4-3 ひとときのタイムスリップ
「ところで、真智子は修司とは卒業後、連絡とってる?」
「ときどき、サッカーの試合の予定と結果が届くかな。暇があったら、見に来いよって感じでね。私はできる時に相槌打ってるだけなんだけど」
「実は僕のところにも届いてるんだ」
「きっとサッカーのことで忙しいと思うんだけど、修司って、まめだよね。夏休みになったら、まどかも誘って応援に行けるかな?って思ったりもしてたんだけど、先ずは慎一の留学のことを優先させないとね」
「修司のことは僕も好きなんだけど、進む道が違うと住む世界がこんなに違ってくるんだなって改めて思ってね。高校の時に友人になれたのが不思議な気がするんだ」
「私は高三になった頃から修司とは少しずつギャップが生じはじめていたかな。ピアノに打ち込めば打ち込むほど心の距離が大きくなっていったというか、昔には戻れないんだなって改めて思ったりもして」
「真智子は修司とは以前、付き合ってたんだもんな」
「付き合ってたというか、昔も今も友達だけどね。いい奴だな、とは思うんだけど、慎一のことを思う時のようには惹かれないというか、慎一は私の憧れでもあり、先生でもあり、ピアノのことではいつでも私の先をいってるからね。今回の留学のことだって、私にはありえないようなことで。そういった意味では同じ世界に住んでいても、こうしているのが不思議に思うこともあるのよ」
「僕は真智子に支えられて今の自分があると思っているよ。修司にも真智子のことよろしくって伝えられてるし、今回の留学のことどう伝えようか、少し迷ってるんだ」
「修司はたぶん、そのまま受け入れると思うけど、どう返事が返ってくるかは私にもわからない。卒業して三ケ月の間に修司にも新しい出会いはもちろんのこと、きっといろいろなことがあったと思うし。でも連絡くれるんだから、私達のこと心のどこかで気にかけているんだなって思うけどね」
「そうだね。とにかく、留学のことは修司にも僕から直接伝えるよ」
「修司だったら、きっと喜んでくれるんじゃないかな」
修司のことを話しながら、慎一も真智子も高校時代の誰もが皆、受験に向かって葛藤し、邁進していた日々を懐かしく思い出していた。
真智子が試験前だったので、食後間もなくふたりは帰途につき、池袋駅から西武池袋線に乗った。いつもひとりで乗る電車の中がふたりで乗ると心做しかいつもと違った空間に思える―。
「今日はわざわざ会ってくれて、ありがとう」
「こちらこそ、エビフライ美味しかったね。これから慎一は留学の準備が忙しくなるね。私はもうすぐ試験だし……」
「真智子も頑張れよ」
「もちろん、頑張るよ。試験が終わって、落ち着いたら連絡するから、慎一も日本を出発する日がはっきりしたら、教えてね」
「奈良の父にも連絡しなければいけないし、出発するのは夏休みに入ってからになると思うけどね」
「そう。じゃあ、送りに行けるかな。夏休みになると管弦楽のアンサンブルのグループ練習があったり、先輩方のコンサートやコンクールを聴きに行かなければいけなかったりするみたいだけど、まだ一年生だから、都合つけれると思う……」
「真智子もこれからいろいろ大変そうだね」
「慎一ほどじゃないよ。慎一が留学したら、しばらくそう簡単には会えなくなるんだし、見送りには必ず行くからね」
真智子はそう言いながら、不意に胸がきゅっと苦しくなった。
「あ、そろそろ練馬駅だ。久しぶりに会えたんだし、今日は家の近くまで送ろうか?」
「大丈夫。いつも一人で帰ってるから」
練馬駅に着くとふたりは一緒に下車し、改札を出たところで立ち止まった。慎一は真智子をじっと見つめ、右手をそっと握った。
「じゃあ、また連絡するから。気をつけて帰れよ」
「慎一も気をつけてね」
真智子も慎一の左手をぎゅっと握り返した。
「じゃあ、また。ここで見送ってるから、真智子、先に行けよ」
「またね」
真智子はそっと慎一の手を離し、少しずつ後ずさりしながら手を振った。そして、後ろ髪ひかれるような思いを振り切り、大江戸線の方向に走り出した。
慎一は真智子が走っていく後ろ姿を見送りながら、ふと修司に連絡してみようと思いたった。
―修司、今、どうしてる?僕は今、真智子と久しぶりに会ったところ。実はもうすぐ留学するんだ―。
すると修司からすぐに返信が返ってきた。
―えっ!この前、芸大に受かったと思ったら、もう、留学かよ。で、どこに行くの?
―ハンガリーのブタベストにあるリスト音楽院―。
―ハンガリーってヨーロッパのどこらへんだったっけ―。
―オーストリアとルーマニアの間にある国だよ―。
―今、Google Mapで確認した。で、どれぐらい?
―短くて半年、長くて一年―。
―そうか。半年以上じゃ、長いよな。真智子、落ち込んでなかった?あいつ、なんでも深刻に受け止めるようなところあるからさ―。
―真智子は真智子で忙しそうだからね―。
―まあ、俺からも真智子のことは励ましておくけど、俺もしばらく真智子とは会ってないし、真智子もサッカーの試合の応援には今のところなかなか来てくれそうもないし、こっちはこっちで忙しいわけだ。で、日本を発つのはいつ頃?
―まだ、決まってないんだ。決まったら、連絡するよ―。
―了解。じゃあ、頑張れよ!
慎一はまだ、真智子や修司と出会ったばかりの頃にタイムスリップしたような感覚を覚えた。
―あの頃はよかったな。明日になれば、真智子や修司に会えたけど、今はそうはいかない。父さんにも留学のことを連絡しないといけないし―。
そんなことを思いながら、慎一は練馬駅から叔父の家へと帰途についた。
一方、真智子は家に帰り自分の部屋に入って携帯を鞄から出した時に修司からのメッセージが届いているのに気付いた。
―今さっき、連絡が入ったんだけど、慎一、留学することになったんだってな―。
真智子は慎一から修司にもう連絡が入っていることに内心、驚きつつ、返信した。
―うん。それで、さっき慎一と久しぶりに会って、食事したんだ。留学するとしばらく会えなくなるからね―。
そのまましばらく待ったが、メッセージは既読にはならないので、携帯を充電器に繋ぐと机に置いた。
―修司、もう、寝ちゃったかな?私も明日があるから、お風呂に入って、もう寝よう―。
真智子はそう思いながら、さっき慎一と会った時のことを思い出していた。留学が決まって慎一の表情はほんとうに生き生きしていた。自分の目標に向かってまっしぐらに進んでいく慎一―。慎一が帰ってきたときにまた笑顔で会えるように私もがんばらないと。そう、もうすぐ試験があるんだし、しばらく、慎一と会えないからって、落ち込んでなんていられないわ―。
気持ちを切り換えようと思い、真智子は明日の予定を確認した。
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