171.再考篇:読み手に「Why?」と言わせない文章

 今回は「読み手から『ここがわからない』と言わせない文章」について述べてみました。





読み手に「Why(なぜ・どうして)」と言わせない文章


 書き手は物語内の世界に没入して執筆しています。時として重要な情報を読み手に伝え損ねることがあるのです。

 書き手には明確なイメージがあるため、説明不足であっても気がつきません。

 ではどうすれば読み手から「Why(なぜ・どうして)」と言わせない文章が書けるのでしょうか。




抽象的な文は読み手に伝わらない

 たとえば食事シーンにおいて食べた感想が「おいしい」の一言では、どのように「おいしい」のか具体的なイメージが湧きますか。湧かないですよね。

 たとえばおでんを食べるシーン。「おでんがおいしい。」とだけ書いて読み手はなにを感じますか。

 単に「おいしい」という抽象的な言葉が出てくるだけでどんな味がするのかまったく想像できませんよね。

 具体的に書いてみましよう。

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 湯気の立つ温かなおでんを口元に運ぶ。昆布でとった出汁の風味が食欲をそそった。出汁を一口飲んでみると醤油の塩気が程よくきいていて味つけも申し分ない。具のちくわぶと大根にも出汁が染み込んでいて味わいが豊かだ。

――――――――

 さて今度はどうでしょうか。どんな味がしているのか読み手に伝わったのではありませんか。

「おいしい」は抽象的で書きやすい利点があります。特段どんな味がしたのかを書かないのなら抽象的に表現してサラッと流すのは「あり」です。

 ですがどんな味がしたのかを読み手に伝えたいのなら、具体的に書かなければなりません。抽象的な「おいしい」を安易に使わないことです。

 そうすれば読み手が「Why(なぜ・どうして)」おいしいのかという疑問を感じずに済みます。


 文章で「面白かった」「楽しかった」のような感想をそのまま書くのは抽象的です。

 そうではなく「腹を抱えて笑った」「笑顔が尽きなかった」のように具体的な動作を書くことで文章がわかりやすくなります。

 まぁどちらも手垢のついた慣用句表現なのでこれをそのまま使うのはただ「面白かった」「楽しかった」と書くのと五十歩百歩です。単純に「面白かった」「楽しかった」と書くよりマシではありますが。

 たとえば「絶世の美女」と書いたとします。あなたはどんな女性を思い浮かべるでしょうか。だいたいが「自分の好みに合致した女性」だと思います。「絶世の美男子」も同様です。

 では友人や知人に「絶世の美女」「絶世の美男子」はどんな女性・男性か尋ねてみてください。おそらくあなたが思い浮かべた女性・男性とは異なるはずです。

 このように「絶世の美女」「絶世の美男子」という抽象的な書き方をすると、書き手であるあなたがイメージした人物像とは別のものになります。だから具体的な表現をする必要があるのです。

 逆に言えば「万人誰しもが『絶世の美女』だと思えるような女性を書きたい」という意図があるのなら「絶世の美女」と書いてしまえばいい。

 そうすればその女性は誰が読んでも間違いなく「絶世の美女」です。まさに逆転の発想といえます。




抽象的を具体的に

 抽象的な書き方をしている部分を見つけるには、あなたの書いた小説を寝かせて一度頭を物語内の世界から脱出させてください。

 脱出できていなければ「どの情報が足りないのか」が見えてきません。

 頭をまっさらにできたら文章を読み返していきます。準備はいいですか?

 まず文章が抽象的になっている部分を探します。読み手から見れば文章が「抽象的」に書かれていると明確なイメージを抱けません。そこで「抽象的」な部分を「具体的」にしていきます。


 ここでは「将人は深雪が喜んだ姿を見て嬉しくなった。」という文を例にします。

 まず「深雪は『Why(なぜ・どうして)』喜んだのか」がわかりませんよね。

 書き手の頭が物語内の世界にいれば「Why(なぜ・どうして)」喜んだのかは言わずもがなです。

 でも読み手は書き手と物語内の世界を共有していません。だから読み手が「Why(なぜ・どうして)」なのかと思うわけです。

「新曲がチャート入りして (喜んだ)」のなら、「深雪は新曲がチャート入りして喜んだ。それを見ていた将人は嬉しくなった。」と書けば深雪が喜んだ「Why(なぜ・どうして)」がわかりますよね。

