第5章 桜咲く季節に

5-1 奈良からのメッセージ

 ―そして春休みに入ったある日のこと―。


―真智子、心配かけたね。元気だった?―

朝、起きて、いつもの習慣で携帯を確認すると慎一からメッセージが届いているのに真智子は気付いた。突然のメッセージに真智子は内心慌てつつ、急いで返信した。

―心配してたよ。慎一。元気だった?今、どこにいるの?

真智子は今日の予定を気にしつつ、しばらく返信を待った。

するとすぐに返信が届いた。

―今から電話してもいい?―

―いいよ―

ほどなくして携帯の電話が鳴り、真智子はすぐに電話に出た。

「久しぶり、真智子」

久しぶりに慎一の声にふれ、真智子はどきどきしながら答えた。

「うん、ほんとうに久しぶりだね。もう二ヶ月近くもどうしてたの?忙しくてもいつもは連絡くれるのに連絡がなかったから、何かあったのかなってずっと心配してたよ」

「実は……今、奈良の実家にいるんだ」

「えっ?日本にいつ帰って来たの?」

「うん……二月中にね。実は病気で倒れて、父がブタベストまで迎えに来てくれて、こちらの主治医の病院に一昨日まで入院していたんだ。回復が早くて昨日、退院できたから、真智子にもやっと連絡できたんだよ。入院中は帰国の際持ってきた荷物と一緒に携帯も父に預けっぱなしにしてたからね。何度か連絡入れてくれたんだね」

「えっ、病気で入院してたの?大変だったね。留学して頑張りすぎてストレス溜まったのかな……」

「まあ、そんなところ。子どもの頃からの持病が悪化してね」

「慎一、持病があったんだ」

「うん……。伝えてなかったね。ネフローゼ症候群っていう腎臓の病気でね。ずっと症状は落ち着いていたんだけどね。急に症状が出て、意識失って倒れて……。でもリスト音楽院での実績は作れたし、単位もとれた後だったからまだよかったけど。あと半年、留学を延長するどころじゃなかったかな。悩んでるうちに意識失って、気付いたらベッドの上で。急きょ、父が迎えに来てくれてね」

「今、奈良にいるんだから、大学はお休みしてるんだよね」

「まあね。でも、四月からは通う予定だよ。春休み中に引っ越しもしてね。父からも了解もらったし」

「でも、一昨日まで入院してたのなら、まだ身体、辛いよね?それに腎臓の病気ならきっとストレスに弱いんだよね。そんな時にいきなり引っ越しなんて大丈夫?私、引っ越しとか手伝うよ」

「引っ越しは大丈夫だよ。らくらくパックでこっちで手配から何からしてくれる人いるから。でも、真智子に会えたら、もちろん、嬉しいな」

「……私も慎一に会いたい!両親に奈良に行くこと許してもらって、近々会いに行くよ」

「大学のスケジュール、大丈夫?」

「春休み中だからなんとかする」

「嬉しいな。待ってていいんだね」

「うん、慎一は身体大事にして待ってて。早めに予定たてるから」

「ありがとう。嬉しいよ。真智子のこと信じて待ってるよ。楽しみだな」

「じゃあ、計画たてて、はっきりしたことが決まったら連絡するね」

「急な電話なのにありがとう、真智子。じゃあ、そろそろ電話は切るね」

「しっかり休まないとだめだよ。予定通り四月からは大学に戻れるように」

「真智子も風邪ひかないように」


 ベッドの上で横になったままの体勢で電話を切ると慎一はそのまま目を閉じた。昨夜寝る前に送ったメッセージの返信がすぐに届いて、電話でも話すことができて、このまま真智子の声の余韻を抱いたまま眠りにつきたいような気分に包まれながら、慎一の胸の中はじわじわと真智子の声を聞けた喜びで一杯になっていった。そしてこうしてやっと真智子と連絡が取り合えたのだし、予定通り新学期からは大学に戻れるようにしなければと少しずつ気持ちを新たにしていた。


 一方、真智子は電話を切ったあと一瞬、途方に暮れた。心のどこかで慎一の連絡がいつ来るかと思い悩む日々からは解放されたが、慎一に会いに行くと約束した以上、奈良に行けるよう先ずは両親に許可をもらわなければならない。

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