165.連載篇:書き出しで読み手の心をつかむ(2/3)
今回は「疑問や謎」と「対になる存在」について触れています。
書き出しで読み手の心をつかむ(2/3)
前回は「物語より前から書き始めない」ことと「主人公を登場させる」ことを述べました。
「書き出し」にはまだ入れたいものがいくつもあります。
疑問や謎を提示する
「書き出し」で最も大事なのは「主人公が動く理由」が冒頭一文ではわからないということです。
つまりなにがしかの「疑問」や「謎」が残るような主人公の動きを表す一文が求められます。
もし冒頭一文で「疑問」や「謎」が解決されてしまえば、その先を読む必要がなくなるおそれもあるのです。
「疑問」や「謎」を提示することで、読み手は「これはどういうことなんだろう」と思ってくれます。
一度「疑問」や「謎」が湧くと、読み手はその答えを求めるように文章を読み進めていってくれます。
その後新たな「疑問」や「謎」を提示したり、どこかの「疑問」や「謎」の「答え」を書いて言ったりして物語を力強く推し進めていくのです。
「疑問」や「謎」だけを出して「答え」も出さずに終わってしまうようではよい小説とは呼べません。
一度出した「疑問」や「謎」には必ず「答え」を出してください。そうすれば読後感がスッキリとします。
二十年以上続くマンガ・青山剛昌氏『名探偵コナン』ですが、最初に読み手に与えられた「黒の組織」についての「謎」はまったく解けずに現在に至っています。
灰原哀こと宮野志保や江戸川コナンこと工藤新一に協力している内通者によってある程度組織の「疑問」が明らかになってきましたが、「なぜ薬を飲むと体が縮むのか」と「黒の組織は結局どんな組織で何が目的なのか」という「謎」は明らかにされていないのです。
その「謎」を二十年以上も引っ張ってきたことが読み手にどう受け止められているのでしょうか。
こちらも二十年以上続くマンガ・森川ジョージ氏『はじめの一歩』ですが、最初に読み手へ与えらたのは「強いってなんだろう」という主人公幕之内一歩の「疑問」です。一歩は日本王者になりましたが、まだ「疑問」に対する「答え」が示されていません。
世界ランク2位のアルフレド・ゴンザレスと戦って敗れましたがまだ見つからないのです。
こうなったらもう世界王者になるまで「答え」は見つからないのではないか。もしかしたら世界王者になって宮田一郎との「約束」を果たすことでやっと見つかるのかもしれません。
このあたりは作者の意図次第なので、これからの展開を見守るしかないでしょう。当面は王者リカルド・マルチネスとは戦わないでしょうから、それまでの過程を楽しむことにします。
対になる存在を早めに出す
主人公が動けば読み手は主人公から目が離せなくなります。
ではそのまま主人公を追っていれば小説の「書き出し」は盤石でしょうか。そうではありません。
主人公は早々に何かと対峙しなければなりません。相手は私がよく使う言葉「対になる存在」です。恋愛小説なら意中の異性、バトル小説ならライバルやラスボスに当たります。
彼ら彼女らを出すことによって主人公との間に明確な対決構造が生まれるのです。そしてこの対決構造は「書き出し」で解決しません。
解決するのは物語の「
解決しそうになったり離れていったり。
「物語」は主人公と「対になる存在」との間をフラフラと漂います。
恋愛小説では主人公が意中の異性と急接近したり疎遠になったりを繰り返すことで物語が盛り上がるのです。
対になる存在を二人つくる
また意中の異性を狙う人物が出てきたらどうでしょうか。
主人公と「対になる存在」として「意中の異性」が出てきましたが、もうひとつの「対になる存在」として同じ意中の異性を狙う人物との対立軸が出来あがります。
これによって「物語」は複雑さを増し、奥深くなっていくのです。
マンガのまつもと泉氏『きまぐれオレンジ☆ロード』は転校してきたばかりの主人公・春日恭介が、公園で赤い麦わら帽子を飛ばした鮎川まどかと出会います。まどかが「対になる存在」となったのです。その後学校の体育館で「超能力」を使ってバスケのロングスローを決めたところを下級生の檜山ひかるに見つかります。その姿をカッコいいと感じたひかるが恭介に猛アタックしてくるのです。ひかるがもう一人の「対になる存在」となりました。しかし恭介はまどかが同級生であることを知り、さらにまどかとひかるが幼馴染みであることがわかって「危険なトライアングル」が始まるのです。
渡航氏『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』略称『俺ガイル』は当初主人公の比企谷八幡が「対になる存在」である奉仕部部長の雪ノ下雪乃とせめぎ合っている状態でした。
