166.連載篇:書き出しで読み手の心をつかむ(3/3)
今回は「舞台や設定の説明」と「作品のトーン」のお話です。
書き出しで読み手の心をつかむ(3/3)
前回までに四つのポイントを挙げました。残りは二つです。
二次創作では舞台や設定の説明をしないほうがいい
二次創作なら特段舞台や設定の説明をする必要はありません。読み手のたいていが原典を読んでいて「どんな世界観」なのかを知っているからです。
それでもあえて舞台や設定の説明をすると、原典との乖離が発生したときに二次創作の体をなさなくなります。
二次創作であればあえて書く必要はないでしょう。
二次創作では「もしも〜だったら」という「if物語」を読ませることが主眼になります。その「もしも」を土台に主人公を含む登場人物たちのやりとりを読ませるのが二次創作なのです。
原典にない舞台や設定を凝りすぎてあまりに原典と離れすぎてしまうと、興味は惹けると思いますがボロも出やすくなります。
そんなことをせずにキャラの軽妙なやりとりだけを見せることで、人物に特化したエピソードを読み手に読ませることができるのです。
ですがあえて独自の設定をして娯楽として二次創作を読ませるという手もあります。『pixiv小説』の二次創作でよく見られる「クロスオーバー」作品がまさにそれです。
「クロスオーバー」は二つ以上の原典をまぜこぜにして、そこで生まれる人間関係を書くことになります。
舞台や設定に関してはいずれかの世界に統一する場合が多い。中には完全にミックスしてしまう作品も見られます。
「クロスオーバー」に関してはどちらが正解ではなく「キャラのやりとりを楽しく読めればOK」です。
ただし、その結果として生じる特殊な空間はきっちりと説明しておくべきでしょう。
いったいどちらの世界観で物語が進んでいるのか。ミックスしてどういう世界観になっているのかは、書き手が書かないかぎり読み手には伝わりません。
舞台や設定の説明を主人公の描写に絡ませる
オリジナル作品であれば、とくに舞台や設定の説明を早めに読み手へ知らせるべきです。
舞台や設定の説明をまったく抜きにして主人公の動きだけを書いてしまうと、読み手は主人公の活動している場所を明確にイメージできません。
書き手は最初から頭の中に明確なイメージを持っています。
だからつい「主人公が活動している場所」についての描写を怠りがちになるのです。
舞台や設定の説明がなされていないと「暗幕の前でピンスポットが当たっている主人公が動いている」にすぎない状態になります。
これではどんな場所にいるのか読み手にはまったくわかりませんよね。
だから疑似体験を促すような巧みな表現ができていても、世界観がまったくの不明なのですから感情移入しようにもどうしても浅くなってしまうのです。
そこで、まず主人公を動かし、その動きによってどんな世界観なのかを読み手に知らせることを考えてください。
書き出しや第一章の中で読み手に知ってもらいたい舞台や設定の説明をすべて織り交ぜてしまえれば、第二章以降で苦労しなくなります。
だからといって「書き出し」から延々と舞台や設定の説明をしないでください。
読み手が読みたいのはあくまでも「主人公」です。
「舞台や設定」は主人公がどこでなにをやっているのかがわかる程度でかまいません。
つまりまずは主人公周りの「舞台や設定」を出しておき、主人公を動かすことで世界が広がっていくようにすべきなのです。
「主人公」にピンスポットが当たることを逆手に取ります。
「主人公」を積極的に動かすことで物語世界に光が当たっていくようにすれば、まったく無理せずに「どんな世界観なのか」を読み手に伝えることができます。
このあたりは舞台演劇に近いものがあるでしょう。
舞台演劇では「書割」といって背景画を描いた大道具が用意されています。その前で人物が動くことで、いま人物はどこにいるのかがひと目でわかります。
反面「書割」に描いていない世界はまったく見えません。それでもどんな世界観なのか観客にはじゅうぶんに伝わるのです。
舞台演劇で人物がまったく登場しないで「書割」とナレーションだけで進むシーンはただのひとつもありません。
それなのに小説では誰も登場しないのに「舞台と設定」がナレーションされるのです。なにかおかしな感じがしませんか。
ドラマや映画では遠景から入るパターンも見られますが、ほとんどの作品はまず主人公を出し、主人公を動かして世界を広げていってから遠景を入れます。
この遠景にタイトルを入れる作品が多いのです。なぜタイトルを入れるときに遠景を用いるのか。作品に「掴み」が必要だからです。
ただぼんやりと遠景から入ってしまうとまったく面白みがありません。
