第二章 同じモチーフ、違うモチーフ(6)
女性は
「南ちゃんとはネットで知り合ったの」
夏子は大手のSNSの名前を挙げる。
「南ちゃんは、そこには大学なんかのリアルな人間関係を持ち込んでなかったみたいね。アカウントを複数持っていたのかもしれない。編み物のコミュニティで仲良くなって、最初はメールでやりとりしていたわ。南ちゃんが描いた編み図の写真を送ってもらって、私が編んで写真を送って。秋くらいかしら、会ってお茶をして……そのときに、一緒に組んで作品を販売しないかって言ったの」
「ホワイト・ピコですか?」
「そうそう」
遥が言うと、夏子は微笑んだ。最初に泣いたあとは、すっかり落ち着いていた。
「名前もそのときに決めたんだわ。ピコット編みがかわいいって二人で言い合って」
「私も! 私もかわいいって、思いました……」
勢いよく割り込んでしまい、遥は恥ずかしくなって最後は小声になる。夏子は目を細めて、うなずいた。
「何度か会って打ち合わせして、編み物だから寒くなるころに合わせて販売したらいいんじゃないかってことになって、それまで作品を作りためることにしたの。南ちゃんは学生さんで未成年だったから、マーケットサイトへの登録や作品発送は私がやることにしてね」
夏子は思い出すようにしながらゆっくり話す。
「本当は十二月頭には販売開始したかったんだけど、作品の準備が少し遅れちゃって、クリスマス直前に間に合うかどうかってところで、南ちゃんからメールの返事が来なくなっちゃったの」
「はい……。交通事故に遭ったのは十二月十八日です」
「そう……そっか。じゃあ、私のメール見ていないのね」
夏子は両手で握りしめたペットボトルを見つめた。
「十八日の夜ね、準備できたから販売開始しようってメールを送ったのよ。……南ちゃんからの返事はなかった。電話もしたんだけれどつながらなくて」
「すみません、姉の携帯は事故のときに壊れてしまって。……もう……データの復旧も難しいくらいだったので、そのまま解約してしまったんです」
「そうだったのね……。手紙は? 何度か送ったの」
「本当ですか? 母は何も言っていなかったのですが」
「住所、確認していい?」
夏子がスマホの電話帳を開いて見せてくれた住所は、遥が知っているもの――実家ではなくルミエール南だ――と同じだった。
「合ってます。え、何でだろう。あの、家に帰ったら母にもう一度確認してみます」
「遥ちゃん、ちょっといい? もしかして、お母さんはお姉さんに届いた手紙、開封してないんじゃない?」
史郎がおずおずと口を出す。遥もはっとした。
「そうかも。明らかに業者とか役所とかだったら開けるかもしれないけれど、そうじゃないですよね? 個人的な友だちからの手紙だと思ったら、開けないかもしれないです」
話しながらそんな気がしてきた。今でも、五年前のまま部屋を残してあるくらいなのだ。
「本当にすみません。両親も私も、姉のことは……ずっと触れない瘡蓋みたいになっていて……実は私、姉が編み物やってたって知ったのも、すごく最近なんです」
「南ちゃん、秘密主義だったのね」
夏子は痛ましげに遥を見る。
「……そうですね。……はい。驚くことばかりです」
「私からの手紙ね、残ってたとしてもそのままでいいわ。もう意味がないものだし」
「はい、わかりました」
夏子は吹っ切るように頭を振ると、顔を上げる。
「南ちゃんからの返事がないままで、販売開始するか迷ったわ。でも、元々決まっていたことでもあるし、思い切って始めてしまうことにしたの。それからもずっと連絡がなくて、新しい編み図はもらえないまま。でも、私はずっと同じものを編み続けていたわ。何かの事情があって連絡が取れなくなってしまったのだとしても、――私のことが嫌いになって離れて行ったのだとしても、私が続けていたらいつか気づいてもらえると思ってたのよ」
夏子は遥に視線を向けた。ふんわりと微笑む。
「まさか妹さんに発見されるとは思ってもいなかったけれど」
「いえ、見つけてくれたのは彼なんです」
遥は身体を引いて、隣に座る史郎が夏子に見えるようにする。
「そうなの? 君もありがとう」
「いえ、俺は別に」
史郎はメガネを直しながら、もごもごと言った。
遥は、南の編み図をコピーしたものを鞄から出す。夏子が南と親しかったなら渡そうと思って持ってきたのだ。
「これ、姉の部屋にあったものです。もしかしたら、夏子さんは全部持っているかもしれないのですが」
「もらってもいいの?」
「もちろんです。コピーですみません。それで、こっちは姉の友人が持っていたものなんです。これも良かったら」
隼人からもらった編み図のコピーも渡す。ぱらぱらと見た夏子は、
「こっちは初めて見るわ」
受け取った紙束をぎゅっと胸元に抱きしめて、
「五年ぶりの新作ね」
「はい。楽しみにしています!」
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