44.中級篇:一芸に秀でた主人公

 今回は「主人公像」について述べてみました。

 「超人」と「凡人」はどちらがよいのか。

 書き手の技量を要するのはどちらでしょうか。





一芸に秀でた主人公


 基礎篇からの繰り返しですが、小説において「主人公がどうなりたい」から「主人公がどうなった」までが物語です。

 では他の作品とどう差別化していけばよいでしょうか。

 主人公がどういう人物か。

 それが物語の大きな差別要因です。





奪われたものを取り返す

 よくある物語では、どこかの王子や公子が悪の大臣に脅かされて国を追われます。

 そして彼らはどうにかしてでも祖国へ帰還して悪の大臣を倒さなければなりません。ひじょうによくある復讐劇です。


 2017年12月15日に完結編が発売される田中芳樹氏『アルスラーン戦記』も変形ですがこの形でした。(『ピクシブ文芸』掲載時はまだ発売されていませんでした)。

 私は同じく田中芳樹氏の『西風のゼピュロシア戦記サーガ』という一巻完結の小説が好きなのですが、そちらもやはりこのパターンの物語になっています。


 「奪われたものを取り返す」というのは基礎篇で述べてきた「出来事イベントが起きる」ことであるものを奪われて、「主人公がどう対処して」それを取り戻すか、という物語の基本形です。

 そしてこのパターンはひじょうに多くのバリエーションを生んでいます。


 田中芳樹氏の作品の筆頭とされる『銀河英雄伝説』も導入部分では、主人公ラインハルト・フォン・ローエングラムが皇帝フリードリヒ四世に奪われた姉アンネローゼ・フォン・グリューネワルト伯爵夫人を取り戻すことが第一目標でした。

 でもそこはあくまでも通過点。

 ラインハルトは銀河帝国初代皇帝ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムのように銀河を制覇する野望を抱いており、その具現化のために小説は巻を重ねることになります。

 しかし、もしアンネローゼの存在がなければ、あれだけの連載を続けられたかというと甚だ疑問です。

 野望としては「銀河制覇」であっても、直近では「奪われたものを取り返す」という単純明快で読み手を惹きつける要素があったからこそ、読み手はラインハルトの活躍を心から応援できました。

 アンネローゼがいなかったら盟友ジークフリード・キルヒアイスに降りかかる運命の重さがあったとしても、それほど読み手を物語に引き込めなかったと思います。

 自由惑星同盟サイドの主人公であるヤン・ウェンリーは銀河帝国難攻不落のイゼルローン要塞を奪取するのですが、程なくして首都星ハイネセンとその周辺で軍事クーデターが発生するのです。

 ヤンはこれを平定するために首都星ハイネセンを目指すことになります。こちらも「奪われたものを取り返す」物語です。

 このように連載小説であればなおのこと「奪われたものを取り返す」という単純明快な物語の構造がなければ、最初のうちに読み手の心を掴むことはできません。





超人的な主人公は先が読めてしまう

 一般的に、主人公が超人的であればあるほど、読み手の興味は削がれていきます。

 すべての面が揃っているオールマイティーな「超人」、『小説家になろう』なら「俺TUEEE』『チート」な主人公の場合、先の展開が安易に読めてしまうのです。面白味に欠けます。

