第二章 同じモチーフ、違うモチーフ(1)

 和田史郎わだしろうは、自宅のダイニングに柘植遥つげはるかが座っているのを見て驚いた。

「和田君、おかえりー。お邪魔してます」

 史郎の母の雅恵まさえと、従姉の安藤瑠依あんどうるいまでいる。

「なんで柘植さんがいるの?」

「こないだのお礼持ってきたの」

 テーブルの上に和菓子の箱が乗っている。遥の地元『佐木橋さきはし名物』と書いてあった。

 遥が言うのは、二週間前に泊めたときのことだろう。今日は五月二週目の土曜。先日の水曜、大学構内のカフェでケーキをおごってくれたとき、母親と話をしたと遥は報告してくれた。

「和田君にメールしたんだけど返事くれなかったでしょ。だから、雅恵さんにメールしたの」

「悪い。たぶん、スマホ部屋に置きっぱなしだ」

「史郎なんかより、私にメールくれた方が確実よ」

 母の雅恵が言うのに、「いつのまにメアド交換なんてしたの?」と史郎は聞く。

「遥ちゃんが泊まったとき」

「私も連絡先交換しちゃったもんねー」

 瑠依も自分のスマホを振って見せる。

「ごめんね。和田君通り越して、勝手に遊びに来ちゃって」

「いや、いいよ。好きに来れば」

 謝る遥に言ってから、雅恵を見る。

「店は?」

「大丈夫。ビーズの教室やってて川崎さんがいるから、何かあったら呼んでくれるわ」

 店には自宅から直接下りられる。内線で呼んでくれたらすぐだ。

 キッチンに回って冷蔵庫を開ける史郎に、瑠依が声をかけた。

「史郎はどこ行ってたの?」

「本屋」

 答えながら、烏龍茶をグラスに注いでその場で飲む。彼女たちにつかまると、ろくなことがない気がする。早めに自室に引っ込みたい。

「和田君は、サークル入ってないの?」

 今度は遥が聞いてきた。オープンキッチンを挟んで会話する。

「都歩研入らない?」

「散歩するサークル? 興味ないな」

「えー、バイトやってるわけでもないんでしょ? 休みの日とか何やってるの?」

「編み物」

「ずっと? 常に? 何をそんなに編むものがあるわけ?」

 史郎が答えるより前に、雅恵が、

「この子の編んだものを、うちで売ってるのよ」

「え? ホント? すごい。売るってネットで?」

 遥はいつもすぐに「すごい」と言うな、と史郎は思う。大したことじゃなくても感心してくれるから、おもしろい。

「下の店とネットがメイン。母さんが時間あるときはイベントに出たりもする」

「イベントって?」

「ハンドメイド作家がたくさん集まって、自分が作ったものを売るイベント」

「へー、そんなのがあるんだー」

 そこで、瑠依が、

「そういえば、今日は手づくり市じゃないの?」

「抽選落ちたんだよ。言わなかったっけ?」

「それで今日はバイトに呼ばれなかったんだ」

 雅恵がイベントに出るときには、史郎は雅恵の手伝いに行って、瑠依に店番を頼むことが多かった。もう高校も卒業したから、これからは史郎一人で出展しても大丈夫だろう。

「最近は作家さんが増えて、競争率上がっちゃったのよね」

 雅恵がため息をつく。

「史郎、遥ちゃんと一緒に行ってくれば?」

 瑠依が言い、雅恵も「そうしないさいよ」と賛同する。

「手づくり市って?」

小鳥山ことりやまの図書館公園で、月一ペースであるイベント。そんなにたくさんブースは出てないけど」

「せっかく話に出たんだから、遥ちゃんを案内してあげたらいいじゃない」

「そうよそうよー。どうせ暇なんでしょ」

「遥ちゃん、行ってみたいわよね?」

「はいっ。行ってみたいです」

 女三人に見つめられ、史郎はため息をつく。素晴らしい結束力だ。逆らえるわけがない。

「じゃあ、行く?」

「行く!」

 遥は手を叩いて喜ぶ。

「瑠依ちゃんは?」

「私はいいわ。夕方から出かけるし。遥ちゃんと二人で行ってきなさいよ」

「遥ちゃん、すぐ出られる?」

 史郎はそう声をかけてから、はっとする。

「間違えた。柘植さん、悪い。皆が遥ちゃんって呼ぶから移った」

「いいよ、遥で。そしたら、私も史郎君って呼んでいい?」

「別に。好きにすれば」

 屈託なく遥が笑うから、史郎は冷蔵庫に烏龍茶を戻すふりをして、背中を向けた。

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