第73話 思い込んだら未練の道を
この国の王都を襲った『大崩壊』。
大陸中の魔物が王都に向かって進軍してくるという恐ろしいイベントが終わった。
負傷者は多かったし死者も出た。
エリカとアンナの思い出のスラムは徹底破壊されて、瓦礫を撤去された今はほぼ更地だ。
幸い住民はアンナの屋敷の広大な敷地の中に作られた避難所で無事だった。
家財道具は全て秘密の地下通路に移されている。
住むところさえ確保できればすぐに生活できる。
だがスラムの顔役、今は正式な冒険者ギルドのギルマスになったおやっさんは、自分たちの街は後でいいと復興支援を辞退した。
「せっかくだからどんな街にするかはみんなで考えたい」
関係者として二人にもアイデアの提供を求められている。
「と言われてもねえ」
「なんでも良いって言われたら、逆に何を提案しようか迷うわね」
皇帝夫婦と宰相家関係者のみに許された皇帝ひきこもり部屋。
復興やら再建やらでみんな忙しくしていて、今日はエリカとアンナの二人きりだ。
「アンナ、私ひとつ考えていることがあるの」
「なあに、エリカ」
今回の災難で親を亡くした子供が少なからずいる。
以前からある孤児院はすでに満杯だ。
だったら・・・。
「新しく孤児院を建てたらどうかと思うの。男女にわけて一つずつ。それならあまり大きな施設でなくても大丈夫でしょう ? 」
「まあ、そうね。年頃まで一緒に暮らすのもなんですし、家事は女児にまかせて男児は鍛錬と言う名の遊び放題の施設もありますものね」
だ、か、ら、とエリカは続ける。
「女の子に踊りや歌や演技を仕込んで、作りたいのよ、『ヅカ』を ! 」
「 ! 」
『ヅカ』。
それは百年以上続く世界でも類を見ない少女歌劇団。
未婚の女性のみによるミュージカルとレビュー。
男装の麗人による甘い囁き。
どこまでも華やかな夢の世界。
「あれを、あれをこの王都でやろうって言うの ?! 」
「ええ。ここでの娯楽と言えば吟遊詩人とお芝居。それと貴族による演奏会や独唱会。もっとこう、エンターテイメントなキラキラした夢一杯の胸が高鳴るようなものが欲しいのよ」
祭りの時に旅芸人による踊りなどはあるが、貴族、しかも高位侯爵夫人のアンナは見に行くことと出来ない。
まして皇后陛下のエリカはなおさらだ。
とは言え、二人とも変装して出かけてはいるのだが。
「ゆくゆくは大芝居、常設の専門劇場も建てたいわ」
「ヅカ大劇場ね ! 」
「いつかそれを見に世界中から人が王都に押し寄せるのよ ! 」
「ビバっ ! ヅカ ! 」
素晴らしい復興計画 !
二人は自分たちのアイデアに暫く興奮気味だった。
が、アンナはふと気が付いた。
「ねえ、その計画には穴があるわ」
「あら、何かしら、アンナ」
「この世界にはオーケストラがないのよ」
「あ・・・」
そうだ。
この世界、この帝国にはピアノはある。
ただしレベルはバイエル中級程度。
オーボエのような物やタンバリンのようなものもある。
リュートや簡単なハープも。
だがバイオリンに至ってはアンナの養女が『お取り寄せ』の魔法で手に入れた一台だけ。
そして演奏出来るのも一人だけである。
「・・・盲点だったわ。これだけの楽器じゃあの華やかな舞台は無理よ」
「せめてドラムがあれば盛り上がるのだけど」
この大陸でピアノが量産されているのは、過去に日本人ピアノ工房主が異世界転移してきたからだと言う。
せっかくなら他の楽器も作ってくれればよかったのに。
アンナの養女に知っている楽器を『お取り寄せ』して欲しいと頼んだら、とても懐かしくて体に演奏法が叩き込まれたアレを差し出された。
「くっ、何十年も触れていないのに、なんで演奏できちゃうのかしら」
「エリカ、これが扱えなきゃ日本人じゃないわよ」
そう、例えばラジオ体操、例えばオクラホマミキサー、そしてマイムマイム。
エリカとアンナの世代では音楽を聴けば体が動いて当たり前。
出来ないのなら日本人としてモグリとまで言われる。
「他の大陸には何か別の楽器があるのかしら」
「そうね。春には使節団が渡航するから、色々と調べてもらいましょうか」
せっかく思いついた計画なのだ。
頓挫なぞさせない、何年かかろうとも。
二人は決意も新たに、養女から手に入れたソプラノリコーダーで『やる気のない宇宙暗黒卿のテーマ』を奏でた。
侍女たちから力が抜けて仕事にならないから止めて欲しいという嘆願が出るまであと一時間。
そして十数年後、帝国に少女歌劇団『ヅカ・ド・シジル』が誕生する。
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『やるきのない宇宙暗黒卿のテーマ』は、ローカル路線バス旅、前回シリーズのレギュラーだったエビスさんのテーマ曲です。
もう少し二人の活躍を書きたかったのですが、これにて完結とさせていただきます。
お読みいただきありがとうございました。
世界初の乙女ゲームに転生しちゃったら ~だってレジェンドだもん ! たちばな わかこ @succala
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