Sexしようぜっ♪
谷兼天慈
Sexしようぜっ♪
「で、名前なんてーの?」
「へ?」
オレの質問にキョトっとした顔をする彼女。
カワイイって思ってたけど、ほんと仕草が小動物っぽくて超カワイイ。
「あたしの名前…Non…じゃダメ?」
「は?」
「ぷぷぷ」
「なによ」
バレンタインデーが過ぎたある日の夜。
いつものようにラブホでコトをすましたあとにオレと彼女はベッドでまったりしてた。
オレが思い出し笑いしたのを変な顔して見てる。
「うん。思うにオレって最初にあんた誘ってからそっこーホテル行ったわけだけど」
「うん」
「名前も聞かずにヤっちゃったんだよな」
「うん。そーだったね」
「あれってさ、ふつーはヤり逃げされるかもって思われるシチュだよなあ?」
「うん。確かにそーだよね」
「オレ、こんな感じだからさ。いっつも遊びなんじゃねーのって思われるわけ」
オレは自嘲気味にそう言ったんだけど、彼女はニコニコしてるだけ。
どう思ってたんだろってオレは思った。
「Sinが声かけてくれた時は遊びだろうなって思ってた」
「やっぱり…」
「でもね。したあとにSinいろいろ話してくれたでしょ。あれであたしこの人信じられるって思ったの」
彼女はそう言ってぎゅっとオレを抱きしめてくれた。
オレは最高に幸せだ。
こんなに幸せな男はどこにもいないぜって感じ。
だから言ったんだ。
「あのさ、オレ、今度、上京してゲクトのバンドメンバーに入ることになったんだ。だからさ、ついてきてくんねーかな」
上京してしばらく。
オレはゲクトさんに呼ばれた。
何だろう。オレ、なんかしたっけ。何も思い浮かばない。
ゲクトさんの前に立って、彼が不機嫌なんだっていうのがわかったから、俺は心配になってきた。
彼は自分の気にいらないことがあるとすぐに不機嫌になるらしい。
「Sin、おまえ、彼女をどーして僕に紹介しないんだ?」
「え…」
「最初に言ったよな。僕のメンバーになるってことは家族になることと同じだって」
「は、い…」
「それは、Sinと一緒に住んでる奴も家族になるってことなんだよ」
そういえばそんなこと言ってた気がする。
オレ、話半分で聞いてたよ。
メンバーのほとんどが実家から遠くのこの土地で一人で暮らしているから、これからはそういったひとり暮らしをしてる奴は自分が家族になってやるって。
それは同居してるパートナーだってそうなんだって。
「おまえ、明日、彼女連れて来い」
「はい、わかりました」
ただ、オレはちょっと不安があったりする。
ゲクトさん、男のオレから見てもすげーカッコイイし、女ならみんなゲクトさんを好きになるんじゃないかって。
彼女もそうだったらどうしよう。
彼女がオレから離れたら……オレ、立ち直れないかも。
次の日、オレは彼女を連れてきた。
指定された場所はゲクトさんのマンション。
中に入ると、さすがゲクトさんの家だ。
黒一色。
彼女はというと、物珍しそうにあたりを見回してる。
「よく来たな」
「お邪魔します」
「さっそくだが、Sin、おまえはこのまま彼女置いて帰れ」
「えっ?」
どういうことだ?
オレは混乱していた。
「これから彼女だけに話したいことがある。おまえがいると話せることも話せなくなるからな」
「………」
有無を言わさないその口調にオレは頷くしかなかった。
そして、オレがアパートに戻って来てしばらくしてから、彼女が帰ってきた。
うつむいて元気がなさそうだ。
どうしたんだ。
何か言われたんだろうか。
「どうした? ゲクトさん、なんて言ってたんだ?」
「ごめん…Sin。ごめん…」
彼女はその場に崩れるようにしゃがみこんでしまった。
それから泣きじゃくる彼女を抱き締めて落ち着かせて、話を聞きだした。
オレが帰ったあと、何があったか。
「君の名前は?」
「Nonです」
「ノンちゃんか」
彼女はふかふかのソファに座っていたが、落ちつかなさそうに身じろいだ。
ゲクトの口調はあくまで優しそうで、何も不安に思わせる要素はなかったが、彼女はどうしてもザワザワとした感覚しか感じられなかった。
「あの…お話ってなんでしょう」
「うん…Sinのことなんだけど、君、本当に心からSinのこと好きなの?」
「え…?」
すると、テーブルをはさんだ目の前に座っていたゲクトが立ち上がり、ゆっくり歩いてきて、彼女の横に座った。
「あの…?」
「ノンちゃん、君、かわいいね」
「!」
ゲクトが彼女の肩を抱いた。
彼女は形にならない不安が増大するのを感じた。
「Sinなんかやめて僕の彼女にならない?」
「え…」
彼女は目を見張ってゲクトのキレイな顔を見詰めた。
彼女はこんなにキレイな男の人を見たのは初めてだと思った。
Sinのことも精悍な顔つきだと思ってたけど、それとはまた違う、男とは思えないくらいの整った顔立ちに釘付けになる。
「さっき、初めて君を見た時に運命の人だって感じたよ。今すぐ君を僕の物にしたい」
「っ…」
ゲクトの唇が彼女の首筋に優しく押しつけられる。
身体が震えた。
身体がゲクトのくれる刺激に反応しかけていた。
が──
「僕とSexしようよ」
その言葉を聞いたとたん、彼女は思いきりゲクトを突飛ばしていた。
そして、その場を逃げ出した。
「ごめんなさいっごめんなさいっ!」
そう叫びながら。
オレはワナワナと震えるくらいに怒っていた。
なんだよ、なんだよ、なんだよ、なんだよっ!!!!
