第5話祖父母ちゃん

 ピーンポーン。


「はーい」


 インターホンの呼びかけにお母さんがよそ行きの声で答える。


 数秒後、お母さんがドスドスと玄関へ向かう足音が、私の部屋にまで響いた。


「……でね。……なの。はははははは」


 玄関先で来客者と立ち話をするお母さんの声が嫌に耳につく。


 私は、部屋からチラッと廊下に顔を出し、玄関先を覗き見た。


「あら、伊久美ちゃん居たの?」


「えっ? おばあちゃん? おばあちゃん」


 玄関先で私へ手招きをするおばあちゃんに小走りで近づく。


「伊久美ちゃん」


 おばあちゃんの後ろで両脇に大きな荷物を抱えたおじいちゃんが私を呼んだ。


「えっ? おじいちゃんもいるじゃん! とりあえず中入りなよ」


「それも、そうね」


 お母さんはそう言うと、おばあちゃんとおじいちゃんを家の中へと招き入れた。


 リビングへ向かう途中、私はおじいちゃんの抱える荷物へと目を見やる。


「おじいちゃん荷物預かるよ」


「おお、ありがとな」


 おじいちゃんから片方の荷物を預かると横目でコソッと中身を確認する。


 同じサイズの何かが二つ。


 しかし、その何かはリボンの付いた包装紙で梱包されていて中身の詳細は、検討が付かなかった。


「おじいちゃーん、ところでこれ、なーにー?」


 子供っぽい口調でおじいちゃんに探りを入れる。


「えーっと、そっちは伊久美ちゃんと久留美ちゃんのプレゼントだな」


「えー、そうだったのー?」


「白々しいわね」


 お母さんの鋭いツッコミに対し、私はお母さんを蛇の様な睨みで、牽制した。


「ねーねー、開けてもいい?」


「ああ、いいよ」


 おじいちゃんが返事を言い終える前に、私は梱包された二つのプレゼントを荷物から取り出した。


「どっちが私の分?」


 おじいちゃんに満面の笑みで訊ねる。


「どっちも一緒だよ」


「えー、もう、いつも一緒じゃん」


 私は頰を膨らませ、不満を表情で表現した。


「次からは別々にしてよね」


 文句を言いながらも、プレゼントを手に取り、包装紙を手で縦に引き裂く。


 すると中から、高さ五十センチ程のまん丸としたクマのぬいぐるみが現れた。


「かわいい」


 クマのぬいぐるみを胸元にグッと引き寄せる。


「おじいちゃん、おばあちゃん、ありがとうね」


「いいえ、それより、今日は伊久美ちゃんと久留美ちゃんに話があって来たの」


 おばあちゃんはそう言うと、おじいちゃんの持っていた荷物から十種類程のパンフレットを取り出した。


「これ、どう?」


「温泉旅行?」


「そう! おばあちゃんとおじいちゃんと伊久美ちゃんと久留美ちゃんの四人で! 今日から春休みでしょ?」


「あー、なるほど、そういう事ね。でも……」


 言葉が詰まる。


「どうしたの? 温泉は嫌かい?」


 考え込む私の顔をおばあちゃんが腰を屈めて、覗き込んだ。


「えー……ちょっと待ってて!」


 私は、慌てて自分の部屋へ駆け込むと、カバンの中から映画部のスケジュール帳を取り出した。


 スケジュール帳には春休み期間中、毎日ビッシリ(撮影)と書かれている。


「あちゃー」


 私は両手で顔を覆い、その場に蹲った。


「伊久美ー、何してるのー?」


「はーい、すぐ戻るー」


 お母さんの呼びかけに答えると、重い足取りでリビングへと戻った。


「おばあちゃん……ちょっと、今回は旅行に行かないかも」


「そうかー……何かあったの?」


 おばあちゃんの残念そうな表情に胸が痛くなる。


「実はね、春休みの期間中に映画撮影をする事になって……」


 私がまだ話している途中に、興奮気味のおじいちゃんが間を割って入ってきた。


「おおー、伊久美ちゃんが銀幕デビューか! どんな映画だ? 何の役だ? 主役か? ヒロインか?」


 おじいちゃんの矢継ぎ早の質問にたじろぎながらも、私は台本を机の上へと置いた。


「これ…なんだけど……久留美と二人で出る予定なの」


 おじいちゃんは台本を開くと、 不思議そうに首を傾げながら口を開いた。


「鷹取高校……映画部?」


 おじいちゃんは、眉間にシワを寄せ、何処か不服そうな表情で台本を読み進める。


「どうしたの、おじいちゃん?」


 私は堪らず、おじいちゃんに聞いた。


「いやー……てっきり、伊久美ちゃんと久留美ちゃんを映画館で観れるものかとばかり……」


「違うよ、高校の映画部!」


「なに言ってんのよ、お父さん。そんな訳ないじゃない」


 お母さんが口を手で抑え、必死に笑いを堪えながら言った。


「なんか、恥ずかしい!」


 私はそう言い、机の上の台本を拾い上げると体の後ろへと隠した。


 ゴロゴロ、ゴロゴロ。


 突然の轟音に、その場の全員が揃ってベランダの方角を向く。


 全員の視線が集まる中、お母さんがゆっくりとベランダのカーテンを開けた。


 ザーッ。


 空は、昼過ぎだとは思えない程の暗さで、地面へと大粒の雨を、打ち鳴らしていた。


「やっぱり降ってきたか」


「お父さんの言う通りね」


 おじいちゃんの呟きに、お母さんが納得の表情で答えた。続けてお母さんが、


「お父さん、この雨長くなるかなー」


「うーん、これは長引きそうだな」


「そっかー……伊久美ー、久留美を迎えに行ってあげたら?」


「うん、そうだね」


 私は、一面真っ黒な雨雲をぼんやりと見つめがらそう答えた。

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信頼ドミノ 恋するメンチカツ @tamame

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