第四章 モチーフを繋げて、縁取る(4)

 六月の第四日曜。今日は、延期になっていた都歩研の活動日だった。

 史郎が連れてきたクラスメイトの細川湊は、遥の髪を見るなり、なぜか悲鳴をあげた。

「ちょっ、ちょっ、ちょっと! 待って! ど、どど、どうして髪型変えたんですか?」

 ものすごい勢いで尋ねられ、遥は一歩後ずさる。

「髪切りたかったからに決まってるでしょ」

「ああ、アイドル研に勧誘しようと思ってたのに……髪型に決まりがあるんですよぉー」

 打ちひしがれた表情で湊が言うのに、遥は首を傾げた。

「アイドル研?」

「今からでも髪伸ばして、来年のミスコンを目指しましょう!」

「ミスコン?」

 うんうんと何度もうなずき、湊は力説する。

「うちの研究会は普通のアイドル研とは違うんです! 会員からミスコン優勝者を出すために、皆でプロデュースするんです! メイクやファッションに精通している女子メンバーもいますし、ダイエット方法から精神論まで伝授します! もちろん、古今東西のアイドルにも詳しくなれます!」

 そして、斜め上の方向を指差すと、

「柘植さんも、我がアイドル研で、シンデレラになりましょう!」

「えー、やだ。ミスコンもアイドルもシンデレラも興味ないよ」

 遥は間髪入れずに断った。

「ほらな!」

「やっぱり!」

「柘植さんは絶対目つけられると思ってたんだよ」

 榊雄貴と日立翔平が横から口を出す。

「先日の山茶花女子の大学祭で見かけて、僕は確信しました! 柘植さんなら絶対いけると!」

 構わずに続ける湊に、遥は二歩も三歩も下がる。

「悪い。本当に、申し訳ない」

 史郎が遥に謝り、「こいつは今すぐ帰すから」と言って湊を引っ張って離れた。「体験入部もあります! まずは見学からでも!」と、しつこく聞こえてくる中、里絵奈と美咲が顔を見合わせる。

「今日は隼人先輩来るって言ってなかった?」

「そうだよ、やばいじゃん」

「あんなのがいたら、また血を見るよ」

「この前だって別に血は見てないよ」

 遥はいちおう否定する。血は凍った気がしたけれど。

 二人と話した通り、今日は久しぶりに隼人も活動に参加すると聞いた。だから、遥は南の編みかけのマフラーを持って来ていた。

 南に交際間近だった男性がいて彼のために編んでいたらしきマフラーがあると、両親に話すと、隼人にあげてもいいと言ってくれたのだ。隼人が良ければ、実家に遊びに来て欲しいとも言っていた。

 隼人が待ち合わせ場所に着いたのは、幸い史郎が湊を追い返したあとだった。

 何事もなく散歩を終え――今日は東京タワーの周辺だった――、居酒屋に入ったところで、遥は隼人にマフラーを渡した。

「姉の編みかけのマフラーです」

 刺したままのかぎ針と、毛糸玉も持ってきた。

「クリスマスかバレンタインに渡すつもりだったのかなって思うんですが」

「そうですか……」

 隼人はマフラーの編み目を慈しむようにそっと撫でた。

「畠野に聞いたんですよ」

「え?」

「言っていたでしょう? 僕に警告をしたって」

 南に近づくなというやつだ。確かに言っていた。

「あの男、僕の部屋の郵便受けに手紙を入れたんだそうです。でも僕はそれを見ていません。たぶん南さんが回収していたんだと思います。彼、五年前も大学の職員だったそうで、平日の昼間までは南さんに付き纏ってはいなかった、と言っています」

「姉はきっと先輩を巻き込みたくなかったんじゃないでしょうか」

 遥が言うと隼人は顔を上げた。

「付き合ってしまったら、畠野の被害が先輩にも及ぶって心配したのかも。――でも、本当は姉も先輩のことを好きだったから、先輩の気持ちをはねのけられなかったんじゃないかって思うんです」

 遥は隼人が持っているマフラーに手を添えた。

「きっとこれを編み上げたら、告白するつもりだったと思いますよ。畠野のことも相談して、一緒に解決しようって考えてたかもしれません」

「そうですか……?」

 隼人は遥から少し視線を逸らして聞いた。

「絶対そうですよ!」

 遥が力いっぱい断言すると、隼人は少しさびしげに微笑んだ。

「だといいですね」

 それからふっと表情を和らげると、

「このマフラー、遥さんが続きを編んでくれませんか?」

「私がですか?」

「ぜひ。遥さんに編んでもらえたらうれしいです」

「え、でも……」

 遥が困っていると、隣で話を聞いていた史郎がこちらをちらりと見た。

「あ、そうだ。隼人先輩が続きを編んだらいいんですよ! 姉が先輩に編んでいたものを私が編むのはなんだか違う気がするんです。でも、先輩が編むなら、姉も喜ぶと思います!」

「僕がですか? 僕、編み物できないんですが」

 隼人が目を瞬かせる。遥は史郎を両手で指し示すと、

「そこは史郎君に教えてもらえばいいんですよ!」

「ええっ! なんで俺が?」

 突然話を振られた史郎が声を上げる。本当に嫌そうに顔をしかめる史郎を、隼人はおもしろそうに見た。低い声で笑う。

「それじゃあ、お願いしようかな。和田君」

「本気ですか? 先輩、そんな暇あるんですか?」

「ないですよ」

「だったら、なんで」

「なんで? 知りたいですか?」

 隼人が微笑むと、史郎は一瞬黙り、すぐさま首を振った。

「いえ、結構です。わかりました」

「遥さんと和田君は、水曜の放課後に集まってるんでしたっけ?」

 隼人に聞かれ、遥は「そうです」と答える。隼人は史郎に「僕もそれに参加させてもらいますね」と笑顔を向けた。

 しぶしぶうなずいた史郎に、正面に座っていた美咲がそっと唐揚げの皿を押し出す。

「和田君、ファイト!」

 遥は「ごめんね」と小声で史郎に謝った。それで史郎はますます苦い顔をした。

「そういえば、アイドル研」

 雄貴と翔平が隣のテーブルからこちらに声をかけた。

「あれって、彼氏がいる女子は問答無用で対象外になるらしいよ」

「ミスコンのルールにはそんなのないんだけど、アイドル研のこだわりらしいね」

「もしかして、先輩が前に、コンビで売っておけば楽って言ってたのって、そのことですか?」

 美咲が聞くと、雄貴は「そうそう」とうなずく。

「もうさぁ、面倒だから、和田君と遥、付き合っちゃえば?」

 里絵奈が言うと、先輩二人はそろって、

「付き合ってないの?」

「マジで? なんで?」

 この話題は史郎が嫌そうにするから、遥はできれば避けたかった。

「もうこの話やめません?」

 囃し立てる雄貴たちを黙らせたのは、隼人の低い声だった。

「それで、和田君。遥さんと付き合うんですか?」

 隼人は史郎を見て微笑んでいる。

「面倒だからって理由で付き合ったりはしませんよ」

 史郎はそう言って隼人を見返した。

 付き合ったりはしないんだ、とがっかりした遥は、史郎と隼人に挟まれながら、唐揚げを頬張ったのだ。

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