第一部 少年と十字架

一 伴天連来訪

 時は戦国。乱世の最中にあって、西国周防国なる山口の街は「西の都」と称され、賑やかなひとときの栄華を極めていた。

 山口に君臨する守護大名・大内氏は、義興よしおき(一四七七~一五二八)の代より京の都の朝廷と室町幕府中枢部に深く通じ、その気風は次代の義隆よしたか(一五〇七~一五五一)にも受け継がれた。相次ぐ動乱で荒廃した京の都からは数多くの公家達が山口へ落ち延び、西国の彼方にありながら雅やかな都振りが華開いた。また、西海に通ずる交通の要衝として、みんや遠く東南アジアからの交易で舶来した豊かな文物が集積され、この街の栄華をさらに彩っていた。


 天文てんぶん十九年(一五五〇)和暦十月の或る日。木枯らし吹く晩秋の寒さにも怯まず賑わう山口の街の中心、その中でもひときわ、時ならず賑わう人だかりが出来ていた。

 黒いビロードの衣に白いレースの衿袖、白肌の長身に鼻筋の通った彫りの深い顔立ち。その全く見慣れぬ姿の異国人の一団に、群衆たちは我先に人混みを掻き分け、一目拝むや刮目した。

 「南蛮人来朝」と大きな驚きをもって噂されたこの異国人こそ、はるか西洋・ポルトガルから日本に初来航した伴天連ばてれん(カトリック・イエズス会の修道司祭)、かのフランシスコ・ザビエル(フランシスコ・デ・シャヴィエル、一五〇六~一五五二)とその一行である。


「宇治丸、どこか見えるところないかしら」

ひろ、こっちだ。早く、いや気を付けて」

「大丈夫よ、これくらい平気なんだから」

 群集の隅で、町家の脇手から板葺き屋根によじのぼる、少年と少女の姿があった。やんちゃ極まりない行動だが、身なりの悪いただの町小僧ではない。薄汚れながらも良家の子女らしく、整った装束と聡明な面立ちをした二人だ。

「よし。ほら、見えたぞ!」

「わあ……珍しい人達!」

「本当に珍しいなあ……!」

 町家の屋根の上に立って、広場を見下ろす。幼い口からとっさに出た「珍しい」という言葉、その一言ではとても語り尽くせない感嘆に、二人は目を丸くして輝かせた。その「異国人」の姿は、多感な少年少女の目に、いかに新鮮な輝きをもって映ったことだろう。


「あいや、こんなところにおられた! なんて無茶なことを! おーい、広姫様、危のうござりますぞ!」

 やや老けた男の叫び声に、少年と少女は慌てて振り向いた。

「今梯子を! これ、そこの者、どこぞに梯子はあらぬか!」

 男が町人をどやして梯子を調達する間、二人は気まずそうに降り仕度をしつつ、見合って苦笑を交わした。

「僕が連れ出したのです。広……広姫様は悪うござりません」

「なんだこら、また宇治丸の仕業か! 全くこやつときたら」

 すごすごと梯子を降りると、少女をかばうように男に向かって、神妙に、だが毅然と釈明する少年。そのやや後ろで、いたたまれなさそうに少年の横顔を見つめる少女。

「申し訳のうござります。広姫様も、危ない真似を申し訳のう」

「……」

 「南蛮人来朝」の噂を聞いて、屋敷を抜け出して街へ見に行こうと言い出したのは自分である、と告白できる状況ではなかった。

「全く、この日の本にやってきて、殿君や公方くぼう様・天朝様の許しもなく、傍若無人に南蛮の異様なる宗門を辻で説くとは。実にけしからぬ、不遜極まりない輩共じゃ。世も末というものじゃわい。決して近づいてはならんぞ。広姫様も、慎まのうてはなりませぬぞ」

 男――二人の住む屋敷に仕える家人けにんは、この異国人たちの来航を快く思っていないようだった。二人とも公家の落人の屋敷で育てられ、神道を学ぶ身の上。その屋敷に仕える家人としては致し方ないことである。


 身分上は、少女・広のほうが格上、他ならぬ山口領主大内義隆の庶子である。少年・宇治丸はといえば、一時期戦乱を逃れて山口に下った下級公家の庶子で、父は彼の出生を見届けることもなく京へ戻ってしまい、その後いわば広に仕える者として引き取られた身。

 二人とも、庶子・いわゆる「落とし子」として実父母の元から離され、肩身狭く世の隅で育てられるという共通した身の上で、数え八つの歳から共に一つ屋根の下で育てられた同い年。当人同士は生まれの違いなど意に介さず、良き幼馴染みの間柄である。とはいえ、厳然たる身分の格差が公の場で二人の間を隔てていた。

 二人の齢は数え十二歳。この宇治丸と呼ばれる少年が、のちのキリシタン陰陽師・賀茂在昌かものあきまさ(一五三九~一五九九)である。


・在昌の生没年は生年を二十年遅く設定している。詳細は第一部末コラム。

・在昌が山口で生まれたというガスパル・ヴィレラの記録あり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る