169.連載篇:推敲をしっかりやるには

 今回は予告通りに「推敲」についてです。

 どう直せばいいのかについて書いています。





推敲をしっかりやるには


 前回は「うまくて勢いのある文章」を作ることを目指しました。

 しかし応募要項で定められている規定の枚数は超えているはずです。

 これをどうやって削減していったらいいのでしょうか。




頭を推敲モードに切り替える

 頭が執筆モードになっていると、小説世界のことが容易に頭へ浮かんでしまいます。いくら消そうと思っても頭を離れることはないのです。

 ではどうするか。いちばん簡単なのは時間を置いて「原稿を寝かせる」ことです。寝かせている間に頭の中から物語世界が消えてくれるのを待ちます。

 ある人は一晩眠れば消えますが、ある程度書ける人なら一週間程度は欲しい。物語世界が頭から離れるには相応の時間が必要です。

 ですが募集されている「賞金付き企画」に応募したいんだけど時間がほとんど残されていない場合はどうすればよいのでしょうか。

 本来なら応募作は複数書いて、その中で最も出来のよいものを投稿すべきなのですが、仕事のスケジュールの都合上まとまってとれる時間が日曜日しかない、という方も多いでしょう。

 「一気に書き切る」ときはスマートフォンのメール機能を使うなどして移動時間中でも執筆はできます。そうやっても時間が足りない。

 いいでしょう。なら今すぐ席を立ってPCや音楽プレイヤーで好きな歌や曲を聴き、部屋の中をうろちょろして、場所を見つけてストレッチしてください。そしてラジオ体操をします。終わったらコーヒーでも紅茶でも緑茶でもかまわないので、とにかく飲んで気を鎮めましょう。これで終わりです。

 要は「頭から小説世界を外す」と意識するのではなく「別のことに集中する時間を作る」と意識するのです。

 人はひとつのことに集中すると他のことが意識から消えていきます。

 部屋で音楽を聴くのも、うろちょろするのも、ストレッチやラジオ体操をするのも、何かを飲むのも、すべて「小説世界」から意識を別のことに切り替えるために行なうのです。

 それができるのなら何をしたってかまいません。すべてを行なうのではなくひとつで「物語世界」から離れられるのならそれだけでいいのです。




全体の流れを俯瞰する

 頭が「小説世界」から離れましたか。いいでしょう。では推敲の開始です。

 まず小説の文書ファイルを「複製して別の名前を付けて別のフォルダーに保存」してください。

 推敲していると、どうしても「あ〜っ!! ここは削らなければよかった!!」と思う場面に必ず出くわします。

 そのときに推敲前の文書ファイルが残っていたらどれだけ心の安定につながることか。

 だから必ず元ファイルは別に残しておきましょう。


 それが終わったら物語を頭から最後まで一気読みします。そのときに「このエピソードは必要か」とつねに疑問を持ちながら読んでください。

 物語を展開するうえで物語に絡まない「エピソード」はないか。具体的には章単位ですね。それを見ます。

 見つけたらそれをバッサリとカットするのです。小説は物語と直接かかわっている部分だけで構成されるべきで、まったく絡まないのは「不要」ということになります。

 また内容の重複や論理が破綻していて説得力に欠けるような部分はありませんか。あったらそれもカットです。

 これだけで大幅にカットできたはずですが、まだ多すぎますか。

 応募規定の上限まで削れたら先へ進みます。もしまだ多すぎる場合は、「エピソード」単位ではなく「場面シーン」単位で削れないか考慮しましょう。どうしてもこの「場面シーン」のこの設定は必要なので残しておきたい。そう思うのであれば、その要素だけを取り出して新しく書き直す「短いエピソード」に落とし込めないか、また前後どちらかに内包できないかも考えます。こうすればかなりバッサリとカットしていけるでしょう。




