第二章 同じモチーフ、違うモチーフ(4)
翌週の水曜三限のあと。カフェ一号館、通称「イチカフェ」で、恒例になっている編み物講習会だった。といっても最初のころほど質問することもないのだけれど、遥は自宅で一人でやってもあまり集中できなくて進まないのだ。
ドリンクは遥がおごる約束になっていた。カフェラテの入った紙コップを二つ持って、史郎のいる席に行くと、彼は編み物の道具を出さずに遥を待っていた。そういえば、授業のときに話があると言っていた。
席についた遥に、史郎はスマホを見せる。
「これ、見つけたんだけれど。……南さんの部屋にあったものと同じに見える」
南の部屋で撮ったサンプルの写真と、ウェブサイトを順番に見せてくれる。色合いはもとよりモチーフも、遥が見ても同じものに見えた。
「ホントだ……。これは誰かのサイト?」
「手づくりの作品を販売するサイト」
「へー。そんなのあるんだー。誰でも販売できるの?」
「そう。手づくり市のウェブ版かな」
史郎が説明してくれたところによると、誰でも登録できて、食品や化粧品といった販売できないものもあるけれど、手づくり品ならほとんど何でも販売できるそうだ。客との代金のやりとりはサービス側が担ってくれるけれど、写真を撮影して商品情報を登録したり、売れたときの商品の発送なんかは自分でやらなくてはならないらしい。
「ネットオークションみたいな感じ?」
「まあ、システムとしては近いかも」
「じゃあ、これは売られているってこと?」
遥は史郎のスマホのウェブサイトの方を指す。
「そう。売ってた」
「お姉ちゃんが五年前に登録したってことはないよね?」
「ないね。ほら、このコメントの日付が先月だから」
操作して見せてくれたのは、購入者からの評価への返信だった。確かに、今年の四月十九日の日付だ。
「えっと、どういうことになるの? 史郎君がお店の先生のデザインを編んでいるみたいに、この人はお姉ちゃんのデザインを編んでるってこと?」
遥がよくわからずに聞くと、史郎は目を見開いた。少しメガネを持ち上げる。
「そういう解釈もあるのか」
「他にはどんなのがあるの?」
「俺は、パクリかと思った。南さんのサイトかブログか何かの写真を見て真似して作ってるのかって。それで、画像検索してみたんだけれど、南さんのアップした写真がなさそうだったんだ」
「画像検索?」
「言葉じゃなくて画像を元に、同じような画像がないか検索できる。まあ、非公開のSNSにアップされているんだったら調べようがないんだけれど。その可能性が高いかと思った。南さんが亡くなっているのを知っているなら、クレームつけられる心配もないと思ってるのかも」
遥は首を傾げる。
「お姉ちゃんの携帯は事故で壊れちゃって、パソコンもパスワードでロックされてたから、うちの家族は、誰もお姉ちゃんのSNSにアクセスできなくて告知はしてないんだ。そういうサービス使ってたかどうかも知らない。あ、でも、葬儀に来てくれた友だちが伝えてくれてるってことはあるのかなぁ……」
両親も、南が作品を販売していたかどうか知らなかった。それは、授業のときにすでに史郎に伝えていた。
史郎からは、五年前の小鳥山手づくり市の出展者に南らしき人はいないようだと報告を受けた。南の作品の写真を見せて雅恵にも聞いてみたけれど、よくわからないそうだ。
「こういうサイトで売ってて、突然亡くなったら、きっとトラブル起きるよね? 購入したのに連絡がない、とか」
「ああ、うん」
「電話もメールもだめだった場合どこまで追跡するのかな?」
「住所は登録するから、手紙が来る可能性はあるかもしれない」
「だよね。でも、少なくともそういう手紙は来てないと思う」
来ていたら定期的にルミエール南に行っていた母が気づくはずだ。史郎は腕を組む。
「それだったら、さっき遥ちゃんが言ったのが正解か……? 元々ユニットで活動していて、客対応を別の人がやっていたなら、南さんが亡くなっても問題は起こらないよな」
「ページのURL送ってよ。私、買ってみる」
遥も自分のスマホを出す。すぐに史郎からメッセージが届いた。ページを開くと、作家名に「white-picot」とある。かっこ付けで「ホワイト・ピコ」とルビがふってあった。
「ホワイト・ピコ?」
「ホワイトは色合いの雰囲気からか、好きな色なのか、知らないけど。ピコはピコットと同じ。縁飾りって意味かな」
「へー」
鎖編み三つで作るピコット編みを思い出す。縁に丸く飛び出すように編むのは、確かに縁飾りだ。
「プロフィールを見れる?」
史郎に言われて、遥はクリックする。
「今週末に都内で開かれる大きなハンドメイドイベントに出展するらしいんだ。買うよりも会いに行ってみたら?」
「そうだね、その方が早いよね」
プロフィール欄で告知されているイベント名で検索しようとすると、史郎が言った。
「俺、前売り券買っておくよ」
「入場料かかるの?」
「これは大きなイベントだから」
うなずきかけてから、ふと気づいて、遥は聞き直す。
「史郎君も一緒に行ってくれるの?」
「え? そのつもりだったけど」
きょとんと見返したあと、史郎は眉間に皺を寄せた。
