまでの距離感の駆け引きなんて一気に吹き飛んでしまいます。

 できうるかぎり主人公の日常を描いて、その中から「意中の異性」が主人公の好ましい一面に気づくような演出が必要です。


 では『小説家になろう』で人気の「異世界転生ファンタジー」「異世界転移ファンタジー」の場合はどうでしょう。

 まず異世界に飛ばされること自体が「偶然」ですよね。異世界に飛ばされる必然のある「転生」「転移」というものはそうありません。基本書き手都合によります。

 飛ばされるにふさわしい理由なんてそう簡単に用意できるものではないのです。

「偶然」異世界に飛ばされるくらいだから「異世界転生」「異世界転移」はなんでもありだと勘違いする書き手が多いと思います。

 ですが、だからこそ以後の展開に「偶然」を持ち込むべきではありません。

「偶然」が起こってしまうと、途端に安っぽく感じられるのです。

 その描写までに読み手を大量に確保していたのに、「偶然」が起こった途端読み手が蜘蛛の子を散らすように離れていきます。


 このように、なんでも文字にして書ける小説では「偶然」さえもたやすく書けます。

「書ける」ことと「書いていい」ことは異なるのです。

 上記の例を見れば「偶然」は「書いてはいけないこと」であると感じますよね。




偶然を起こさないと先に進めない物語

 本来は「必然」の積み重ねだけで物語を進めなければなりません。

 ですが、あらすじを考えているとき、どうしても「偶然」を起こさないことには先に進めない物語というものもあるでしょう。

 バトル小説で相手の弱点を「偶然」突いて形勢が一気に逆転するような場面です。

 この場合「偶然」がなければ「負けるのが必然」だったことになります。

 でも小説ですから主人公が勝って終わらせたいですよね。そうなるとどうしても「偶然」を使わざるをえなくなります。

 ではどうすれば「偶然」を起こしても興醒めしない描写が可能になるのでしょうか。

 すぐ下に答えを書いていますが、ご自分でもちょっと考えてみてください。


 ひらめきましたか?




偶然を必然に変える手法

 実は「偶然」を「必然」に変える手法というものが小説にはあります。

 そして私はこれまでのコラムの中でそのことに何回か言及してきたのです。

 七十万字以上の中なので、ひょっとすると忘れている方がいらっしゃるかもしれません。

 でもこれを知らないと満足な小説は書けないでしょう。


 答えを発表します。


「偶然」を「必然」に変えるには「伏線を張る」ことです。

 先のバトル小説の場合、あらかじめ相手の弱点について情報を仕入れたり、相手を描写してきた際にその部分を暗に言及しておいたりします。

 たったこれだけのことで「偶然」は「必然」に変わるのです。


 水野良氏『ロードス島戦記 灰色の魔女』で主人公パーン一行は“灰色の魔女”カーラを倒すための方法を知るために大賢者ウォートのもとを訪れています。

 ここで「魔法を無効化する棒杖」というアイテムと「カーラの意志が額に飾っているサークレットにある」という情報を手に入れるのです。

 これは明確な「伏線」になっています。この「伏線」がなければ、古代魔法王国の生き残りである魔女カーラという強敵は、「偶然」を起こさない限りパーン一行に勝ち目がなかったのです。

 ですが「伏線を張る」ことで「必然」でカーラに勝てる条件を用意しました。


 先の恋愛小説の場合。「意中の異性」が主人公のことを好きになるために「主人公のことを見直す」ような出来事イベントを起こす必要があります。

 ですが何の脈絡もなく出来事イベントを起こすと「偶然」を感じさせるのです。

 それならその出来事イベント以前に、主人公が同じような行動をしている「伏線を張り」ましょう。

 そうすれば「意中の異性」が見ているときに特定の出来事イベントを起こしても「偶然」ではなく「必然」になります。

 たとえば物語の冒頭に「主人公が路地裏で捨て猫に餌をやる」シーンを読ませて「伏線を張る」のです。

 そして肝心の「意中の異性」が人知れず見ている前で「主人公が路地裏で捨て猫に餌をやる」シーンを出したら「偶然」ではなく「必然」になりますよね。

 もし「伏線を張らず」に「意中の異性」の前で突然「捨て猫に餌やり」シーンを書いたとなれば「偶然」になるのです。




偶然になりそうなら伏線を張る

 つまり「物語としてどうしても『偶然』を起こさないといけない」のなら、その出来事に対して「伏線を張る」ことです。

 たったそれだけで「偶然」は「必然」に変わります。

 とくにその「偶然」が物語の中で最も重要な価値を持っている場合は、必ず「伏線を張り」ましょう。どんなにとんでもない「偶然」も「伏線を張って」あればいいのです。

 たったこれだけで、あなたの小説は「偶然」のない強固な「必然」の積み重ねで組みあがります。


 吉岡平氏『無責任』シリーズはギャグものなので「偶然」敵に勝ってしまい、「偶然」出世していくのです。

 そういった「偶然」を逆手にとった氏の発想がきらめく代表シリーズとなりました。

 でもこれはかなり高度なテクニックです。初心者はマネないほうがよいでしょう。





最後に

 今回は「偶然に興醒めする」ことについて述べてみました。

 小説はなんでも書けますが、書いてはいけないこともあります。その代表例が「偶然」です。

「偶然」をたったひとつ書いただけで物語が崩れ去ってしまいます。まさに「禁断の果実」「パンドラの箱」です。

「偶然」をなくすためには「伏線を張り」ましょう。「伏線を張って」あればどんな「偶然」も「必然」に変わるのです。

 もし読み手の方から「あなたの小説は偶然に頼りすぎている」と指摘されたら、その「偶然」の部分を探り当ててそれに対する「伏線を張り」ましょう。

 この気遣いだけで、あなたの小説は明確なテーマを表現できるようになります。



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