段落の流れを俯瞰する

 次に段落を見ていきます。

 意味不明なところはないか、説明不足なところはないかを見ていきます。見つけたら即修正です。

 巧みな表現に変換した結果だから手を加えるのはなかなか勇気が要ります。

 ですが巧みな表現なのに意味不明ではまったく意味がないのです。

 また説明不足は書き手が「小説世界」にどっぷりと浸っているときに発生します。

 だから「原稿を寝かせる」ことで書き手の頭を「小説世界」から引き剥がす必要があるのです。醒めた目で見れば「これだと説明不足でなにか物足りないな」と思うところが必ず出てきます。そこを補っていけば文章の説得力は格段に増すでしょう。とくに「五感」と「直感」を意識するのです。また文章が増えてしまいましたね。でも次で切り揃えていきますので今はよしとします。


 同じような文章が並んでいるところはありませんか。たいていはあるはずです。とくにひとつの出来事を強調したいときは、同じような文章をいくつも畳みかけて書いてしまうものです。これらはすべて冗長なので削っていきましょう。

 意味不明や説明不足という明確な理由がないのに文章を畳み込む必要はないのです。これでかなりの文章を削減できるはずです。

 ただしそれによって文章の「勢い」が弱まってしまうのは避けたいところです。基本的に「勢い」は後づけできません。その畳み込みが文章に「勢い」をもたらしているのなら削るべきではないのです。判断基準は「勢い」になります。


 同様に物語に絡まない文章はないでしょうか。あればそれも削除の対象です。理由は前項と同じで、物語に絡まないものは小説に必要ないからです。

 物語に絡まないのに書かれた文章は「水増し」のためではないかと読み手や下読みさんに勘ぐられます。

 こちらとしては書きすぎて意地でも削りたがっているはずです。それなのに「水増し」を疑われる。それでは意味がありません。

 だから物語に絡まない文章はすべて削ってしまいましょう。


 たとえば主人公には暗い過去があり、それが原因でのちのエピソードである判断をさせる、というのはよくあることです。

 しかし物語の中でその「暗い過去」がどれほどの重要性を持っているのでしょうか。

 主人公の判断すべてに「暗い過去」がかかわってくるようなら必要なので残します。

 でも「ある特定の場面での判断」にだけ「暗い過去」がかかわってくるのであれば、その「暗い過去」はエピソードで見せるのではなく「幼少期に親から虐待されてきたためこちらから積極的に動くのが苦手である。」のような短い文章に縮めてしまうのです。これだけで分量がごっそり減ります。


 また文章のリズム感は小気味良いものになっていますか。文章を単文化して単純化していく。文末表現を工夫するなどして文章に「リズム」を作ります。リズムのよい小説はとても読みやすいのです。

 次々と先が読めるからすぐに小説世界へ読み手を誘うことができます。

 リズムが悪くてどうしてもそこで詰まってしまうようなら、リズムを重視して書き改めましょう。

 その部分だけ「しっかり読ませたい」という意図があるのなら話は別です。ただしそのようなシーンがひとつの文章で何度も出てくるようでは停滞が著しくなります。基本的に一章でひとつ。できれば「三百枚」でひとつが望ましい。

 それ以上は煩わしくなるだけです。




書き手があやふやなことは読み手には伝わらない

 書き手としては「カッコいい表現」だと思って慣用句や常套句や紋切型に頼ってしまいがちです。しかしその慣用句や常套句や紋切型は本来の用法に適合していますか。またその言葉は読み手が知っていることですか。そこをチェックしていきます。

 ビジネス文章でとかく横文字を使いたがる人がいるのはご存知ですよね。小池百合子東京都知事は横文字を使いたがります。「ワイズスペンディング」「サスティナブル」「ダイバーシティー」など日本語で説明できることでもわざわざ横文字を使ってしまうのです。