しかしそこに由比ヶ浜結衣が現れたことでもうひとつの「対になる存在」が出来ます。このあたりから人気は加速度的に増していき『このライトノベルがすごい!』2013年度から2015年度まで三連覇して殿堂入り作品にまで上りつめたのです。
またマンガの高森朝雄(梶原一騎)氏&ちばてつや氏『あしたのジョー』は当初主人公の矢吹丈の「対になる存在」は力石徹でした。
そして念願叶って主人公と「対になる存在」との対決が実現しますが、丈は力石に敗れます。しかし再戦に思いを巡らせていたところで力石がリング上で急死するのです。
これで「対になる存在」がいなくなりました。当然丈もボクシングを続ける意義を見出だせなくなったのです。
そこで白木ジムの白木葉子が海外選手を対戦相手としてマッチメイクします。そうしてやってきたカーロス・リベラと丈は親友の間柄にもなり良いライバルとして「対になる存在」となったのです。
しかしカーロスは世界王者ホセ・メンドーサから受けたコークスクリューパンチの後遺症でパンチドランカーになってしまいます。そこで丈はホセ・メンドーサをボクシング面での「対になる存在」と見据えて挑戦することになるのです。
そこまでお膳立てをしてきた葉子は自分が丈に惹かれていることに気づかされます。恋愛面での「対になる存在」に葉子がなることで、丈を巡る関係線が二本になり「物語」は最高潮を迎えて世界挑戦が始まるのです。
これで盛り上がらないはずがありません。
このように、ひとつの作品でひとつの「対になる存在」だけだとどうしても物語が浅くなってしまいます。そのような構造は中編や短編に回すとよいでしょう。
長編の「三百枚」であれば二つは欲しいです。主人公一人と「対になる存在」二人がいる構造であったり、主人公一人と「対になる存在」一人でもうひとり「対になる存在」を狙う主人公のライバルを作るなどさまざまな工夫ができます。
特定の人物に対する「相関図」の関係線が二本以上組まれていればかなりの推進力を得られるのです。
ハーレムの危険性
ただしあまりにも関係線が多いとそれはそれで白けてしまいます。たとえば「ハーレム」です。
「ハーレム」とは一人の主人公に何人もの異性が「対になる存在」として関係線を引いてくることを指します。小説で「ハーレム」構造をとってしまうと、一人ひとりの関係を深く書けなくなってしまうのです。つまり『論語』の「過ぎたるは猶及ばざるが如し」です。
関係性を深めるために「対になる存在」を設定したはず。しかし人数が多くなりすぎて関係性を浅くしか書けなくなってしまったのです。これでは「対になる存在」の意味がなくなります。
それを打開するのが「本妻」です。つまりたくさん出てくるけど本命の「対になる存在」はほんの数人だけに絞ります。
「ハーレム」は『小説家になろう』においてよく用いられる「キーワード」です。そしてライトノベルでは「ハーレム」構造を持つ作品が数多くあります。
大森藤ノ氏『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』、弓弦イズル氏『IS〈インフィニット・ストラトス〉』、石踏一榮氏『ハイスクールD×D』、平坂読氏『僕は友達が少ない』、橘公司氏『デート・ア・ライブ』など挙げればキリがないほどです。
いずれも人気作品になります。しかしそれらがどうあがいても敵わないのが『俺ガイル』です。
つまり「ハーレム」は単純な「対になる存在」二人に勝てません。
前述したとおり「ハーレム」にすると一人ひとりとの関係を深く書けません。しかし『俺ガイル』は主人公の比企谷八幡と、「対になる存在」となるヒロインの雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣との関係を深く書き込めます。だから読んでいて「面白い」「楽しい」と深く感じることができるのです。
決して「ハーレム」を否定するものではありません。「ハーレム」にしたいなら「本妻」を決めておくべきだということです。
「本妻」との関係を深く書き込み、合間合間で他の子にちょっかいを出す、というのが「ハーレム」構造がうまく成立する条件になります。
上記したハーレム系ライトノベルはいずれも「本妻」がいますよね。
最後に
前回に続いて「書き出しで読み手の心をつかむ」の第二編を述べてみました。
今回は「疑問」や「謎」を提示することと、「対になる存在」について触れています。
どちらも「書き出し」に書いてあると先を読みたくなるものです。まったく「疑問」や「謎」のない小説は何が面白いのでしょうか。
先がわからないから小説は面白いのです。
また小説は主人公ひとりでは成立しません。他人との人間関係の移ろいが小説のキモなのです。
だから「対になる存在」は不可欠になります。
次回は第三編です。
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