十三 とこしえに主の家に

 翌慶長五年(一六〇〇)九月、天下分け目の関ヶ原の合戦が起き、徳川家康率いる東軍が勝利した。天下は豊臣家から徳川家に移ろいでいった。

 それとともに、同年十一月には土御門久脩ひさながが流刑を解かれて京に一時呼び戻され、翌年には代々の所領である若狭名田庄を引き揚げて京へ帰還した。土御門家の名誉回復とは裏腹に、豊臣寄りと見なされていた勘解由小路家は徳川家康の覚えが悪く、朝廷での立場も失っていった。

 慶長九年(一六〇四)、広は病を患い、六十六歳で堺にて没した。母の看病と看取りに堺へ下ったことを機に、四十歳になった在信は京を引き払って堺に移り住み、かねがね懇意にしていた姻戚である小倉浄因季雅と和高彦の家の隣、大寺念仏寺の質素な住坊・遍照院に居を構え、念仏寺の境内に建つ開口三村あぐちみつむら大明神(現・開口神社)の神主を務めつつ、細々ながら南蛮寺にも出入りした。

 まだ三歳である娘・梅子は、在昌が幼き日より世話になったひょうきん公家・山科言継ときつぐの孫にあたる山科言緒ときお(一五七七~一六二〇)の養子とされた。この子はのちに、中流公卿烏丸光広(一五七九~一六三八)の側室となった。そして生まれた男児は、賀茂氏勘解由小路家が絶家したのち、長じて正保元年(一六四四)に分家し、勘解由小路かでのこうじ資忠すけただ(一六三二~一六七九)と名乗った。暦道賀茂氏とは全く無関係の藤原氏日野流ではあるが、勘解由小路家の姓が再誕することとなった。


 慶長十五年(一六一〇)、失火で全焼した方広寺大仏殿の再建のため地鎮祭が行われた。これにあたり在信は、十九歳に成長した息子・貴船丸改め在季あきすえとともに、堺から一時上洛して斎行を務めた。これが歴史に残る最後の舞台となった。

 しかし、此度の斎主は土御門久脩。在信と在季は、位階に見合わぬ末席に置かれた。この時、土御門久脩は正五位下、在信は従四位下であり、本来在信のほうが格上であった。

 土御門の家臣達は在信達にあからさまな侮蔑の眼差しを向け、聞こえよがしに陰口を叩いた。

「見よ。我ら陰陽師の席に、何とまあ邪宗門の徒が混じっておるぞ」

「げに。穢らわしいことじゃ」

 在季が睨み返すと、土御門の家臣達は糞虫を見たような悪態で目を逸らした。

「これ、雑言は慎みたまえ」

「はっ、失敬いたしました……」

 久脩は小声で家臣を咎めると、面目なさそうな面持ちで一礼を投げた。


「ああ、畜生! 父上。久脩様はともかく、土御門の郎党共は最近いささか増長しておるのでは……どうもいけ好きませぬ」

「まあそう憤るな、在季。久脩殿は義理の甥、我が勘解由小路家にとって姻戚にあたる。縁者の出世は慶び申し上げるべきであろう」

 キリシタンに対する迫害はますます強くなり、在信一家は京の公家界から忘れ去られていった。朝廷の陰陽道の支配権は、久脩を当主とする土御門家に移っていった。


 慶長十八年(一六一三)、英国商船クローブ号が平戸に来航し、ジョン・セーリス提督が八月に堺を訪れた。国際情勢は移ろい、すでにスペイン・ポルトガルはアジアの制海権を失って、英国とオランダが大海洋帝国を築き上げていた。

 豊後府内と天草での勉学の賜物で、ラテン語・ポルトガル語のみならず若干の英語をも解する鞠。堺で在信一家と接見したセーリス提督は、彼女の博覧強記ぶりに驚嘆した。リュートを奏でつつ英語の歌も歌って聴かせ、絶賛された。

 四十三歳になった鞠は、このクローブ号に同乗して英国へ旅立つこととなった。もちろん、帰らずの船出である。

 在信は、手土産として東洋星座の絵図や渾天儀などを携えさせて鞠を送り出した。

「旅路に幸いあらんことを――命の限り、恵みと慈しみがいつも汝と共に在らんことを」

「はい、兄上。何卒ご達者で――兄上の分まで、私はとこしえに主の家に仕えますゆえ」

 鞠はロンドンを経由してアイルランドへ行き、その片田舎の修道院で静かに生涯を全うした。


・慶長九年に勘解由小路在信が堺に住んでいるという史書記録があり。

・在信の娘・梅子とその来歴、勘解由小路資忠を生んだという点は架空。

・方広寺大仏殿再建地鎮祭の斎行者としては、賀茂在昌という名で記録が残っている。

・慶長十年、「勘解由小路修理大夫在信」という記録がある。修理大夫は従四位下相当の官職であり、これが真実ならば、方広寺地鎮祭の行われた慶長十五年の時点では、正五位下であった土御門久脩より在信のほうが格上ということになる。

・在信の子在季は架空。母方の伯父にあたる小倉浄因季雅(架空)から一字を取った名。

・セーリス提督との接見、鞠のアイルランド移住も架空。

・「命の限り…/とこしえに主の家に…」――詩編23編6。

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