 だってどんな相手にでも勝てるし、どんな状況でも生き残れるわけですからね。

 そんなわかりきった話に時間を費やすほど読み手は暇ではありません。

 だから単に主人公が「超人」ではダメなのです。


 先がわかっていてそれでもワクワク・ハラハラ・ドキドキさせるには「いったん危機ピンチに陥ったかに見せて、鮮やかに打破して敵を打ち破る」という場面シーンが必要です。

 相応に頭を使って書く必要があります。


 その点「凡人」が主人公ならその行動で失敗するかもしれないし、結果死んでしまうかもしれません。

 その緊迫感が小説には不可欠です。


 読み手は自分と等身大のキャラが主人公だからこそ深くのめり込めます。

 現在ウケているライトノベルの主人公はおおかたこの手の「凡人」です。

 文学小説も大衆小説もライトノベルも昔から「超人」を主人公にしてウケた作品はひじょうに稀になります。


 『銀河英雄伝説』では両陣営の主人公であるラインハルトとヤンはともに用兵の天才であり「超人」です。

 しかしラインハルトはヤンと戦えば完勝を阻まれますし、ヤンは自由惑星同盟の政治家に足を引っ張られ続けます。

 どちらも凄腕の用兵家ですが完璧な「超人」ではなかったのです。

 だから彼らが「凡人」と戦って勝つのは当たり前ですが、直接対決するとどうなるかわからないという緊迫感が生じます。

 帝国の双璧が相撃つときなども、双方並び称されるほどの名手であり、どちらが勝つかわからないからこそ緊迫感がありましたよね。


 このように「この先どうなるかわからない」という緊迫感があるからこそ、読み手はその先を知りたくて仕方がなくなります。

 とくに連載小説ではこの緊迫感が必須です。

 「この先どうなるかわからない」という状態でそのエピソードを終えれば、読み手は続きが読みたくて仕方なくなります。

 展開のうまい連載小説家はそのツボを的確に押さえてくるのです。



 一方、完全無欠の「超人」を主人公にしたい場合は、それを上回る「超人」を悪役にしなければなりません。

 オールマイティーな主人公なら、神や悪魔など人を超える存在との対決でなければならないのです。でなければ緊迫感が生まれません。


 たとえ「超人」であってもあえて弱点を作っておき、敵にそこを攻めさせて緊迫感を演出する方法もあります。

 『銀河英雄伝説』でも用兵の天才つまり「超人」であるラインハルトとヤンにはともに弱点が存在しました。

 そこを巧みに用いて緊迫感が生まれたのです。


 たとえ「超人」であってもあえて弱点を作っておき、敵にそこを攻めさせて緊迫感を演出する方法もあります。

 アキレスは不死身の超人でしたが「アキレス腱」が唯一の弱点でしたよね。





一芸に秀でた凡人

 だからといって、ただの「凡人」が主人公ではキャラが立ちません。

 なにか「一芸に秀でた」キャラがよいでしょう。

 その一芸と努力のベクトルが組み合わさったとき、作品に広がりが生じます。


 マンガ・堀越耕平氏『僕のヒーローアカデミア』は「危機に陥っている人を助けたい」という意志が人一倍強い「凡人」緑谷出久デクが主人公です。

 「とっさの判断力」に優れており、No.1ヒーローのオールマイトから個性「ワン・フォー・オール」を受け継ぐことになります。

 ご存知のとおりなかなか個性を制御しきれず体を壊してばかりいますが、「とっさの判断力」という一芸で窮地を何度も乗り越えてきました。

 「危機に陥っている人を助けたい」はヒーローになりたいという動機(起承転結の「起」)であり、「とっさの判断力」はヒーローとしての一芸となっています。

 連載中なので断言できませんが、「凡人」であるうちは作戦参謀としての立ち位置でした。

 話が進むにつれ「超人」つまり物語上でいうところの「ヒーロー」に達したとき「すべてのヒーローを使いこなす指揮官」になりうる一芸を持った存在だと言えるでしょう。(『ピクシブ文芸』掲載時はまだその程度のことしかわかっていませんでした)(2022年ではだいたいこのようなキャラクターに仕上がっていますね)。





