第三章 色を変える(3)

 広場にあった模擬店の飲み物をおごってもらって、遥は隼人と端のベンチに座る。

「報告しないままですみません」

 遥はそう謝ってから、

「実は、姉が一人暮らししていた部屋、今でもそのままなんです」

「ルミエール南ですか?」

「そうです。行ったことありますか?」

「下のエントランスまで南さんを送って行ったことはありますよ。部屋の中には入れてもらえませんでした」

 隼人は目を伏せた。いまいち二人の付き合いの程度がわからない。

「先輩にもらったクリアファイルの中身、編み物の編み図だってご存じでしたか?」

「いいえ。そうですか、編み図……。南さんの趣味は知っていましたが、編み物しているところは見たことがありませんでしたね……」

「そうなんですねー。私は、姉が編み物をしていたことすら知りませんでした」

 五年前の南にとっては、遥より隼人の方が近い存在だったのだろう。

 遥は不思議な思いで隣に座る隼人を見上げる。

「山根夏子さんってご存知ですか?」

「山根さん……?」

 軽く瞬きをする隼人に、遥はホワイト・ピコのことを説明する。

「五年前の十二月、その方と姉で、手編みの作品をネットで販売する予定だったんだそうです。でも、その矢先に姉が交通事故に遭ってしまって、山根さんは姉と連絡が取れないまま……。私たち家族の誰も山根さんのことを知らなかったんです。たぶん姉の友だちも」

「そうですね。僕も知りませんでしたし、他の人から聞いたこともありません」

「でも、山根さんはいつか姉から連絡がくるんじゃないかって思って、ずっと販売を続けていらっしゃったんです。それで、山根さんのサイトを和田君が見つけてくれて、先日お会いできたんです。姉の話も聞かせてもらいました」

 遥が笑顔を見せると、隼人も微笑んで返した。

「良かったですね。遥さんにとっても、山根さんにとっても」

「はいっ!」

 隼人は目を細めて、突然遥に手を伸ばすと、肩にかかる髪を指で掬う。遥が驚くより先にさっと手を離した。

「遥さんは南さんとはあんまり似ていませんね」

「え?」

 髪に触れられたことより、言われた内容に気を取られる。隼人は、なんでもないと言うように緩く首を振る。その微笑みが悲しそうに見える。姉のことを思い出しているのだろうか。

「隼人先輩は、姉と……」

 どうすごしたのか。どう思っていたのか。

 彼から見た姉の話を聞きたいと思ったけれど、聞いてもいいのか。遥は言葉が継げなかった。

 隼人は、遥から視線を外し、正面を見る。少し見上げた角度は、目の前に立っている誰かを見つめるようだった。

「南さんの心残りって何だと思いますか?」

「心残り、ですか?」

 遥は考えたこともなかった。

「隼人先輩は、姉が……成仏していないとか、彷徨っているとか、……そんな風に思ってるってことですか?」

 遥は少なからずショックを受けた。

「確かに、若くしてこの世を去ったんだから無念だとは思いますけれど。……でも、そんな……、……嫌だ。お姉ちゃんがずっと辛い思いを抱えているなんて……なんでっ」

「ごめん。ごめんなさい、遥さん」

 息を詰めてうつむく遥を、横から隼人が抱き寄せた。遥はそれを両手で押しのけて、ベンチから立ち上がると、顔を上げないまま、

「すみません。私、戻りますっ!」

 隼人の前から走って逃げだした。

 遥と隼人の間を遮るように、小さく強い風が吹いた。

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