再考篇〜振り返ってもう一度考えましょう
170.再考篇:5W1H
今回は「5W1H」です。英語か国語で習っているはずなのですが、憶えていらっしゃいますか。
これから学ぶ人もいるかもしれませんね。
「応用篇」に戻る予定でしたが「再考篇」として新たなシリーズを始めることにしました。今回も短い連載のつもりです。でも長くなりそうです。
(実際長くなりました)。
5W1H
文章読本にはさまざまなものがあります。
中には新聞記事のように「5W1H」を満たす文を書くことを求める読本もあるのです。
ではこの「5W1H」とはなんでしょうか。これは新聞記事やテレビのニュースなどでよく用いられるもので、英単語の頭文字を取って語っています。
「When(いつ)」「Where(どこで)」「Who(誰と誰が)」「What(何を)」「Why(なぜ・どうして)」「How(どのように)」行なう文なのか。
これを明確にすれば読み手に正しい情報を伝えることができるとされています。
記事やニュースにおいてこのうちどれかが欠けると、情報が曖昧になって受け手は正確に把握できないのです。
他にも論文や読書感想文などでこれらを求める文章読本が多いと思います。
では小説において「5W1H」は同様の価値を持つのでしょうか。
Who(誰と誰が)
小説において最も価値の高い要素は「Who(誰と誰が)」です。ここではとくに「主人公が」になります。小説は「誰がなにをする物語」であり、「主人公がどうなりたい」から始まって「主人公がどうなった」で終わる文章だからです。
よって小説全体を貫く「Who(誰が)」は「主人公」になります。「Who(誰が)」がわかれば述語を加えることで「誰が何をする物語」なのかを表すことができるのです。
また小説には多彩な人物が登場し、それぞれの関係の変化を読ませます。彼ら彼女らがどう動くのか。これも「Who(誰と誰が)」として表すことになります。
登場人物が多いからどの文も「Who(誰と誰が)」文の主体なのかわかるように書くことが求められるのです。
そして小説は主に主人公の視点から語られていきます。主人公の「一人称視点」ですね。
吉川英治氏『三国志』や田中芳樹氏『銀河英雄伝説』のような群像劇の場合は視点が章や節、場合によっては項や段落によってコロコロ変わります。
その場合は「一人称視点」を人物によって設定していくか、「三人称視点」とくに「神の視点」にすることが多くなるのです。
Where(どこで)
次に価値の高い要素は「Where(どこで)」です。「5W1H」として示される順番では「When(いつ)」のほうが先だから重要なのではないか。そう思われる方もいるでしょう。しかし小説においては時間よりも先に場所を決めなければなりません。
現代日本のどこかの都市で繰り広げられる物語なのか、異世界で繰り広げられる物語なのか。これが先にわからなければ「When(いつ)」が決まっても物語の舞台はさっぱりわからないのです。舞台の説明をするならまず「Where(どこで)」を明確にする必要があります。
賀東招二氏『フルメタル・パニック!』は「プロローグ」において「Where(どこで)」が「学校」であることを書いています。学校名は出てきませんが、職員室が出てくるので学校であることはわかるはずです。
水野良氏『ロードス島戦記』は主人公が登場するより先に二人の人物が出てきて、その描写に絡めて「Where(どこで)」が「ロードス島」であることが示されています。地中海には実際に「ロードス」と言う名の島がありますけれども、他の設定を差し挟むことで「異世界」であることがわかるのです。
「誰がどこで」出来事の渦中に放り込まれる話であることがわからなければ、「When(いつ)」が先に書かれていても読み手にはまったく伝わりません。
When(いつ)
三番目に価値のある要素は「When(いつ)」です。報道文書では真っ先に「When(いつ)」が必要になります。ですが小説では「誰の」物語か、「どこで起こる物語か」を説明した後でなければ、先に「When(いつ)」を書いてもすぐにちゃぶ台をひっくり返すような事態が発生しえます。
「主人公がどこで」何をする物語なのかを決めてから、舞台となる場所での年月日時分秒がいつの出来事なのか提示しましょう。「何年何月何日」と具体的にしても、単に「秋」と抽象的にしてもかまいません。
リアリティーを売りにしたい小説であれば具体的な日時を示したほうが作風に合っています。
『銀河英雄伝説』や『フルメタル・パニック!』では具体的な日時を明示することでリアリティーを出す工夫をしているのです。
それに対して「異世界ファンタジー」である『ロードス島戦記』や同じく水野良氏『魔法戦士リウイ』などでは明確な日時は示さず抽象的にしてあります。
「異世界」で「When(いつ)」を明確に決めようとすれば、暦を独自に作る手間が発生するからです。
そういう手間が好きな書き手なら、オリジナルの暦を作ることをオススメします。暦がないと一年は何か月あるか、一か月や一週間が何日で構成されているのかなどが不明になり、結果として「When(いつ)」が破綻してしまうのです。
