すたーげいざー

Aldog

すたーげいざー

 宇宙は広いようで狭い。

 当然、観測可能な宇宙は技術が進歩するだけ広がっていく。

 けれど私達人類が実際に移動可能な範囲となると、とたんにその規模が悲しいくらいに小さくなる。

 そんな小さな範囲を忙しなく移動する宇宙船ナスル号の船内は、これが以外と快適だった。

 人一人が快適に生活できるだけのスペースが十分に確保されているのは、精神衛生を保つ上で必要だったかららしい。

 頭の良い人達が過去から現在まで積み重ねてきた思考の研鑽が「これが最適」としたのだから、まあきっと妥当なのだろう。

 正直持て余す広さだなー、と思っているのだがそれを言い出した所で意味がない。

 ナスル号、というか私には一つの任務がある。任務というか仕事というか、とにかくやらなければならない事がある。

 それは狭い宇宙を広くすること。

 まだ誰も行ったことのない宙域へ向かい、観測し、情報を持ち帰る。

 そのために作られた観測用有人探査船がこのナスル号であり、唯一の搭乗員がこの私だ。

「正直することないんだよねー」

 名ばかりの管制室で、はじめから据え付けられていた高級ソファに身を沈める。サイドテーブルには飲み物と食事。完璧だ。

 早まったかな、という思いは頭の片隅にずっとある。

 失恋で自棄っぱち状態のまま勢いだけで求人に応募したら通ってしまったのだ。

「相手が居るんじゃしょうがないよなー……」

 美男同士で絵面が非常に整っていたのが悔しい。いや見た目から惹かれていったのだからしょうがないのだけど、今思い返しても元想い人は顔が良かった。

 未開領域の探索というのは、これで結構昔から一定の求人がある。

 政府が人類圏を拡大することで人口問題をウンタラカンタラ。補助金と助成金の額が大きくてナントカカントカ。

 契約期間は絶対だし、数年だが数ヶ月だかを過ごせば帰った頃には小金持ち。

 宝くじの当選以上に確立が低いが、居住可能惑星を見つけでもしたら一族が末代まで遊んで暮らせる。

 お金に困ったりほとぼりを冷ましたい人たちにとっては、今も昔もありがたいお仕事なのだ。

「失恋でそれに応募するのはやっぱ判断ミスだった……」

 いやもう本当にコレが判断ミスというか惚れた相手に既に相手がいたのも判断ミスだったのでつまりは人生失敗状態だ。

 なんの資格も専門知識もない人間が探査船で出来る事なんて無いのだ。

 あったとしても全てマニュアルに書いてあるのでそのとおりにすればいい。

 法律がどうもそんな感じで観測には人間が居ないと駄目らしく、その言い訳づくりの為だけに私はこの船に搭乗している。

 探索も何もかも全て船がやってくれる。私はただ居るだけでいい。

 ヤッホー素敵な労働環境。いやそもそも労働かな?