 すると「Why(なぜ・どうして)」新曲がチャート入りすると喜ぶのかがわからないですよね。

 「深雪はロックバンド・ホワイトナイトに参加している。先週発売した新曲がチャート入りして喜んだ。それを見ていた将人は嬉しくなった。」と書けば深雪がロックバンド・ホワイトナイトのメンバーであることがわかります。

 すると深雪は「Why(なぜ・どうして)」ホワイトナイトに参加しているのかがわからないですよね。

 「深雪はロックバンド・ホワイトナイトにサブボーカル兼キーボード担当として参加している。先週発売した新曲がチャート入りして喜んだ。それを見ていた将人は嬉しくなった。」これで深雪が喜んだ理由はほぼすべて明らかになったはずです。

 また喜びようがわからないので「新曲がチャート入りして目を輝かせて息巻いた。」と書けば「How(どのように)」を埋めることができました。「5W1H」は文章に書くときに書き漏らすことを防ぐことができるのです。

 また将人側にも「Why(なぜ・どうして)」がありますよね。

 「Why(なぜ・どうして)」将人は嬉しくなったのでしょうか。

 「深雪と交際している」から深雪が喜べば将人は嬉しくなる。

 そうなら「交際している深雪が喜ぶ姿を見て将人は嬉しくなった。」と書けば嬉しくなった理由がわかります。

 「嬉しくなる」はありふれた形容詞の動詞化なので「心が躍った」に直してみましょうか。「How(どのように)」嬉しくなったのかも書いてあれば光景が目に浮かぶはずです。

「交際している深雪が喜ぶ姿を見て将人はわがことのように心が躍った。」と書くこともできます。

 上記を踏まえて抽象的な文と具体的な文とを比べてみましょう。

――――――――

抽象的:将人は深雪が喜んだ姿を見て嬉しくなった。

具体的:深雪はロックバンド・ホワイトナイトにサブボーカル兼キーボード担当として参加している。先週発売した新曲がチャート入りして目を輝かせて息巻いた。交際している彼女が喜ぶ姿を見て将人はわがことのように心が躍った。

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 二十字の一文が百二字の三文になりました。抽象的だったものが具体的にもなったのです。




具体的にすると読み手は「Why(なぜ・どうして)」と感じない

 抽象的な文章から感じた「Why(なぜ・どうして)」を細かく描写していけば、説明不足によって読み手が「Why(なぜ・どうして)」と思う箇所を減らすことができます。

 このように文の「Why(なぜ・どうして)」を突き詰めていくだけで面白いようにスラスラと文章が書けるのです。

 この調子で書いていけば三百枚なんてあっと言う間。ただし文章全体を読めば重複する部分も出てくるので、そこは推敲段階で削っていきます。削ることを前提としてまずはとにかく具体的に書き込んでいくことです。

 そうすれば読み手から「Why(なぜ・どうして)」と思われることがなくなり、誰が読んでもイメージが湧く文章になります。

 小説には必ず読み手がいます。読み手が読んで「Why(なぜ・どうして)」と感じるような文章は書かないことです。また主体である「なには」と主語である「なにが」を明確にしましょう。

「Why(なぜ・どうして)」を取り払ったのに読み手がよくわからない文章というのは主体と主語が明確でないことが多いのです。

 文章の流れの中で「5W1H」がきちんと提示できているか。そこを重視します。

 新聞の記事やテレビのニュースのように一文にすべてを込めるのではなく、小説の文章は読み手が「わからない」と思うものを適宜出していくのです。とくに「Why(なぜ・どうして)」がページをめくる推進力になります。





最後に

 今回は「読み手から『Why(なぜ・どうして)』と言わせない文章」について述べてみました。

 読み手が「Why(なぜ・どうして)」と思うところを書き手が探してひとつずつ潰していきます。そうすれば「読み手から『Why(なぜ・どうして)』と言わせない文章が書けるのです。

 抽象的な部分に対して「Why(なぜ・どうして)」「How(どうやって)」「どう感じて」ということを具体的に書いていけば、読み手も「わかりにくい」なんて言いません。

 また抽象的な言葉をできるだけ排除し、よくわかる動作・行動に変換することで文章はわかりやすくなっていきます。



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