第一部 少年と十字架
一 伴天連来訪
時は戦国。乱世の最中にあって、西国周防国なる山口の街は「西の都」と称され、賑やかなひとときの栄華を極めていた。
山口に君臨する守護大名・大内氏は、
黒いビロードの衣に白いレースの衿袖、白肌の長身に鼻筋の通った彫りの深い顔立ち。その全く見慣れぬ姿の異国人の一団に、群衆たちは我先に人混みを掻き分け、一目拝むや刮目した。
「南蛮人来朝」と大きな驚きをもって噂されたこの異国人こそ、はるか西洋・ポルトガルから日本に初来航した
「宇治丸、どこか見えるところないかしら」
「
「大丈夫よ、これくらい平気なんだから」
群集の隅で、町家の脇手から板葺き屋根によじのぼる、少年と少女の姿があった。やんちゃ極まりない行動だが、身なりの悪いただの町小僧ではない。薄汚れながらも良家の子女らしく、整った装束と聡明な面立ちをした二人だ。
「よし。ほら、見えたぞ!」
「わあ……珍しい人達!」
「本当に珍しいなあ……!」
町家の屋根の上に立って、広場を見下ろす。幼い口からとっさに出た「珍しい」という言葉、その一言ではとても語り尽くせない感嘆に、二人は目を丸くして輝かせた。その「異国人」の姿は、多感な少年少女の目に、いかに新鮮な輝きをもって映ったことだろう。
「あいや、こんなところにおられた! なんて無茶なことを! おーい、広姫様、危のうござりますぞ!」
やや老けた男の叫び声に、少年と少女は慌てて振り向いた。
「今梯子を! これ、そこの者、どこぞに梯子はあらぬか!」
男が町人をどやして梯子を調達する間、二人は気まずそうに降り仕度をしつつ、見合って苦笑を交わした。
「僕が連れ出したのです。広……広姫様は悪うござりません」
「なんだこら、また宇治丸の仕業か! 全くこやつときたら」
すごすごと梯子を降りると、少女をかばうように男に向かって、神妙に、だが毅然と釈明する少年。そのやや後ろで、いたたまれなさそうに少年の横顔を見つめる少女。
「申し訳のうござります。広姫様も、危ない真似を申し訳のう」
「……」
「南蛮人来朝」の噂を聞いて、屋敷を抜け出して街へ見に行こうと言い出したのは自分である、と告白できる状況ではなかった。
「全く、この日の本にやってきて、殿君や
男――二人の住む屋敷に仕える
身分上は、少女・広のほうが格上、他ならぬ山口領主大内義隆の庶子である。少年・宇治丸はといえば、一時期戦乱を逃れて山口に下った下級公家の庶子で、父は彼の出生を見届けることもなく京へ戻ってしまい、その後いわば広に仕える者として引き取られた身。
二人とも、庶子・いわゆる「落とし子」として実父母の元から離され、肩身狭く世の隅で育てられるという共通した身の上で、数え八つの歳から共に一つ屋根の下で育てられた同い年。当人同士は生まれの違いなど意に介さず、良き幼馴染みの間柄である。とはいえ、厳然たる身分の格差が公の場で二人の間を隔てていた。
二人の齢は数え十二歳。この宇治丸と呼ばれる少年が、のちのキリシタン陰陽師・
・在昌の生没年は生年を二十年遅く設定している。詳細は第一部末コラム。
・在昌が山口で生まれたというガスパル・ヴィレラの記録あり。
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