第一部 解説コラム

 賀茂在昌は、史書によると慶長四年(一五九九)八月、「八十一歳」にて没と記されている。しかしこれの通りだとすると、(そして大前提として、実は諸説定まらないが敢えて「賀茂在昌=Manoel Aqui Marza」だと比定すると、)在昌がキリシタンとなったのは永禄二年(一五五九)四十一歳、豊後府内の教会で修学するため京都を出奔したのは永禄七年(一五六四)四十六歳、その道中で翌一月に次男が生まれ、長男「十一歳」を修道士として献げたとあるので、数え年で考えると長男の生まれは三十七歳の時、そして恐らく京都に戻って家督を嗣ぎ、「従五位下に叙せられた」と朝廷の記録に初登場するのが天正五年(一五七七)五十八歳――となってしまう。従五位下というのは公家としては初段的な位階であり、この歳まで――一度はキリシタンとなって出奔したとはいえ、キリシタンになった四十一歳まで、何のキャリアもなかった(記録にないだけで従五位下未満に叙せられていた可能性はあるが、公家でその歳としてはノーキャリアと一緒である)というのは、極位正二位まで昇った勘解由小路在富の息子としては非常に不自然であるように思われる。

 さらに、在富の甥にあたる在種が従五位下に叙せられた(恐らくこの年に在富の養子として迎え入れられたではないかと考えている)のは天文八年(一五三九)・在昌二十一歳の時、ということになってしまう。成人した嫡男を差し置いて甥を跡嗣ぎ養子として迎え入れるであろうか。ここで注意していただきたいのは、これは在昌がキリシタンになるより「二十年」も前のことである。さらに、在種は従五位下に叙せられたという記録(=恐らく在富の養子となった)から「十二年後」の天文二十年(一五五一)に死亡している。実子がキリシタンになってしまったため仕方なしに代替として甥を養子として迎え入れた、というシナリオは全く成立しない。

 これらの不自然さから、本作品では在昌は「六十一歳」没との誤りである、という独自説を取り、各時代での年齢を二十歳繰り下げている。これによって、在昌の誕生は天文法華の乱の三年後、ザビエル一行が山口に初来訪したのは数え十二歳の時、というタイムラインができる。そこから着想を得て想像を膨らませていったのが、天文法華の乱ののち在富が山口に下り、そこで子を儲け、その子が少年期まで山口に育ち、ザビエル来訪を目撃して感銘を受け、のちにキリシタン陰陽師になる端緒となった――というストーリーである。そう考えると不自然さが解消されて全ての辻褄が合い、タイムラインとして自然、かつドラマティックな物語が浮かび上がってくる、というわけである。


 また、第九章で一瞬出てきて瞬時に死んでしまった非業の養子・在種は、史料では二十一歳で在富の手により「横死」(これは史実なのだ!)したと伝えるが、これを信じると同史料の別箇所では数え九歳にして従五位下に叙せられたことになってしまう。最上流公卿の家柄ならともかく、これまたいささか不自然であるように思われて、本作では十年繰り上げて三十一歳没という設定にした。そして、「横死」の理由は謎であったところ、偶然か必然か、ちょうど同日にあのような動乱が起きていたことを知り、いきさつとして組み合わせてみた次第である。


 なお、「おさい」(本作では佐井子)と「広徳院御新造」(本作では光子)は実在の人物だが生没年も本名も不詳、当然在富と佐井子の恋も仮想、「広」という人物は全く架空である。在富の正室・木根子も仮想の名・生没年も不詳であり、娘・日枝子、阿多子という人物も架空。実はその名は、設定上の生まれ年の干支から採っている。つまり、木根子は乙卯きのとう年生まれ・乙も卯も陰陽五行では木の陰であることから――日枝子は甲申きのえさる年生まれ・山の神であり猿を神使とする滋賀大津の日吉ひえ大社(別表記・日枝)に因んで――阿多子は丁亥ひのとい年生まれ・丁は火の陰・火伏せの神として知られ猪を神使とする京都嵯峨の愛宕あたご神社(旧称・阿多古)に因んで――といった具合である。陰陽師の家系ならば六十干支ろくじっかんしから名を取るのはさもありなんと考え、以後登場する陰陽師筋の架空人物・仮想人名設定の多くもそのような法則で名付けている。

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