「あー……、俺が案内するのが当たり前になってた。悪い。嫌なら俺はやめておくから、遥ちゃん一人でも誰か友だち誘ってでも行ったら?」
「ううん、嫌じゃない。一緒に行って。万が一パクリだったとき、一人だとどうしたらいいのかわからないし」
遥が言い募ると、史郎は「それもそうだな」と請け負ってくれた。
編み物の道具を出さないまま、ハンドメイドイベントの話を聞いていると、声をかけられた。
「遥!」
「美咲! 里絵奈も。どうしたの?」
隣のテーブルに、サークルもコースも同じ逸見里絵奈と、近所の女子大学から都歩研に参加している浜崎美咲が座った。美咲も一年だった。
「それは、一年男子を都歩研に勧誘するためだ!」
そう言いながら続いて現れたのは、都歩研の会長の榊雄貴と、同じく三年の日立翔平だった。
「里絵奈がしゃべったんでしょ?」
「許して。ついうっかり」
史郎を見ると、突然人が増えたせいか引き気味だ。遥は「ごめんね」と謝る。
「皆、同じサークルのメンバーです」
「それなら、俺は先に帰るから」
立ち上がりかけた史郎を、雄貴と翔平が両側からがしっと掴んで座らせる。
「まあまあ、待ってくれ」
「今年の一年は主要メンバーが女子ばっかりなのだよ」
「男子が入ってくれたらいいなーなんて思ってたところに、柘植さんが仲良くしてる男子がいるって話を聞いてね」
「どうだろう? 君も一緒に散歩を楽しんでみないか?」
「みるよな?」
恨めしげな視線を向けられて、遥は顔の前で両手を合わせる。ゴールデンウィークの活動のときに、史郎の話をして以来、誘ってくれと散々言われていたのだ。試しに水を向けてみた結果「興味ない」で断られたわけだけど、先輩二人はそれなら自分たちがと思ったらしい。
「えっと、でも、史郎君がいたら楽しいかなって思うんだけど」
「遥ちゃん……」
遥が言うのに、史郎は嫌そうな顔でため息をつく。
それを横で聞いていた雄貴が、「二人付き合ってるの?」と高い声をさらにひっくり返して聞く。
「付き合ってませんよ!」
「ないです、ないです」
二人して首を振ると、隣から美咲が遥の腕を引いた。
「私の遥に手出さないでよね!」
「そういうつもりは全くないんだけど」
睨む美咲と顔をしかめる史郎に、遥は「誰のでもないから」と苦笑する。
「柘植さんを名前で呼ぶなんて勇者だな……」
「アイドル研には気を付けた方がいいぞ」
「アイドル研?」
雄貴と翔平に史郎が聞き返す。遥も何のことだかわからない。翔平が遥に手をやって、
「ほら、黒髪ロングで黙っていれば清楚な雰囲気」
「黙っていれば?」
という遥の抗議は無視される。
「アイドル研を中心に密かに親衛隊が出来つつあるという噂が……」
「あるんですか?」
「ない」
「はあ?」
まだくっついたままの美咲が、耳元で「ツッコミ担当現る」と囁くのに、遥は笑った。
「まだないが、秋の大学祭のころにはわからないな」
「今のうちからコンビで売っておけば、後々楽だと思う」
「だから、都歩研に入ろう!」
繰り返す先輩二人に、史郎は辟易した様子で遥を見た。
「活動は月一回くらいで、土曜か日曜。都内のどこかを散歩しながら名所や店に寄ったりするだけ。強制参加ではないから」
「もう諦めたら?」
説明する遥のあとから、里絵奈がすぱっと切り込むのに至って、史郎は大きくため息をついた。
「遥ちゃんに貸しね」
「えー私なの?」
「当たり前」
そう言ってから、両隣の先輩を順に見て、「入部届あるんですか?」と聞く。「おおー」と喜びあっていた二人は、すかさず書類を出して史郎に渡す。
「次は六月の一週目かな」
「だめですよ。その日はうちの大学祭なんですよ。皆で遊びに来てくださいよー」
やっと自分の席に戻った美咲が口をとがらせる。美咲の通う山茶花女子大学は、遥が通学で使っている榎並駅のすぐ前だった。新山大学とは近いため、こちらのサークルに参加している学生も多い。
「それじゃあ、二週目か? 三週目かも」
「適当なんですね」
「自由度が高いと言ってくれ。ちなみに、俺が会長の榊雄貴、経済学部の三年だ」
そう言う雄貴に、「理工学部一年の和田です」と史郎は記入した紙を手渡す。
「これでいいですか? 俺、もう帰りますよ」
「あ、待って。これから時間あるなら、借り返すよ。パンケーキでどう?」
立ち上がる史郎に、遥は声をかける。
「悪くない」
「私も行く!」
「じゃあ、私も」
美咲と里絵奈も立ち上がる。史郎に特に異論はなさそうで、「どこに行くの?」と聞く。
「史郎君、並ぶの平気?」
「一時間以内なら」
「こないだ言ってたところは?」
美咲が、平日でも行列が出来る有名店を挙げる。
「いいよ。まだ行ったことないし」
「そんなにいろいろ行ってるわけ?」
「まあね」
四人で先輩に「さようならー」と挨拶すると、二人は顔を見合わせていた。
「お前、あの面子に男一人で混ざれるか?」
「無理。お前、パンケーキに一時間並べるか?」
「無理だな。ていうか、あれだろ。生クリームが山になってるやつだろ。無理だ」
「恐ろしい一年が入ったな……」
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