第二章 同じモチーフ、違うモチーフ(2)

 小鳥山は、地下鉄五進線の小鳥山駅の一帯だ。遥が通学に使っている榎並駅の、一つ手前が小鳥山駅だった。つまり、新山大学や地下鉄輪才線の新山駅からもそれほど離れてはいない。都歩研の初回の活動でも小鳥山駅の近くまで歩いた。

 史郎の自宅の最寄駅、三川野駅から輪才線で新山駅まで行って、そこから小鳥山まで歩く。

 手づくり市が開かれている図書館公園は、小鳥山駅のすぐ目の前だと史郎は教えてくれた。

「図書館公園ってことは図書館があるの?」

「昔ね。別の場所に新しく建て直したとき、古い建物のあった敷地を公園にしたんだ」

「ふうん」

 快晴と言えるほど天気が良く、日差しがきつい。日焼け止め塗ってくれば良かったかな、と七分袖から出た腕をさすると、史郎が、

「瑠依ちゃんから日傘借りてくれば良かったのに」

「うーん、……そうだねー」

 日傘って発想が同年代の男子から出てくることに、遥は苦笑する。

「瑠依さんに妹さん、いるんでしょ?」

「ああ、舞依ちゃん? 聞いたの?」

「うん。子どものころ、皆で遊んだりした?」

 史郎の従姉の安藤瑠依は二十五歳、妹の舞依は二十二歳で、二人とも会社員だと聞いた。瑠依は会社が近くて便利だから、史郎の実家の上階のマンションを借りているらしい。瑠依と舞依の母が、雅恵の姉だそうだ。

「今でも連れまわされる。買い物の荷物持ちとかね」

「はは。なんか史郎君のルーツを見た気がしたよ」

「何それ」

 笑って言うと、史郎は顔をしかめた。

 図書館公園は、元々図書館が建っていたというだけあって結構な広さがあった。木が植えられていて遊歩道が敷かれている区画と、端に遊具や砂場がある運動できる区画に分かれている。その遊歩道に出店が並んでいた。地面にレジャーシートを敷いて商品を並べている人もいたし、キャンプ用品にありそうな折り畳み式の机を広げている人、ハンガーラックに洋服を吊るしている人、棚を使っている人までいた。フリーマーケットよりもずっと本格的な「店」だ。

 店――史郎はブースと呼んだ――は、遊歩道の片側に並んでいる。遥は一つ一つゆっくり見て歩いた。

 革の鞄、スイーツのミニチュアのアクセサリー、カラフルな布の小物、シックなコサージュ、かわいいイラストのポストカードやキーホルダー、夜空のようなキラキラしたレジンのアクセサリー、綺麗な色合いのキャンドル。ごついシルバーアクセサリーもあったけれど、ほとんどが女子向けだった。

 ピアスやヘアピンを史郎も熱心に見ているから、「欲しいの?」と聞いたら、「どうやって作るのか考えてる」と返ってきた。

 レジンというのは史郎が教えてくれたのだけれど、史郎は店先で売り子そっちのけで解説するから、時々迷惑そうな視線を感じた。だから遥は途中から、史郎より先に、売り子――たいていは作者本人だった――に質問することにした。

 史郎は何人か顔見知りの作家がいたようで、「今日は出てないの?」だとか、遥を指して「彼女?」だとか、聞かれていた。そして、後者は全力で否定していた。

 遥は、花の形の陶器のブローチを一つ買った。ぽってりと厚みのある白い花だ。夏にかごバッグにつけてもかわいいかなと思った。

 運動場の一部にもブースがあり、全部で五十ブースくらいだろうか。端から端まで見たあとで、公園の売店でソフトクリームを買ってベンチに座る。新緑の木陰は風が通り抜けて気持ちいい。ソフトクリームなんて久しぶりだった。

「おもしろいねー。こんなものまで手づくりできるんだ、ってびっくりした」

「道具と場所があれば、結構何でも作れるよ」

「同じ形のポーチでも、作家さんによって雰囲気全然違うよね。布の色とか柄とか」

「店で売ってる服のブランドでも、そうじゃない?」

「そっか、そうだね。確かに。……史郎君はどんな感じの作るの?」

 作っているところは見たけれど、出来上がったものは、南のモチーフ以外は見たことがない。

「俺は……ナチュラル系か……?」

 ポケットからスマホを出すと、写真を見せてくれた。「好きに見ていいよ」と手渡され、遥は順番に繰る。ベージュやオフホワイトにスモーキーカラーの緑や水色が一色使われている、レースのような繊細なストールだった。

「わー、大人っぽいね」

「地味とはよく言われる」

「褒めてるんだから」

「そりゃ、どうも」

 何かを作って、しかもそれを売って買ってくれる人がいるのは、遥からすれば「すごいこと」だ。それなのに、史郎は何でもないことのように受け流す。同じように何か作っている雅恵や、店で教室をしている講師に関わっているとそうなるのだろうか。

「史郎君は、編み物のプロを目指してるの?」

「編み物のプロって……」

 史郎はふっと吐息だけで笑った。

「手編みでお金稼いで生活していく人ってこと?」

「うん」

「目指してないけど、そもそも生活が成り立たないと思う」

「そうなの?」

「考えてもみなよ。一人で一日にどれくらい編めるのか。ストール一枚をいったいいくらで売らなきゃならないのかって話。アートじゃないんだからそこまで単価上げられないよ」

「そっか……そうだね」

 史郎はソフトクリームのコーンの最後の一口を食べ、ベンチに寄りかかる。

「俺は、あんまり作家やデザイナー向きじゃないんだよな。どっちかっていうと、編むだけの職人」

「うん……?」

「今見せたのは、全部うちに講師に来ている編み物作家のデザインなんだ。許可取って、作って売らせてもらってる。色の組み合わせだけは俺の自由にしていいって言われてるんだけど、まあ、毎回、あんな感じだし」

「あんな感じって、素敵なのに」

「編んだことがない新しい編み図っておもしろくない? パズルみたいで」

 遥の賛辞を無視して、史郎は言った。そうかなと首を傾げる気持ちだったけれど、一方で納得もした。

「それで、お姉ちゃんの編み図、編みたかったの?」

「そう」

 なんとなく楽しげな口調の史郎を見て、遥は思い出す。

「そうだ! お姉ちゃんの部屋行ってみる?」

「え、部屋って? あの、ずっと借りっぱなしになってたってやつ?」

「そう。お母さんに鍵もらえたの。自由に出入りしていいって言われてるんだ。自宅には編み物の道具がないから、きっとこっちの部屋にあると思うんだよね。もし他にも編み図があったら、コピーしたらいいよ」

 今日、史郎の家に行ったあとで行こうと思っていたのだ。ここから新山駅まで歩く途中にあるから、ちょうどいい。

 遥はソフトクリームの残りを口に放り込んで、勢いよく立ち上がった。

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