現代の地球が舞台でない限り、暦を地球基準で語ることはできません。「異世界」や「他の惑星」が舞台であることもありえるからです。
だからこそ書き手は「暦」を明確にするか「ひと月後」「一週間前」などの書き方をしないかを考慮する必要が出てきます。
What(なにを)
日本語には「What(なにを)」をとらない動詞もあります。とる動詞の場合は「What(なにを)」を明確にしなければ伝えたいことがまったくわかりません。
たとえば「預ける」は「What(なにを)」をとる動詞です。それなのに「母は保育園に預けた」と書いた場合「なにを預けた」のかが足りていません。
「保育園なら幼い子どもを預けたに決まっている」と書き手は思うでしょう。ですが読み手は「弁当を預けた」「お金を預けた」などの可能性を否定できないのです。「What(なにを)」が明確でなければ文の意味がわからなくなる典型です。
それに対して「揚がる」は「What(なにを)」をとらない動詞です。「青空に凧が揚がった」という文に「What(なにを)」は要りません。「〜を」を無理やり入れたとしてもそれは「What(なにを)」を指さなくなります。
『ロードス島戦記』では「カーラの意志を封じ込めたサークレットを」破壊することが第一巻の最終的な目標です。
『銀河英雄伝説』なら「宇宙を」手に入れることが最終的な目標になります。
このように小説では「誰がなにをする話」なのかを読み手にわかりやすく提示することで「主人公の目指す将来」「主人公がどうなりたい」から「主人公がどうなった」につながるようにするのです。
How(どのように)
「How(どのように)」は述語によって意味合いが少し異なります。
状態を表す述語に付くときは「どういうことをやって」という意味です。「うっかり熱した鉄板に手を触れて火傷した」のようになります。
行動を表す述語に付くときは「形容詞」「形容動詞」「副詞」また「動詞」などに代表されるような程度や状態を表す言葉です。「時間に間に合わないと思い、慌てて全力で走った」なら「慌てて全力で」が「How(どのように)」になります。
『ロードス島戦記』なら「盗賊のウッドチャックが魔女カーラの死角から額のサークレットを取り外す」ことが「How(どのように)」に当たるでしょう。
『銀河英雄伝説』なら「自由惑星同盟を武力で屈服させる」ことが「How(どのように)」になります。
このように「誰がなにをする話」は「主人公がどうなりたい」から始まって「主人公がどうなった」に至るまでに、結末は「How(どのように)」してもたらされるのか。それが小説の「How(どのように)」です。
Why(なぜ・どうして)
小説において「Why(なぜ・どうして)」はページをめくる推進力になります。
文章で読み手に「Why(なぜ・どうして)」を想起させることで、彼ら彼女らは先々の展開を心待ちにしてくれるのです。
そのため書き手は、読み手に「Why(なぜ・どうして)」と思わせても「答え」をすぐに書かないほうがいいのです。
もちろんすべての文の「Why(なぜ・どうして)」を明かさないのはわかりにくすぎます。
物語の骨子となる「Why(なぜ・どうして)」だけを意図的に書かないのです。
たとえば推理小説の中で殺人事件が起きたとします。被害者は「Why(なぜ・どうして)」殺されたのでしょうか。
これが最初から書かれていると、犯人もその場でわかってしまいますよね。
アメリカドラマ『刑事コロンボ』や日本ドラマ『古畑任三郎』のように最初に「Why(なぜ・どうして)」も含めて加害者が被害者を殺害するパターン(倒叙ミステリー)もあるにはあるのです。でもそれらはごく少数。
先に犯行シーンを出して刑事が犯人を追い詰めていくタイプの推理ドラマは小説にしにくい。ハラハラ・ドキドキを与えることが難しいからです。
だから推理小説では先に遺体が発見されます。
「Why(なぜ・どうして)」を残すことでページをめくる手が止まらなくなるのです。
最後に
今回は「5W1H」について述べてみました。
新聞記事やテレビのニュースでは「5W1H」を必ず入れてすべての情報を読ませることが絶対的とされています。ですが小説は記事やニュースではありません。
「5W1H」をすべて入れるのではなく、必要に応じて順次提示していくのです。
記事やニュースで読ませる順番は「When(いつ)」「Where(どこで)」「Who(誰と誰が)」 「What(なにを)」「Why(なぜ・どうして)」「How(どのように)」になります。
しかし小説で読ませる順番は「Who(誰が)」「Where(どこで)」「When(いつ)」 「What(何を)」 「How(どのように)」「Why(なぜ・どうして)」が基本です。
小説は物語を展開していく表現形態になります。事実を正確に伝える必要のある記事やニュースとは異なるのです。
この違いを理解しておけば「5W1H」はあなたの作品を強固なものにしてくれます。
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