184.再考篇:期待を裏切る

 今回は「期待を裏切る」ことです。

 別に「読み手がそうなるといいな」という肯定的なことを裏切れと言っているわけではありません。

「予測を外す」ことに主眼を置いています。





期待を裏切る


 あなたの小説を読む人は、読みながら物語の結末を予想しています。その想定どおりに物語が進行すると読み手は「思ったとおりの展開だな」と味を占めるのです。ですが、その後もずっと読み手の予想どおりに展開していったとしたらどうなるでしょうか。

 たいていの読み手は「お伽噺」を読んでいるような気持ちになります。すべてが予定調和で進んでいて「驚きがない」つまり「新鮮味がない」のです。




驚きが読み進める推進剤

「驚きがない」小説は読んでいて先が読めすぎて退屈を催してきます。読み手はこれまで数多くの物語に触れてきているのです。

 小説に限らずマンガやアニメ、ドラマや映画、ゲームなど物語が含まれている作品に触れてきています。

 また子どもの頃から「お伽噺とぎばなし」「寓話」「童話」などで物語の基本形を味わってきていますので、読み手が先を予想するおおもとは子どもの頃に体験した「お伽噺」「寓話」「童話」の類いなのです。

 だから先が読めすぎる小説は「子どもじみた陳腐な小説」だと見なされます。

 子どもを卒業して小説を読んでいるような中高生が「子どもじみた陳腐な小説」をまた読みたいと思うでしょうか。

 中高生はそれらからもう卒業したのです。予定調和はそれだけで飽きられやすいと言えます。


 では中高生を飽きさせず「もっと先が読みたい」と思わせるにはどうすればよいのでしょうか。読み手の予想を裏切って「先が読めない」小説であるべきです。

「先が読めない」小説とはどのようなものでしょうか。詰まるところ「読み手が驚くような展開」を書いた小説です。

 予定調和の材料(前提条件)が揃っているのに、予想を裏切って「先が読めない」展開を書きます。

 だからこそ「えっ、そうなるの?!」と読み手に「驚いて」もらえるのです。

 推理小説で犯人と思われた人物を警察が確保しようとした矢先に遺体となって発見される、というのも「驚き」を伴った展開といえます。

 「この人物が怪しいと思っていたのに違ったのか。じゃあ誰が真犯人なんだろう」と先の展開にワクワクしてくるのです。

 このように予定調和を壊して「驚き」を与えましょう。読み手は「この先どんな展開が待ち受けているのだろうか」とワクワクしながらページをめくる手を速めてくれます。




なんでも壊せばいいというものでもない

 予定調和を壊して「驚き」を与えられれば読み手が食いついてくる、ということはわかりました。ですが「なんでも壊せばいい」というものでもないのです。

 まず予定調和の材料を完全に無視してすべてを壊してしまわないようにしてください。これをやってしまうと「書き手によるご都合主義」が前面に出てしまい、現実味(リアリティー)がなくなってしまいます。

 物事はつねに原因があるから結果が出るのです。結果には必ず原因があるとも言えます。

 つまり予定調和の材料(前提条件)のうちいくつかを原因にして結果へ結びつけるのです。

 まったく脈絡のない結果が出てくることなどありえません。

 予定調和を壊すときは、材料のいくつかたとえばひとつか二つを採用したうえで、残りを壊します。




七億円を手に入れるには

 ジャンボ宝くじを一枚も買っていないのに「一等前後賞合わせて七億円が当たる」ことなどありえません。

 七億円が当たるためには最低でも連番三枚のジャンボ宝くじを購入する必要があります。

 物語の進行上どうしても七億円が当たらなければならない。そのような状況であれば、ジャンボ宝くじ・BIG・ロト7などを購入して予定調和の材料にしておくべきです。

 もちろんそのすべてが当たってしまうと七億円を遥かに超える当選金が手に入ってしまいます。それでは現実味がないのでそのうちの一つであるジャンボ宝くじが当たるにとどめましょう。

 ですがジャンボ宝くじ一等の当選確率は三千万分の一です。小説の展開のためにこのきわめて低い確率を拠り所にするのはいささか心許ない。

 では七億円を手に入れるためにはどのような予定調和が必要でしょうか。

 まず「資産家の子どもを誘拐して身代金を要求する」「銀行強盗をする」「現金輸送車を襲撃する」「大企業の経理をごまかして横領・着服する」といった非合法のものが考えられます。