ゲクト、さいてーな男だなっ!
「Sin、ごめんなさい」
「なんでNonが謝るんだよっ! 悪いのはゲクトじゃねえかっ!」
「だって…あたしが拒否したせいで、Sinの立場が…」
「Nonは悪くねえっ!」
オレはいきおいよく立ち上がる。
そんなオレを不安そうに見上げる彼女。
「オレ、ゲクトに言ってきてやるっ!」
「何…を?」
「おめーみたいなさいてー男とは一緒にやってけねーって!」
オレは部屋を飛び出した。
そして。
「Sin、待ってたよ」
「…………」
オレはゲクトの前に怒りで肩を震わせ、顔を赤くさせて立っていた。
そんなオレとは逆で、ゲクトは涼しい顔をしてソファに足を組んで座っていた。
むかつく。むかつく。むかついて、ますますのぼせ上った。
「あんた恥ずかしくないのかっ」
「何が?」
「オレの彼女にあんなこと言って…」
「うん。そうだね。恥ずかしいね」
「はあっ?」
オレは拍子抜けした。
こいつ、いったい何言ってんだ?
ちょっと毒気が抜かれて、よくよく彼を見てみたら、どうも様子が違う。
こう、反省してるというか、高飛車な彼にしては叱られた子供みたいな表情をしているみたいだ。
「キーちゃんにも叱られたよ」
「え…」
「ただ、僕としてはおまえのことを心配してのことだったんだ…まあ、わかってくれとは言えないんだけどね」
「…え…?」
ワケがわからない。
彼は何が言いたいんだ?
ようするに、その後、彼が打ち明けてくれた。
「僕はメンバーやスタッフとこのマンションの最上階のワンフロアを貸し切って共同生活をしているんだよ。だから、そのうちおまえもここで一緒に住んでもらうことになる。もちろん、おまえの彼女も一緒だ。だが、今までにメンバーの彼女が僕に色目を使ったりするようになったこともあったりして、僕は一計を案じた。僕の方から誘惑して、それにのってくるような女はそのメンバーと別れさせる、別れないと言うのならメンバーには入れないってね。そうやってふるいにかけていくのが僕のやり方なんだよ。今回は、全面的に僕の負けだ。キーちゃんにもそろそろそういったやり方はやめたほうがいいわよって言われたよ。本当にすまない。僕は、おまえのドラムスは得難いと思っている。こんな僕だが、これに懲りずに一緒にやってはもらえないだろうか。あと、ノンちゃんにも謝りたい」
そうして、彼は土下座をした。
オレは呆気にとられて言葉が出ない。
いつまでも土下座をしたままの彼に、このままオレが何も言わないと頭を上げないんだろうなと気づいた時は、だいぶ時間が過ぎていたと思う。
「頭を上げてくれよ、ゲクトさん」
「Sin…」
「いいよ、もう。あんたの事情もわかったから。もういいよ。オレもゲクトさんと一緒にバンドやれるのは夢だったから、このチャンスは逃したくねぇって思ってるし」
「そうか。ありがとう」
「とにかく立ってくれよ」
オレは彼に手を貸し、立ち上がらせた。
こうやってマジマジ見ると、ほんとーにゲクトってキレーな顔してるよなーと思う。
オレみたいな武骨な男とは段違いだぜ。
確かに、フラフラした女だったらコロっといっちまうかもな。
とすれば、だ。
オレの彼女であるNonはスゲーじゃんか。
ゲクトになびかなかったんだから。
「これからも、Non共々よろしくお願いします!」
オレは勢いよく頭を下げた。
すると彼は。
「それにしてもノンちゃん、かわいいよな」
(ん?)
「どうかな。本気で僕に譲る気は…」
「オレのですっ!」
オレが慌てて叫ぶと、彼はアハハハと声を上げて笑った。
「冗談だよ。冗談」
「もーゲクトさんってば…」
オレは笑う彼と一緒にいつしか笑っていた。
オレは早くNonの顔を見たいと思ってた。
「ゲクトさん何て言ってた?」
「うん。今話すよ」
オレはさっき聞いた話を彼女に話す。
すると彼女はホッとした表情を見せた。
その顔を見てると、オレってほんとーに彼女が好きなんだなーと思った。
だから言った。
「なあ、Sexしようぜっ♪」
初出2015年3月14日
Sexしようぜっ♪ 谷兼天慈 @nonavias
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