小説賞・新人賞狙いなら「一芸凡人」がいい

 「超人」のストーリーは盛り上がりに欠ける展開になりがちです。


 まず「どんな状況でもワン・サイド・ゲーム」になってしまうこと。

 それはそうですよ。

 完全無欠の「超人」とそれ以外との戦いでは、一方的になって当たり前。

 それでは読み手はまったくワクワク・ハラハラ・ドキドキしませんから。


 そしてすぐ「パワーのインフレ」に陥ります。

 「超人」の主人公と「対になる存在」として「超人」を出す。

 ワン・サイド・ゲームにしない物語を考えればそうなって当然です。

 となれば連載を始めたら面白みに欠けてしまうのです。

 当初こそワクワク・ハラハラ・ドキドキのバトルが見られます。しかし「対になる存在」に勝った後どうなるのでしょうか。

 彼に敵う存在はもういません。

 その状況で連載を続けなければならないとしたら。

 もう主人公より強い「新たな対になる存在」を登場させるほかありません。

 これに勝ったらどうなるか。

 それよりもさらに強い「新たな対になる存在」が出さざるをえません。

 これが「パワーのインフレ」です。


 「パワーのインフレ」の代表例としてはマンガの鳥山明氏『DRAGON BALL』が挙げられます。

 ピラフ一味に始まりジャッキー・チュン(武天老師・亀仙人)、桃白白、天津飯、ピッコロ大魔王、ナッパ、ベジータ、フリーザ、セル、魔人ブウとどんどん強い人物を登場させざるをえなくなりました。

 正直どこで物語を打ち切ってもよかったのです。

 それが長々と続いてしまったのはバトルによる人気が高まったためでしょう。

 当初の目的は「ドラゴンボールを集めて主人公ブルマの願い事を叶える」ものでした。

 それが孫悟空が主人公に取って代わって彼がバトルに勝ち、死んだ人たちを「生き返らせる」ための道具を揃えるためだけに「ドラゴンボールを集める」ようになってしまいました。


 売れっ子作家ならいざしらず、「小説賞・新人賞」狙いであれば主人公は「一芸に秀でた凡人」にしましょう。

 「超人」の物語はスケールが壮大な割に中身がスカスカになりやすく、スカスカに見えては選考で不利に働きます。

 「超人」ものはその場の痛快感だけならものすごく高いんですよ。

 それは間違いないのです。

 でも連載させようとすればどうしても「パワーのインフレ」が生じてしまいます。


 それを巧みに回避したのが川原礫氏『ソードアート・オンライン』です。

 オンラインゲームを題材にしていますが、一つの世界を救済したらまた別の世界に入ってイチから戦いを始めます。

 つまり世界を渡り歩くたびに「パワーのリセット」を行なうことで「超人」を「凡人」にしてしまうのです。

 これで主人公が「超人」化するまでの過程を楽しく読めますし、「超人」化したらラスボスとの戦いでワクワク・ハラハラ・ドキドキさせます。

 川原礫氏はとてもうまい仕組みを作り上げたものです。





最後に

 今回は「一芸に秀でた主人公」をテーマに述べてみました。

 主人公には「超人」と「凡人」がいます。


 「超人」はアメコミでお馴染みな無敵のヒーローです。

 一般の読み手は「超人」に憧れを抱きます。

 ですが無敵だけど人間関係などで脆い面を抱えているキャラが多いのもアメコミらしいところです。


 それに対し「凡人」は読み手と等身大であり、感情移入しやすい特徴があります。

 でも本当にただの「凡人」が主人公ということはまずありません。

 たいていはなにがしかの「一芸に秀でた凡人」です。


 その一芸があれば「凡人」でも世界を変えられる。

 そう読み手が思ってくれれば、読み手の共感をさらに呼び起こせます。

 たった一つの特技でいいのです。


 それがとがっていればいるほど読み手の「心に痕跡を残す」ことができます。

 この道理がわかったうえで、書き手として「超人」「一芸に秀でた凡人」いずれかの主人公を選択すればいいと思います。


 「超人」だって「パワーのインフレ」を起こさせない工夫はいくらでもあるはずです。

 それが思いつくのならぜひ「超人」を主人公にしてください。


 すぐに思いつかないようなら、当面は「一芸に秀でた凡人」を主人公にして書き重ねていきましょう。

 書いているうちに思いつくかもしれませんからね。



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