6-7 新生活の準備
軽食を終えると真部幸人は仕事の打ち合わせがあるということで、三人分の食事代を払うと先に席を外した。その後、慎一と真智子は叔父の家から歩いて十分ぐらいのところにある引っ越し予定の賃貸マンションを見に行った。
管理人の案内で入居予定の室内に通され、中に入るとすぐにグランドピアノを置ける十畳のリビングダイニングにキッチンがついていて、奥に六畳の部屋が二部屋あり、備え付けの収納スペースも揃っていて、ふたりで暮らすのに充分な一室だった。
「叔父さんの家からもそんなに離れていないし、大学に通うのにも今までとあまり変わりないぐらいで不便がなくていいところを探してもらってここに決めたんだ。真智子の家からもそれほど離れてないからいいよね」
「ええ、桐朋短大に通うのにも少し楽になるわ」
「僕は明日からでも引っ越せるよう準備をはじめようと思ってるけど、真智子は都合のいい時に来てくれればいいからね」
「この前、アンサンブルのパートナーの長井絵梨さんと練習できて連絡とりやすくなったし、私も本格的に忙しくなるのは新学期からだから、明日も都合つけれるけど、自主練はしないといけないから、ここにピアノが来るまでは実家から通うことになると思うけど、それでいいかな」
「真智子がそれで大丈夫なら明日も来てくれるのは嬉しい。とにかく、無理はしないでね。グランドピアノがこっちに届くのは運送屋さんの都合で二週間後の日曜日に届く予定だよ。それから、ピアノと一緒にベッドも届く予定だよ」
「自主練はしないといけないから、グランドピアノが届くまでは家から通うね。明日は生活必需品を揃えたりしないといけないし、買い物、手伝うよ」
「じゃあ、ピアノが届く日から真智子と一緒に暮らせるようになるんだね」
「それまでは実家とここを行ったり来たりするかもしれないけど」
「とにかく、真智子の都合のいいようでいいから、無理のないようにしてね。こっちはしばらくのんびりペースで大丈夫だから」
慎一は部屋を見渡しながら言った。
「こんな素敵な部屋でふたりで一緒に暮らせるなんて、お父様のお陰ね」
「そうだね。父に感謝しないとね」
「じゃあ、私はこれからいろいろと準備もあるし、今日はもう家に帰るね。これからふたりで暮らすマンションも確認できたし、叔父様ともお会いしてお話もできて良かったわ。明日は何時頃、ここに来ればいい?」
「十一時頃でいいよ。何も焦ってないからさ。ひとまず暮らせるようになれば、あとは少しずつ揃えていけばいいし」
「そうだね。慎一の身体のためにも少しずつゆっくり揃えていこうね」
「じゃあ、僕も今日のところは叔父さんの家に戻るかな。練馬駅まで送るよ」
ふたりはマンションを出ると練馬駅へと向かった。
次の日、約束の十一時に入居予定のマンションに到着すると、すでに慎一が真部幸人と一緒に待っていた。
「今日はキッチン用品や洗濯機などの家電製品とかダイニングテーブルやカーテンなど見に行こうと思って。叔父さんが車でホームセンターを案内してくれるってことになって、時間を空けてくれたんだ」
「わざわざ、ありがとうございます」
「どういたしまして。ふたりの役に立てればと思って。私からのささやかなお祝いの気持ちだよ」
慎一と真智子は幸人の案内に従って、ホームセンターをまわり、新生活の準備を進めた。
―その日の帰り際、マンションの部屋を出る時に、慎一は真智子に部屋の合鍵を渡した。
「まだ、あまり準備が整っていないけど、今日からはここが僕たちの家だから、いつでも入っていいからね」
「いろいろ、ありがとう。早く落ち着いて暮らせるようにしようね」
「ところで、お互いまだ学生だし、入籍や結婚披露宴は真智子が卒業してからでいいよね」
「そうね……慎一の身体のことも心配だし、私も卒業に向けての課題もあるから、お互い無理はしないようにしようね」
「先ずは母のグランドピアノが届く日が楽しみだな。そうすれば、お互いここでピアノの練習ができるようになるね。そうだ、まだ先の話だけど、結婚披露宴はピアノがある教会でふたりの演奏を披露するっていうのはどうかな。きっと心に残る感動的な式になるよ」
「慎一、気が早いよ。まあ、一緒に暮らしはじめたら、ふたりでよく相談しようね」
「ごめん、えっと、真智子は先ずは卒業に向けての課題があるんだったね。僕はしばらくはのんびりペースで大丈夫だから。でも、お互い、新学期が始まるときっと大学の課題で忙しくなるね」
―その時、車の中から幸人がふたりを呼んで声を上げた。
「おおい、ふたりともいつまでそこで話し込んでるんだ?」
「あ、はい、すぐ行きます」
慎一と真智子は幸人の車に乗り込んだ。
練馬駅で真智子は車を降りると慎一と幸人を見送った後、光が丘方面に向かう電車に乗りその日は実家に帰った。
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