十三 認められぬ落とし子

 こうして一時的に父・在富の知り合いであるひょうきん公卿・山科言継の邸宅に居候することになった宇治丸と広。言継は突然転がり込んできた二人を、我が子のように手厚くもてなしてくれた。在富との信頼関係の篤さが伺われる。この時の言継の妻(二番目の妻・継室にあたる)は、在富の末娘にして宇治丸の姉に当たる阿多子二十六歳であった。

 言継はひょうきんなだけではなく、しっかりした学徳のある立派な公卿で、朝廷でも幕府筋からも信頼篤かった。また、実にお人好しで、趣味の薬学が高じて来る者来る者に薬を施し、貧しい者からは謝礼も受け取らず、上流階級から庶民に至るまで広く慕われていた。

 二人も、言継に薬学を習いつつ、薬を求めてやってきた客の接待や看病に励んだ。しかし、在富からの連絡はなかなか来なかった。


 ふた月ばかりが経ち、年が明け、松の内も明けた頃。ようやく山科邸宛に、在富からの手紙が届いた。二日後に装束を整えて勘解由小路邸へ来るように、とのことだった。

 二人は山科言継から上等の公卿稚児装束ちごしょうぞくを借りて、山科家の牛車に乗り、緊張を抑えつつ吉田山へ向かった。


「このわらわが殿の落とし子にござりますか」

 やはり、在富の正室・木根子は、険しい態度であった。

「今まで黙っていて面目なかった……確かにわしの息子に相違ない」

「これが証拠の品にござります」

 宇治丸は、確かに在富の筆跡で、山口下向から帰る直前の年月日と、大宮佐井子に我が子とこの品を託す旨を巻末に記した暦道指南書、そして式盤を見せた。

「これは確かにわしが山口で別れ形見として託したものじゃ。そして、山口に手紙を遣って問うた結果、先日大宮佐井子からも、確かに我が子であるとの返事があった」

「左様ですか。よくぞ先の合戦から逃れてまいりましたわね」

 木根子の言葉は、二人の子供を労う口調ではなかった。そして、見定めるような目線で二人を眺めた。

「して、こちらのお嬢様が、大内殿の」

「は、はい。広と申します……」

 鋭い視線を向けられて、広は肩をすくませつつ答えた。

「分かりました。殿も先頃在種を亡くして御傷心でしたから、さぞお喜びのことでしょう」

「ううむ……」

 嫌味を込めた口調で語る木根子に、あの在富までもが肩をすくませた。

「しばらく考えさせてくださりまし。それまでは、山科殿も御厄介でしょうから、吉田神社で奉仕でもしておいでなされ。殿、それでよろしゅうおますか」

「そうじゃな……そちら山口でも吉田神道を学んでおったと聞く。足手まといにはなるまいな」

 在富としても、二人が山科邸でちやほやされるよりは、吉田神社奉仕で境遇が多少厳しくなっても、将来跡取りとなった時に少しでも修学の経験があったほうがよかろう、また近くにおれば自ら教鞭を執る機会もあろうと考え、妻・木根子の提案を呑んだ。

「かしこまりました。非力ながら精一杯奉仕してまいります」

 二人もこの裁断を承服し、山科邸に戻ると在富から預かった謝礼品を言継に渡し、心からの礼を告げた。

「神社奉仕か、心配じゃのう。せめてもう少し春温まってからでもよかろうに……辛くなったらいつでも戻ってきて良いのじゃぞ」

「ありがとうござります。大丈夫、神社奉仕なら慣れておりますから。長らく本当にお世話になりました」

 戸口まで出てきて見送る言継を背に、二人は発っていった。


・本章は架空。在富の娘が山科言継の継室という点も架空。

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