 しかしまっとうなやり方もあるはずです。

 たとえば「デイトレーダー」。かなりの手練ならインターネットで株や為替などを投機して一日で七億円を稼ぐこともできます。

 また「事業家」であれば事業で大儲けして七億円の純利益を出すことだってできるのです。前提条件さえあれば意外と簡単に思いつきますよね。

 ジャンボ宝くじが当たるよりも高い確率で七億円を手に入れる方法が思いついたら、それを予定調和の材料に含めておくのです。

 たとえば親友が「デイトレーダー」という設定が前もってあれば、もしかしたら親友のピンチに七億円を融通してくれるかもしれません。

 まっとうな材料がなければ非合法な手段に訴えることもあるでしょう。

 その場合でも「身代金誘拐」「銀行強盗」「現金輸送車襲撃」「横領・着服」などの材料をあらかじめ読み手に示しておく必要があります。

 そういった材料がいっさいないのに「身代金誘拐」に及んでしまうと「書き手都合」だなと読み手に感じさせてしまうでしょう。

(なおこれらはあくまでもフィクションなので、実際に犯罪行為には及ばないでくださいね。この文のために「残虐描写あり」に設定しています)。




因果をシフトさせる

 現代を生きる読み手は数多くの作品に触れ、数多の展開を体験してきました。

 だから、あまりにも厳密に原因と結果をリンクさせてしまうと、読み手は原因を見ただけで結果が透けて見えてしまうのです。

 その状態で物語を書いていっても読み手に「驚き」を与えることはできず白けさせることにもつながります。

 ではどうすればよいのでしょうか。

 原因と結果を「厳密にリンクさせない」ようにしましょう。


 通常原因が起こると対応する結果に行き着きます。しかしそこになにがしかの力が作用してくるのです。プラスチック製の定規を擦って静電気を帯びさせ、水道の蛇口から流した水に帯電した定規を近づけると、本来垂直に流れ落ちるはずの水が定規の静電気に引き寄せられて軌道が少し変わります。物語も同様に、物事が起きたときにそこになにがしかの力が作用していれば結果が少し変わっていくのです。

「読み手に先を読ませない」のが「良い小説」なのであれば「プラスチック製の定規」に当たるものが不可欠です。小説における定規。わかりにくい表現になりましたね。かなり大雑把に言ってしまえば「伏線」のことです。


 たとえばとても善良な父親がいて彼には緊急手術を受けなければ早晩死んでしまう娘がいたとします。手術費用は一億円。そんな高額な貯金などありません。

 父親は職場で給料と退職金の前借りを要求しましたが拒否されました。親族・知人をあたっても貸してくれそうにありません。今から募金を行なったところで間に合うはずがない。

 では父親はどうすればいいのでしょうか。当初の設定が「善良な父親」ですから娘は手術を受けられずに死んでしまう、というのが想定される展開です。

 ですがもし物語の冒頭にテレビやラジオや新聞などのマスメディアで「身代金誘拐」の報道が出ていたらどうでしょうか。

 読み手の頭の隅にあり、父親の頭の中にも「身代金誘拐」の選択肢があるはずですよね。

 となれば事の善悪に関係なく「身代金誘拐」を企てる可能性が生まれてきます。

 つまり善良な父親でも窮地に陥り、「身代金誘拐」の報道というプラスチック製の定規が身近にあれば、それに影響を受けるということです。

 この場合「身代金誘拐」の報道が「伏線」になっています。本来なら娘は手術を受けられずに死んでしまう展開でした。

 でも父親が自分はどうなってもいいから娘に手術を受けさせたいと「身代金誘拐」に及んでしまう展開へとシフトすることができました。





最後に

 今回は「期待を裏切る」ことについて述べてみました。

 悪い方向に裏切るのではありません。物語の展開がワクワクするような良い方向に裏切るのです。

 読み手に「驚き」を与えなければ三百枚を読み終えてもらうことはできません。

 そのためには「予定調和を壊す」「因果をシフトする」ことが必要になります。

 どちらも「伏線」を巧みに使いこなさなければ成立しません。

「伏線」は「驚き」をもたらすためにあります。放っておいてもその方向に行くのがわかっていることに「伏線」を張っても意味がないのです。



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