第一章 編み始めは輪の作り目(10)

 店のテーブルでいいからと言ったけれど、史郎が通してくれたのは二階の住居だった。ワダ手芸店が入るビルのオーナーは史郎の家なのだそうだ。一階にはワダ手芸店の他に二店舗テナントが入っていて、二階はワンフロアぶち抜きで自宅に、三階から五階が賃貸マンションになっていると教えてくれた。

 手芸店の中からではなく、マンションの階段を使って二階の玄関から入れてもらう。居間で出迎えてくれたのは、史郎の母の雅恵と父の吾郎ごろうだった。二人ともパジャマにカーディガンを羽織ったくつろいだ格好で、遥は申し訳なくなった。

「お邪魔します。ご迷惑おかけしてすみません。泊めてくださってありがとうございます」

 遥が頭を下げると、雅恵と吾郎は顔を見合わせてから笑った。

「気にしなくていいわよ」

「ゆっくりしていきなさい」

「史郎が女の子泊めるなんて、初めてでわくわくしちゃうわ。ねえ?」

 冗談めかす雅恵に吾郎もうなずく。

「そういうんじゃないから」

 史郎が嫌そうに言うから、遥は「ごめんね」と謝った。すると、史郎は唐突に遥に聞く。

「どうするの?」

「え?」

「寝るには早いでしょ。テレビでも見る?」

 居間のソファで雅恵は何か裁縫をしていて、吾郎は読書をしているようだった。つけっぱなしのテレビは刑事ドラマだ。

「じゃあ、また編み物教えてくれる?」

「いいけど。道具は持ってるの?」

「うん、大丈夫」

 空き時間があったらやろうと思って、今日も一式持ってきていた。それならと、史郎はダイニングテーブルの方に遥を促す。

「そういえば、遥ちゃん。晩ご飯は食べた?」

「はい、食べました」

 雅恵に聞かれてうなずくと、向かいの椅子に座った史郎が不審そうにこちらを見た。

「本当に? 変な遠慮しても今さらだからね」

「してないしてない。さっきまでイチカフェにいたって言ったでしょ」

「ならいいけど」

「おなかすいたら言ってね。史郎が何か作るから」

「なんで俺?」

 なんだかんだで面倒見がいい家族に、遥は笑って、少し泣きそうになった。

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