第二部 キリシタン陰陽師

一 キリシタン一行との再会

 フランシスコ・ザビエルの初上洛から八年後の永禄二年(一五五九)和暦十一月、コスメ・デ・トーレス司祭に派遣されたガスパル・ヴィレラ司祭(一五二五~一五七二)率いるキリシタン一行が二度目の上洛を果たした。一行の中には、山口でキリシタンとなった元琵琶法師・ロレンソ了斎もいた。

 無駄な軋轢を生まず日本人に受け入れられやすいよう、ヴィレラ司祭も含めて全員が仏教の僧侶のいでたちをして、中京なかぎょう四条界隈に滞在し、朝廷と幕府の公認を求めつつ細々と宣教をした。

 これだけ配慮しても当然、この「異国の新宗門」に対して快く思わず、宗論を挑んでくる既存仏教勢力は大勢いた。


 一行が上洛してまもなくのある日、真っ先に宗論を挑んできた血気盛んな法華宗の僧侶、興蔵院という者がいた。

「一人の人間が本初万有の神と一体なる天主であるとは如何なることか、不遜極まりなきこと!」

「釈尊とて、一人の人間として二千年ほど昔に現世に降誕し、八十歳にて涅槃を迎えながら、その本性は『久遠実成くおんじつじょうの釈迦如来』、太初に在り、今在り、世々に限りなく在るなり、と法華の宗門でも教えておられるではござりませぬか。それと一緒にござります」

 ヴィレラの助言を受けつつ、ロレンソ了斎が問答に答える。彼は今や立派な宣教者となっていた。

「ぐぬぬ……ならば、もうひとつ問いたい。地や太陽や月、星などは全て球であると荒唐無稽なことを述べておるようじゃが、これは如何なることか」

「興蔵院様は如何ようにお考えにてござりましょう? 地と月が球でなければ、いかに昼と夜が在り、月の満ち欠けが在ると?」

「地は方にして天は円、昼は日光菩薩、夜は月光がっこう菩薩が司る。月の満ち欠けは……ううむ、そうじゃ。月光菩薩の眷属けんぞくに白黒十五人の天人がおわして、日ごとに現世と浄土を行き来しておるのじゃ!」

「なんとまあ……それはそなた様の思い付きにござりましょう……日光月光菩薩は太陽と月の恵みのあくまで『象徴』、十五天人云々に至っては、仏典にもそのようなことは記されておらぬと存じますが」

 あまりに稚拙な問答に、了斎がいい加減辟易しつつあったその時。

「あなた様のような高徳の御坊様から、かくのごとき不合理な虚妄をお伺いするとは、まことに遺憾でなりませぬ……子供騙しにすらならぬおとぎ話、稚児からさえも笑いを買うこととなるでしょう」

「な、何をっ……?」

 不意に、狩衣烏帽子かりぎぬえぼしに身を整えた一人の青年が、問答に割って入ってきた。

「伴天連様と了斎殿の仰せの通り、地とあらゆる天体は宇宙の虚空に浮かぶ球にござります。地は球にて一日で自転しているが故に太陽の日向と日陰なる昼と夜があり、一年で太陽の回りを黄道に合わせて公転しているが故に太陽との距離差から四季があり。月は太陽の光を浴びて輝くが故に夜のみ輝き、地球の周りを回っているが故に、太陽と地球とのちょうど向かいに月が来た時に新月が起こり、日ごとに地球の影が角度を変えて当たるが故に満ち欠けが出来るのでござります」

「な、何者じゃこの若造は……!」

 法華僧は怯んで、相手の素性を問うた。

正二位行陰陽頭しょうにいぎょうおんみょうのかみ勘解由小路在富かでのこうじあきとみそく正六位上行暦博士しょうろくいじょうぎょうこよみはかせ・勘解由小路在昌あきまさにござります」

「な、なんと、陰陽頭の……き、今日はこれにて暇致す……!」

 その名を聞くやいなや、法華僧は血相を変えて退散していった。

「おや、行ってしまわれた……せっかくの御宗論を台無しにしてしまいましたようで、失敬つかまつりました」

 青年は苦笑を浮かべつつ、了斎とヴィレラに会釈した。

「あ、あなた様はもしや……」

 驚き、しかし何か思い当たるように声をかける了斎に、青年は再び会釈しつつ答えた。

「覚えておいでにござりましょうか。山口の大乱の折にトーレス伴天連様のお導きで共に豊後へ逃れました、賀茂宇治丸にござります」

「おお、宇治丸殿……忘れるものですか、なんとお久しゅう! この了斎、豊後の港にて別れ際に申した宿願が叶いて、このたび晴れて上洛いたした次第にござります」

 そう。かの青年こそが、今や勘解由小路在昌二十一歳として立派に成長した、かつての宇治丸少年である。


・本章の記述はほぼルイス・フロイスの記録通り。在昌の官位は架空。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る