平和な時が何十年も続きますように

志賀福 江乃

第1話

「平成が終わるなんて信じられない」



 菫色の髪を携え、頬を桜色に染めた彼女は、寂しげにそう呟いた。梅と桜が散りばめられた美しい着物は彼女の可愛らしさを際出させている。先程出会ったばかりなのに、彼女の可愛らしさはあっという間に自分の心を掴んでしまった。



「新しい時代なんて、不安です」



 こちらをちらっと見つめると、視線を落としてため息をついた。彼女なら大丈夫。皆から愛されるようになれるだろう。ここにいる誰もがそう確信していた。だが、心底不安そうだ。そんな様子を見たのか、丸刈り坊主の学ランの少年がバシッと背中を叩いた。



「大丈夫だって! なんとかなるよ」



 人柄の良い笑みを浮かべた彼は彼女の心配そうな表情とは対象的ににわくわくとした表情を浮かべている。一番、この人が長かったなんて、未だに信じられない。その横で、学ランに黒いマントを被った狐目少年が、帽子をクイッと上げてにやにやした笑みで彼女を覗き込んだ。



「なになに? もしかして寂しいの?」

「そ、そりゃあ……」

「そっかぁ〜寂しいのか〜!」



 うるさいっと頬をふくらませる彼女はまだどこか幼い。彼女達の楽しげな声はより一層自分の中の寂しさを引き立たせた。ティッシュに色水がこぼれ落ち広がっていく。そんな感覚だ。果たしてその色は何色なのだろうか。空色か、はたまた、淡い桜色か。



「こらこら、あんまりいじめちゃ駄目よ?」



 かつ、かつ、というブーツの音と凛とした声が響く。美しいアルトの声の主は、遅くなったわね、と微笑んだ。何せ、彼女が一番遠いから仕方がない。焦げ茶色の髪がハーフアップでまとめられ、赤いリボンが可愛らしくつけられている。袴にブーツ、という不思議な格好だが、手足が長い彼女に、よく似合っている。姉さま、と菫色の彼女が嬉しそうに駆け寄った。



「もう、姉さまだなんて。本当に可愛いんだから」



 ぎゅっと抱きしめ合う彼女に男性陣は顔を綻ばせる。遠い記憶の中、自分が送り出されるときも彼女はああやって抱きしめてくれたなぁと思い出す。でも自分のときは彼らと共に過ごす時間は一瞬だったから、菫色の彼女ほど思い入れはなく、寂しくもなかった。それに比べ今回は時期が長かったし、なんだか御目出度い雰囲気だから、彼女にとっては心細くて寂しいものなのだろう。



 暫く歓談を続けると、彼女はパタパタと自分の方に駆け寄ってきた。桜色の頬を、紅葉色にして恥ずかしそうに、こちらを見つめる。



「あの、私、頑張ります。貴方のように平和な時を皆が過ごせるように、頑張ります。だから、だから、その」



 決意の込めた瞳は、不安も見え隠れするけれどキラキラと輝いていて、自分を通して、遥か先の希望を見据えているように思えた。だから、俺は、



「それ以上は駄目だよ」



 彼女の言葉を遮った。彼女は一瞬、え? と傷つくような顔をした。彼女に余計なことを考えてほしくない、そう思った。俺が見てきた皆を今度は彼女が支える。その覚悟は彼女には充分あるようだ。ほんの一瞬の空白の時間。たったそれだけの邂逅なのに、随分と俺達は心を惹かれ合ってしまったらしい。はっきりいうと見た目がどストライク。バイブスあがる? いや、今風にいえば、やばたにえん?



「待ってるからさ。君が何十年もの時を平和に過ごして、こっちにまた戻ってくるときまで」



 そう言うと、ぱっと、顔を綻ばせる。周りからひゅーっと冷やかしの口笛があがった。主に狐目の少年が新しい玩具をもらった子供のような表情をしている。これは、面倒くさそうだ。



「私、立派に務めます。皆さんみたいに、沢山の人が新しいことをどんどん取り組んで、よりよい国になるように、しっかり見守ります」

「そう固くならないでいいよ、なんとかなるし、ある意味僕達は何もできないからね」

「そうそう、コロコロ変わるから逆にこっちがついてくのに大変だっての」

「そうねぇ、結局は彼ら次第だもの」



 そう言って、彼らは目線を鏡の方に向ける。そこには『平成最後』と盛り上がる愛おしい人々がいた。家族でパーティをするもの、友達と自撮りするもの、見知らぬ人とも集まってカウントダウンを始めるもの。平和で和やかで騒がしい。そんな彼らが自分達にとって何より愛おしく、大切だ。



「さっ、そろそろ時間だよ。君らしい色にしてくれよ」

「頑張ってね! 貴方なら大丈夫よ!」

「俺たちはずっと見守ってるから安心していけよ!」



 彼らが、菫色の彼女の背中をとん、とおす。わっ、と唐突に押されたことに驚いたのか、踏ん張れず、そのまま俺の胸に倒れ込んできた。ぶわっ、と顔を真っ赤にして、ごめんなさい、と離れる。大丈夫だよ、と声をかければ、すみません、と緩やかに微笑んだ。そして、寂しげに後ろを振り返る。そこにいた彼らはもういなくなっていた。



「皆さん、ありがとうございます」



 たったそれだけの言葉なのに、優しくて暖かい。姿は見えなくても、彼らの微笑む姿が思い浮かんだ。

 ちらっと鏡を見ると、じゅう! きゅう! とカウントダウンが始まっていた。



「しっかり待っててくださいね」

「待ってるから、俺よりながぁく、続いてくれよ?」

「はい、首がスカイツリーぐらい長くなるくらい待っていてください」

「それはやばいな」

「やばいですね」



 ふふふ、と笑う。やばい、なんて言葉今はいない彼らには通じないから、なんだか不思議な気持ちになって思わず笑みが溢れた。まだ生まれたばかりの彼女は自分よりも遥かに立派になって沢山の新しいものを携えて帰ってくる。そう思った。ごー、よーん、と声が響く。



「さて、じゃあ、行ってきます」

「いってらっしゃい」

「また、会いましょう、『平成』さん」

「うん、待ってるよ『令和』さん」



 パチン、とハイタッチの音があたりに響く。さぁ、新しい時代の幕開けだ。







 「ありがとう、『平成』! よろしく、『令和』!」



 そんな声が二人を包んだ。









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平和な時が何十年も続きますように 志賀福 江乃 @shiganeena

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