 軽く哲学に入りそうな程に私は暇で暇で暇だった。

 持ち込んだコンテンツは膨大で消費しきれないし、健康の為に適度な運動なんかもスケジュール通りこなしている。

 それでもやっぱり、一人というのは暇なのだ。

「そろそろかな」

 そんな私の数少ない楽しみは、一人では無いのだと実感出来る時。

 今時珍しい、文通相手との交信だ。

 探査という性質上、この船は電波やら何やらとにかくいろいろなものを送受信している。

 どんな奇跡か偶然か、この探査の編みに引っ掛かった同業者が居たのだ。

 当然お互いの距離は光年単位で離れている。そんなに近かったら探しに行く意味が無い。

 距離も少しずつ開いていく。それでも短いメッセージのやり取りくらいは出来る。

 今日も定刻どおりに行われる定期探査に、相手からのメッセージが引っかかる。

 規約に他の探索船と交信してはいけないとは書かれていないからセーフ。まあ怒られるとしても帰った後だ。今じゃない。

「お互い暇してますなぁ」

 どうでもいい内容。他愛の無いやりとり。

 人恋しさというやつもあるのだろうが、そういう普通を今の私は何よりも欲していたらしい。

 お互いに、名前も性別もしらない。ただ、今日は何をやっただの、相手が言っていたコンテンツを楽しんだ感想だのを垂れ流しているだけだ。

 私達の生涯年収を何度足しても足りないような高級機材で行われる、人類史上最もくだらない文通。

 そう考えると最高にバカバカしくて辞められない。

 失恋なんて忘れるね! なんてメッセージに載せたら、相手から呆れ果てたという文面が返ってきた。

 泣いた。

 そこから身の上話が始まったのは、まあなんというかしょうがないと思う。

 なんとなく、この文通には不文律のようなものがあった。

 お互い人恋しさを紛らわすために利害が一致しただけで、必要以上に踏み込まない。

 それも全ては過去の話。一度やらかしてしまえば後はそんなの関係ない。

「オリジナル料理失敗した。クソまずい」

『何故自動料理機に頼らないのか。人間が自ら作るなんて愚の骨頂』

「昨日走りすぎた。筋肉痛やばい」

『メニューを守らないからそうなる』

「たまに振られた相手の事思い出すわー。未練たらたらだわー」

『お前みたいなのに引っ掛からなかった相手は聡明』

「人恋しい……ぬくもりが欲しい……」

『適当なクッションを温風で温めるといい』

この返答には結構傷ついた。傷ついて数日寝込んだ。なんで傷ついたかは分からない。

『生きてる?』

『返答されたし』

『緊急事態の場合は救出も視野に入れている。至急返答されたし』

「ごめん、凹んで寝込んでた」

『そのまま死ねばよい』

「ほんとにごめん」

 その後一日だけ返事がなかったが、翌日には普通に返ってきたので相手は私よりいいやつだと思う。

 こんなノリで年単位でやりとりしていたら、会ったことなど無いのに相手のことを無二の親友のように思っているのだから私も大概ちょろいと思う。

 いやしょうがないのだ。人恋しいのだ。寂しいのだ。孤独を埋めてくれる相手なのだ。

 言い訳はたくさん思いつくけれど、相手のことを今となっては多くしっているけれど、顔も声も本音も知らない。

 正直めっちゃ知りたい。クール系イケメンだろうか。だといいな。まず無いな。現実は厳しいな。

 だって現状で既に運命みたいな出会い方なのだ。コレ以上幸運が重なったら私は反動で死ぬだろう。

 フラグだった。

 現状マジ死にそう。いつもの軽口じゃなくて、本当の本当に。

 まず起こる筈の無いデブリの接近。それだけでも気が遠くなるような低確率なのに、それがこちらの探査予測よりも比重が重く破壊しきれず、下手に手出ししたせいで直撃するなんて思ってもみなかった。

「いや想像出来るかそんなの!」

 今探査船は絶賛暴走中。航路を外れて正直どこに居るのかも分からない。

 幸いな事に居住区画は生きているから、しばらくは大丈夫。でもしばらくだ。ジリ貧で先が無い。

 当然マニュアル様にはこんな事態を想定した記載が……無い。無いったら無い。

 なんで救命艇にピンポイントで衝突してくれたのでしょうかデブリ様。予備なんて無い。

 つまり私の人生はこれで終わりだ。自棄になった結果がこれだよ!

