第4話 帰宅ちゃん
正面玄関へと向かう途中、久留美が突然ピタリと立ち止まった。
「ダメだ、やっぱり一言言いたい」
そう言った久留美の拳は小さくプルプルと震えている。
「えっ? やめときなって、きっと何か理由があるんだよ」
「理由? だって意味わかんないじゃん! 才谷さんにしつこく誘われたから来てあげたのに」
「まあまあ、落ち着きなって」
労わる様に久留美の背中をさするが、軽く払い除けられた。
「あー、イライラしてきた」
「落ち着いてから明日また来よう……ねっ?」
「はっ? 明日また来るつもり?」
「えっ? うん……なんか、このままじゃ、いけない気がして」
「ふん、勝手にしたら」
久留美はそう言い残すと、私を避ける様にスタスタと正面玄関へと歩いて行った。
「ちょっと、久留美!」
私は頭を掻きながら、小さくなっていく久留美の後ろ姿を茫然と見送る事しか出来なかった。
タッタッタッタッ。
近づいて来る足音にぱっと振り向く。才谷さんだ。才谷さんは息を切らしながら私の目の前で立ち止まった。
「はあはあ……これ」
才谷さんは、私に二冊の本? の様な物を手渡した。
「はあはあ……じゃ、また明日」
「えっ? あっ」
私が状況を理解する間もなく、才谷さんはブレザーの裾をなびかせながら颯爽と元来た道へと走り去って行った。
状況を理解しようと手渡された本に目を見やる。その本の表紙には(台本)と書かれていた。
「はあ」
私は、ため息を吐きつつ、廊下の窓際へともたれ掛かった。
横目でぼんやりとグラウンドを眺める。すると、部室前で美味しそうにパンを頬張るサッカー部の姿が視界に入った。
ぐううー。
音を上げるお腹を抑えると、ポケットの中でお母さんにもらった千円札をギュッと握りしめた。
ガチャ、バタン。
「ただいまー。ん?」
リビングからテレビの音が聞こえると思った瞬間、その音は突然プツリと途絶えた。かかと同士を擦り合わせる様にしてローファーを脱ぎ捨てる。
「おかーさーん?」
小走りでリビングへと向かい、部屋を見渡す。
真っ暗なテレビの前に位置したクッションは、くっきりとお尻の形にへこんでおり、そのクッションの傍らには、飲みかけの湯気立つコーヒーが置かれていた。
テレビへと近づき、テレビの裏側にそっと手を触れる。
温かい。
私は、微笑を浮かべ、ふんふんと二回頷いた。
「おかーさーん?」
「ゴホッゴホッ」
お母さんの部屋から如何にも息苦しそうな咳が聞こえてくる。
部屋を覗き込むと毛布に包まるお母さんの姿が見えた。
「お母さん大丈夫?」
「大丈夫じゃないかも……」
「食欲は?」
「あんまり……」
「そっか。じゃあお母さんの為に買ってきたこのトンカツ弁当もいらないね」
お母さんに見せつける様にトンカツ弁当の入ったレジ袋をプラプラと揺らしてみせた。
「うーん……ギリギリ食べれるかも、豚肉はヘルシーだし」
「えー、無理しなくていいよー」
棒読みのセリフでお母さんへと歩み寄る。
「……です……」
お母さんは毛布に包まりながら、モゴモゴと答えた。
「えー、なんてー?」
更に悪戯っぽく棒読みのセリフで聞き返す。
「仮病です……」
「はいはい、朝からわかってましたよ」
私はトンカツ弁当をレジ袋から取り出し、お母さんの前に差し出した。
「あらまー、バレてたか」
お母さんはそう言うと包まっていま毛布をばっと投げ捨て、あっけらかんとした態度でトンカツ弁当に手を伸ばした。
「演技にはちょっと騙されかけたけど、びっくりする位に穴が多すぎ。どうせ、また海外ドラマの見過ぎで寝不足だっただけでしょ?」
「お見事! よっ、名探偵」
茶化し立てるお母さんをキッと睨みつける。
「ごめんってば、伊久美はご飯食べたの?」
「うん、私は食べてきた」
「そっか、あれ……そういえば久留美は?」
「知らない」
「一緒に帰って来てないの?」
「うん」
「久留美はどこ行ったの?」
「だから、知らないって」
私はそう言い残し、ムッとした表情でお母さんの部屋を後にした。
ガチャ、バタン。
自分の部屋へ入ると、カバンを部屋の片隅へと投げ捨てた。
「はあ……」
制服をハンガーに掛け、下着姿のまま制服に消臭スプレーを吹きかける。
シュッシュッシュッシュッ……。
私は、考え事をしたまま消臭スプレーのレバーを引き続けた。
シュッシュッシュッシュッ……。
「冷たっ」
霧状に散布した消臭スプレーの水滴が肌に触れる。
拭う様に水滴を手で拭き取り、だらだらと上下共にジャージへと着替えた。
不意に久留美のベッドの上に目が留まる。
「あれ?……」
そこには、綺麗に折り畳まれた久留美のパジャマが置いてあった。
首を傾げながら二段ベッドの梯子を二段ほど登る。
すると、私のパジャマも同じ様にベッドの上に綺麗に折り畳まれていた。
部屋全体をよく見ると朝のドタバタが感じられない程、綺麗に整頓されていた。
私は廊下に顔を出し、
「おかーさーん、サボるならちゃんとサボりなよー、ありがとー」
そして、私はお母さんの返事を聞く間も無く、私は廊下から顔を引っ込めた。
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