第四章 モチーフを繋げて、縁取る(5)

 翌週の水曜が、遥の誕生日だった。

 遥は前日に夏子から届いたストールを巻いて行った。

 授業が始まる前、教室で史郎に見せると、彼は興味深そうに観察した。

「レース糸だな。細い糸を二本まとめて編んでるんだ」

 南の編み図の中でも一番大きな、空間の広く取られたレーシーなモチーフだった。白い六角形が連なっている。六角形の中心だけがほんのりと薄い紫色だった。

「テッセンかな」

「テッセンって?」

 遥が聞くと、史郎はぎょっとしてこちらを見た。何で知らないの、と言わんばかりだったから、遥は「わかった。検索する」とスマホを取り出した。

「花だよ。写真を見たらわかると思う。こういう色してるから」

「あー、ホントだ」

 確かにその通りだった。とろりとした乳白色の六つの花弁に、中央が紫色だ。それは、夏子のストールよりもずっと濃い色だった。しかし、ホワイト・ピコの作風なら、薄い紫だろう。

「雪の結晶なのかなってちょっと思ってたんだ」

「そうだね。お姉さんはもしかしたら、六花を意識してたかもね」

 あの編み図には色の指定がなかった。

「これは遥ちゃんのために編んだんだから、夏子さんはテッセンを意識してるんじゃないかな。今の時期の花だから」

「そっか」

 ふふっと遥は笑った。

 史郎は向こう側に置いたデイパックから紙袋を取り出すと、遥の前に置いた。

「これ、遥ちゃんが嫌じゃないなら、受け取って」

「わー、くれるの?」

「ああ、うん。……あー、っと、誕生日おめでとう」

「ありがとう! うれしい!」

 両手に載るほどの大きさのクラフト紙の紙袋には、ピンクのリボンが巻かれていた。

 中から出てきたのは、長編み一段だけの小さな丸いモチーフを一列に繋げたものだった。幅が二センチ、長さが十五センチくらい。その両端に鎖編みの紐がついていた。

「ブレスレット?」

「そう」

 遥が聞くと史郎は難しい顔でうなずいた。

「あんまり時間がなくて大きなものは作れそうになかったから」

「ううん、ありがとう。わー、つけてみていい?」

 左手首に回して、合わせる。

「手触りが違うね」

「ああ、コットンの糸なんだ」

 右手で紐を縛ろうとしたけれど、やはり片手ではうまく結べなかった。見兼ねた史郎が「やろうか?」と申し出てくれ、綺麗な蝶々結びにしてくれた。

「そっか、自分じゃつけられないよな。何か、留めるものが必要なのか……」

 そうつぶやく史郎に、遥は聞く。

「もしかして、史郎君がデザインしたの?」

「ああ、うん。いちおう」

「おー、すごいね。かわいい」

 遥の好きなピコット編みが縁取りに編み込まれている。

「気に入ってくれたのならいいけど」

 史郎はそう言って、メガネを直した。

 遥の手首を飾るブレスレットは、レインボーカラーのグラデーションの糸で編まれている。万華鏡のようにカラフルだった。

 以前、遥が着ていた服をもとにして選んでくれたのはパステルピンクだった。

 このレインボーカラーはどういう理由だろう。

「何で、この色なの?」

 遥が聞くと、史郎はふいっと目を逸らす。

「遥ちゃんは、いつも眩しいから」

 窓が開いているのか、初夏の匂いを纏った風がそっと遥の髪を撫でていった。




★続編はこちら。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883881819

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ピコット 葉原あきよ @oakiyo

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