第一章 編み始めは輪の作り目(11)
わからなくなったら史郎に教えてもらいながら、遥は丸型のコースターを編んでいた。史郎も自分の編み物をしている。最小限の動作で、かぎ針の先がくるくると動き、どんどん編地が増えていくのが見ていておもしろい。思わず手を止めて史郎を見ていると、視線も動かさず史郎が聞いた。
「どこかわからないの?」
「ううん。違う。和田君の手元、見ていておもしろくて」
「何がおもしろいの? あんまり見てられると気が散るんだけど」
「うーん……、なんか、かぎ針の先まで手の一部って感じ?」
考えながらそう言うと、史郎はちらっと顔を上げて、真顔で「全然わからない」と返した。
そこで、雅恵がこちらにやってきた。
「遥ちゃん、隣の和室に布団敷いてあるから、使ってね。あとパジャマも出しておいたから。私ので悪いけど」
「ありがとうございます。何から何まですみません」
遥が頭を下げると、史郎が雅恵に聞いた。
「服、瑠依ちゃんに借りれば良かったのに」
「電話したんだけど、出かけてるんですって」
怪訝な顔で史郎を見ると、「上に住んでる従姉」と教えてくれた。
「お風呂の使い方、教えてあげてね」
史郎にそう言ってから、雅恵は遥に向き直る。
「私たち寝るけれど、好きなだけ起きてていいからね。じゃあ、おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
「じゃあね、史郎。ごゆっくりー。うふふ」
「……気持ち悪い笑い方するなよ」
手を振って居間を出て行く雅恵と、苦笑しつつ彼女に続く吾郎に、史郎はため息をつく。
「ホント、ごめんね」
「いいよ、別に。いつもあんなんだし。……それより、柘植さんの方こそ、からかわれて嫌なんじゃない?」
「ううん、そんなことないよ。楽しいお母さんだよね。仲良くていいね」
「あー、まあね」
史郎は編み物をテーブルに置くと、メガネを直す。
「家に帰りたくないって、なんで? 親と喧嘩でもしたの?」
「喧嘩っていうか、ちょっと……」
「言いたくないなら聞かないけど。あ、でも、聞いたからって、なぐさめるとか的確なアドバイスとかできないから。期待されても困る」
そんなことを真面目に断る史郎に、遥はくすりと笑った。
「じゃあ、聞くだけ聞いて」
「聞くだけでいいなら」
「大学の近くでお母さんを見かけて追いかけたら、お姉ちゃんが借りてた部屋に入って行ったの。まだ借りたままだったなんて知らなくて。それで、チャイム鳴らしたら、お母さんが出てきて、私のこと南って間違って呼んだから『私はお姉ちゃんじゃない』って言って逃げてきちゃった」
ざっくりまとめて一息で話す。深刻にしたくなくて、遥は笑った。
「ああ……」
史郎が言葉を探している風だったから、遥は、慌てて続ける。
「大丈夫。友だちの家に泊まるってメール送ってあるから。明日は家に帰るし」
「そう?」
気遣うように聞く史郎に、遥は小さくうなずく。
「どれだけ行き違いがあったって、家は同じなんだもん。ずっと逃げてるわけにいかないんだから、表面上、波風立たないようにするくらいはできるよ。大丈夫」
大丈夫と繰り返すと、史郎は立ち上がった。
「風呂入れば?」
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