 最後に文通相手にメッセージだけ飛ばしたが、果たしてちゃんと届いただろうか。

 あんな中身も意味もない文通に付き合ってくれたのだ。きっと相手も寂しかったのだろう。

 どちらかの任期が終わる時が文通の終わる時だと思っていた。運が良ければ返ってから会えるかも、なんて思っていた。

 そんなのは全部都合の良い妄想だった。現実はここでおしまいです。

「あー、やり残したことたくさんあるなー……」

 実のところ、電源系統は生きている。燃料も流出していない。設計者は神だろう。人類の叡智バンザイ。

 でも移動が出来ない。ついでに言うなら探査用のレーダーやら受信機やらは死んでいる。この程度かよ人類の叡智。

 つまり、この居住区画内で生活を続けることは可能なのだ。食料の備蓄が尽きる時が私の命の尽きる時。

 正直死ぬしかないので今すぐ自殺した方が良いかもしれない。

 けれど、自分で死ぬのはめっちゃ怖い。

 本当に怖い。やろうとしたけど無理だった。でもこのまま死ぬのも怖い。

 だから持ってきたコンテンツにのめり込んだ。オールドムービーもいっぱい見た。これが結構面白かった。

 たまに正気に戻って不安に押しつぶされそうになった。布団かぶって泣いてみた。

 文通相手とのやり取りを読み返すと、少しだけ不安が薄れた。

 楽しかったなー。どんな人だったんだろう。文面は冷たいけど結構心配性だったよな。

 死んだ魚のような目で消費しきれないムービーをうつろに眺めていてたら、船全体が振動した。

 吐いた。

 デブリがぶつかったときの恐怖を思い出して吐いた。

 終わった。今度こそ本当に終わった。緩やかに終わることすら許されなかった。

 もう動くことも出来ずに膝を抱えて蹲るしか出来ない。

 ガタガタ震えて最後の終わりを待ってるのに、なぜか何も起こらない。あれ、爆発とかしない系?

 少しは現状把握とやらをしてみようか、と自室のドアを開けると、なんか機械に取り囲まれた。

「え、何」

 異星人の侵略かと思ったが違った。どう見ても地球産だ。

 状況がつかめず通路で棒立ちしていたら、突然横からタックルを食らった。心臓飛び出るかと思った。

「生きてる、生きてる、生きてる!」

 一切聞き覚えのない声。知らない顔。柔らかい。女の子だ。

「どちらさま……」

 声がガラッガラだった。そりゃさっき吐いたしね。口も濯いでないよ。

「文通相手。救援に来た。生きてた。間に合った」

 私を抱きしめて離さないこの子が文通相手だった。まじかよゴッド。ていうかなんでここまでこれたのよ。

「駄目だと思った。でも諦めたくなかった。寂しかった。良かった、良かった……」

 泣き出した。私も泣いた。二人ですげー泣いた。気絶するまで泣いていた。

 文通相手の彼女は、私の最後の通信を受信した後、進路を変えて私を探してくれたそうだった。

 未開領域を探査する船の能力をフルに使って、小さな小さな難破船を探し当ててくれたのだ。

 起こった事全てが意味不明な低確率を連続して引き当てている。人生何が起こるのか分からなさ過ぎる。

 そこから地球圏まで期間する間に、私達はたくさんの話をした。

 文通だけのやりとりでお互いを知ったような気になっていてたが、実際に対面して会話すると情報量が段違いだ。

 たまらん。柔らかい。ぎゅっと抱きしめるだけでこんなに幸せな気分になるなんて。脳内麻薬ってすごい。

 文通相手は私の想像とは違いめっちゃ美人で、でも想像通りにいいやつだった。

 PTSDとかストックホルムとか言われるかもしれないけれど、でもこんな奇跡ような確率の末に出会った私達だ。

 運命感じてどうこうなっちゃってもしょうがないと思う。しょうがない。しょうがないんだよ。

 彼女が私の乗っていた宇宙船を曳航して地球へと戻ったのだが、この判断が私達の将来を変えた。

 衝突したデブリもそのまま持ち帰ったのだが、これがまた人類未発見の元素を含んでいたとかで。

 勝手に進路を変えた事もお咎め無し。新たな大発見も手伝って大騒ぎ。一躍時の人となった上に末代まで遊んで暮らせる金が手に入った。

 神様、何もここまで低確率な出来事を引き当て続けなくても良いのでは?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

すたーげいざー Aldog @aldog

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る