でも「主人公」が出てきて行動しながら世界観を広げて見せていけば「主人公の行動」が観客への「掴み」につながります。
映画やドラマなどで開幕直後から事件が起きていることが多いのも「掴み」が欲しいからです。
書き出しでどんなトーンなのかを示す
小説は「一次元の芸術」です。
その語り口によって作品がどんな方向性を持っているのか読み手に伝わります。
たとえば現代社会を舞台にして作品を書く場合、日常小説になるのか青春小説になるのか恋愛小説になるのかサラリーマン小説になるのか。
これらは「書き出し」ですぐに区別できるはずです。わからない小説は及第点に達しません。
日常小説なら友達や仲間などとワイワイしている状況を書きます。青春小説なら何かに挑戦しようということになるはずです。恋愛小説なら想い人は誰かが語られます。サラリーマン小説なら会社のどの部署に所属しているのかが書かれているでしょう。
そして「最終シーン」につながるようなトーンで書くことも必要になります。この小説は軽い作品なのか重い作品なのかも「書き出し」を読めばたいていわかるものです。軽い作品ならオノマトペの多い軽妙な語り口になりますし、重い作品なら漢語が多く重々しい語り口になります。
読み手は「書き出し」を読んで「この作品は自分の感覚に合うな」と思えばその後も読み進めてくれるものです。
軽い作品が好きな人は軽い「書き出し」をしている小説を求めます。それ以降も軽い小説なのだろうと思うからです。
最近では重い作品があまりウケなくなりました。
中高生が主要層のライトノベルは小説投稿サイトによって無料で楽しめる娯楽として読まれているからです。
彼ら彼女らは楽しめる小説を読みたいのであって、鬱になるような小説を求めていません。わざわざ時間を割いて鬱になるような小説を読もうとする人はよほどマゾヒスティックな方だと思います。
娯楽なのだから楽しめる小説でいいのです。どうしても重い小説にしたいのであれば、軽い小説だと思わせて話を盛り上げていき、少しずつ切羽詰まった状況に追い込んでいくべきです。
これは書き手の腕の見せどころなので、私から詳しくどこまでを軽くしろやああしろこうしろとは言えません。
ただ語り口の参考になるのはライトノベルではありませんがお笑い芸人ピースの又吉直樹氏『火花』です。
軽い出だしで楽しませつつ徐々に重くしていきました。結果として又吉直樹氏は重い小説を中高生に読ませることに成功したのです。
でも第二作『劇場』は期待されたほど売れていません。なぜなら『火花』を読んだ人は「この人は重い話を書く人だ」と認識したからです。
このように軽く見せて重い話に持っていくことはできるのですが、一度そう認識されると軽い小説が読みたい人たちから敬遠されるようになります。
軽い小説だと思わせたくて冒頭だけにジョークを書いて残りを重い小説を展開したり、逆に冒頭をシリアスに書いて残りを軽い小説にしたりするのはあまり褒められた手法ではありません。
「書き出し」は作品全体のトーンを決めます。ジョークを交えるなら軽い小説にすべきなのです。
最後に
前回・前々回に続いて「書き出しで読み手の心をつかむ」の完結第三編を述べてみました。
今回は舞台や設定の説明を主人公の描写に絡ませることと、「書き出し」で作品がどんなトーンなのかを示すことについて触れています。
「書き出し」で延々と世界観を語らないでください。それをやられると読み手は先を読みたがらなくなるのです。
まず主人公を出しましょう。出したら動かしましょう。そしていろんなところに赴かせるのです。そうすればあえて冒頭で世界観を語らなくても世界観は読み手に伝わります。
川端康成氏『雪国』の出だしを思い出してください。「国境の長いトンネルを抜けると雪国であつた」です。いきなり主人公が移動して行き着いた先が「雪国」。とてもわかりやすい出だしになっていますよね。
世界観を説明しないで主人公の動きに合わせて舞台がわかる好例です。
また小説は「書き出し」から始まります。その語り口によってこの小説は「軽い」のか「重い」のかを読み手は判断するのです。
「軽い」と思わせて「重く」終わらせたり、「重い」と思わせて「軽く」終わらせたりするのは上策とは呼べません。
又吉直樹氏は今『劇場』で苦しめられています。『火花』を「軽い」と思わせて「重く」終わらせたため、「重い小説を書く人だ」と認識されたからです。
お笑いが好きな人は「面白い」のだと思って『火花』を買い、内容が期待外れだったので次作『劇場』には手を出さなくなりました。
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