 これはテレビの経済情報番組出身ということも関係しているのでしょう。

 ちなみに「ワイズスペンディング」は「賢い支出」、「サスティナブル」は「持続可能な」、「ダイバーシティー」は「多様な人材を活用する」ことを指しています。

 英語が得意な方ならわかるでしょうが、私のように英語が不得手な方は何を言っているのかさっぱりわかりません。


 このように「あなたも知っているでしょ」と自分の知識を読み手に押しつけるのは反感を買うだけです。賢明な書き手であれば避けましょう。

 読み手は「あなたの知識をすべて知っている人ばかりではない」ことを意識します。

 基本的に「読み手はなにも知らない」と思ったほうがいいのです。


「剣と魔法のファンタジー」であれば「ロングソード」という単語を知っている読み手は多いでしょう。

 いろんなゲームで出てきますから単語自体はほとんどの方が知っていますよね。だから長さを書かないことが多いのです。

 でもあなたの作品がその読み手にとって初の「剣と魔法のファンタジー」である可能性もあります。

 そのとき安易に「ロングソード」「ブロードソード」「ショートソード」と書いても、読み手は「長さはどのくらいなのだろう」「形はどんなだろう」と疑問に思うのです。

「ロングソード」を出したいのなら「刃渡り七十センチのロングソード」のように長さをきちんと書くべきです。

 あなたのファンタジーがポンドヤード法や独自単位で書いているならそちらの長さに合わせればいい。

 とにかくどのくらい長いから「ロングソード」なのかを説明する必要があるのです。




形容詞で済ませない

 「寒い」という言葉は便利です。「体が耐えられないくらい気温が低い」ことを一語で表せます。しかし小説は逆です。

 小説で「寒い」と書いても読み手は現実味リアリティーを覚えません。「体に震えがくるくらい気温が低い」「防寒具を着ていてもまだ体が冷えている」と書いたほうが読み手にとって具体的でわかりやすいのです。具体的に「氷点下十度を記録した」と数字を書けば読み手の多くに「それは寒いわ」と思わせられます。

「五感」には形容詞が多いと以前書きました。「唐辛子が辛い」と書けばふーん、そうなのとしか思われません。「唐辛子をかじると舌が痺れてピリピリしてくる」と書けば「そのくらい辛かったのね」と理解してくれます。

 ただすべての形容詞をこのような表現へ変換してしまうと冗長に過ぎることがあるのです。

 その場合はとくに重要でないものは形容詞のままにしておきましょう。これも「省略」の技術です。




規定の文字数に収まっているか

 ここまできてもう一度、規定の枚数や文字数に収まっているか確認してください。以前ほどではなくてもいくらか多かったり少なかったりするはずです。多いようなら場面シーンを削り、少ないようなら場面シーンを足しましょう。分量がわずかな差でしたら形容詞を文章に、また文章を形容詞にしてみてください。

 たいていはそれだけで収まるはずです。

 収まったら「整合性をとる」作業をしましょう。

 場面シーンが追加されたり減少されたりしたら周囲の表現にも影響が出てきます。そこを中心に描写の書き換えが必要になるのです。

 ここを抜け目なく行なうことが最終的な文章の完成度に繋がります。




誤字脱字

 最後の最後になって初めて「誤字脱字」のチェックをしてください。適切な漢字を用いているか。「聞く」「聴く」は適切に使い分けられているのか。「利く」「効く」も同様です。

 またパソコンで執筆を行なっているといくらでも書き直しができるため「余計な文字が混じっている」ことも多くなりました。

 そういうものもきちんと処理していきましょう。





最後に

 今回は「推敲をしっかりやるには」ということを述べてみました。

 頭を切り替える。全体から細部に向けて削り込む。適切な表現を用いるように心がける。誤字脱字などをなくす。


 簡単にできるようでできないのが推敲の難しい点です。


 しかしわれわれは明治後期から昭和中期までの「紙の原稿用紙」に囚われていた文豪とは異なります。

 パソコンでいくらでも書き加えたり削ったりできるのです。

 この利点を活かさないのはあまりにももったいない。パソコンならではの執筆方法というものもあります。

 キャラなどをデータベース化しておいたり、アウトラインプロセッサを使って箱書きの項目にそのまま文章を書いていったりしてもいいでしょう。


 今回で「連載篇」を終えます。次回から「再考篇」に移ります。



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