第72話 攻略対象たちのその後

あの人たちをすっかり忘れていました。


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 ある日の昼下がり。

 春の大夜会が終わった直後。

 皇帝陛下の引き籠り部屋と呼ばれる御所の一角。

 ここに入ることが出来るのは皇帝と宰相の両夫婦。

 そして宰相の養女とその四人の近侍。

 たまに前侯爵と英雄と呼ばれる領都冒険者ギルドのマスター。

 だが今日は皇后エリカノーマと宰相夫人シルヴィアンナの二人だけだ。

 世話をする侍女はいないので、お茶の支度は自分たちでする。

 お茶請けは養女が『お取り寄せ』という魔法で提供してくれた前世のコンビニスナックだ。


「ポテチも随分と種類が増えたわねえ。色々あって楽しいわ。このワサビ味とか固いのとか、好きだわ」

「輸入食品と思わせて日本産の元祖ポテチのこれ。この素朴さが溜まらないわね』


 パリポリと大皿に盛られたそれを消費する音だけが響く。

 合間に飲むお茶は紅茶ではなく領都での定番グリーンティーだ。


「これって早摘みの玉露かしら。いい香りね」

「じつはほうじ茶も開発中なのよ。成功したら一番にもってくるわ」

「お番茶も欲しいわね。あと玄米茶とかも」


 やはりジャンクなスナックには日常飲まれているものが似合う。

 そう言えばアンナの地元で抹茶が製造されていると知ったエリカは、その伝手で抹茶スイーツを完成させた。

 父のチェーン店で展開し、今では王都観光の定番土産となっている。


「それにしても、まさか十年以上たった今になって昔の亡霊が出てくるとは思わなかったわ」

「ええ。これについては娘に感謝しなくては」


 アンナの養女はこの年明けから三月ほど西の大陸に行っていた。

 身分を隠して武者修行の冒険者としてである。

 そこでギルドを通じて某国の王から呼び出しを受けた。

 東の大陸出身者としての依頼だ。


「見つかったんですって、あの方たち ? 他大陸に売り飛ばされたかもとは思っていたけれど、見つかるとは思わなかったわ」

わたくしも連絡を受けたときはビックリしたわ。でも、お元気そうでよかった・・・」


 養女が受けた依頼は解放奴隷の身内への連絡。

 最後まで行方の分からなかった妃殿下教育の教師二人。

 西の大陸のさる王宮に売られた二人は、そこで必死に仕事に邁進した。

 その結果ついに奴隷の身分から解放され、正式な文官として採用されることになった。

 だが心残りは故郷に残してきた家族だ。

 一人は妻と子供たちがいた。

 もう一人には許嫁がいた。

 これらの関係をはっきりさせておきたいと思ったが、連絡するには毎年の交流親善使節団くらいしかない。

 そして残してきた家族の状況が分からなければ動きようがない。

 それを可能にしたのは養女の大陸を越えた『念話』という魔法だ。

 その日のうちに領都にいる仲間から連絡を受け、調査が始まった。


「つらい話だわ。まさかね、あんなことになっているなんて」

「仕方がないわ。誰も責められない。それより良くここまでお互い我慢したっておもわない ? 」


 妻と子供を残した一人。

 残された妻は一人で子育てし働き、巣立たせた。

 それを支えたのは夫の親友。

 金を出すわけでもなく、ただ心の支えとして傍にいた。

 子供たちはいつしか第二の父として尊敬し、何かあれば相談するような関係になった。

 その二人がついに結婚を決めたのがこの冬のはじめ。

 

「辛かったでしょうね。妻と子供の元に戻ることだけを励みに生きてきたというのに」

「けれど、家族の幸せを願って身を引いたのですわ。本当に、どちらにも罪はないのに」


 その教師は自分は奴隷に売られた後で死んだと伝えてくれと言った。

 家族のことを最後まで思っていたと。

 きっと親友が妻や子供を守ってくれると信じて逝ったと。


「あちらでは女伯爵の婿養子として迎えられるんですってね」

「ええ、ひたむきに働く姿が前伯爵の目にとまって、解放されるのなら是非にと。こちらの家族の事が心配だったけれど、幸せになるのならそれでいいとのことでしたわ」


 もう少ししたらあちらから親善使節が来る。

 その時に彼の遺書と幾らかの遺産が持って来られるはずだ。


「で、もう一人は ? 」

「彼はねえ」


 残された許嫁は彼を思って待った。

 まわりが何を言おうと、彼は必ず戻ると信じて待った。

 今は王宮女官として立派に仕事をしている。

 

「もしまだ待っていてくれるのなら、秋にあちらに戻られる親善使節団と一緒に渡航して欲しいんですって。その書簡ももうすぐ届くはずよ」

「なら残った賠償金からいくらか持たせましょう。あたしたちに関わったせいで苦労をかけちゃったもの」


 二人は口直しにアンナの持ってきた栗ようかんに手を伸ばす。


「美味しいわ。これ、どうやっても再現できなかったって父のところのパティシエが言ってたわ。なにかコツがあるのかしら」

「材料の産地が関係あるのかしらね。こちらで買ったものでは出来ないってうちのシェフも言ってたわ」


 甘い物の後はしょっぱい物。

 柚子胡椒味のポテチを大皿にあけようとして、エリカははたと手を止めた。


「ねえ、アンナ。ポテチって最後に残ったカスが美味しいのよね」

「・・・エリカ。いくらなんでもそれはあまりにお行儀が悪いわ」

「でも、好きなのよ。ほら、誰も見ていないことだし、ね ? 」

「しかたありませんわね。一回だけよ、見逃すのは」


 しばらくしてやっと休憩時間をとれた皇帝と宰相が見たのは、お上品なドレスを着て天井を向いてポテチの袋を口に当てる皇后陛下の姿だった。


わたくし、止めましたのよ、一応」

「最後まで止めてもらいたかった」

「だって、だって、もう一度やってみたかったんだもん。いいじゃない、一回くらい」

「あー、わかったが、口の周りに色々ついてるぞ。若い連中が来る前に拭きなさい」


 皇帝ヨサファートはポケットからハンカチを出してエリカの口元を拭いてやる。

 扉が叩かれてアンナの養女たちが入ってくる。

 エリカの大人の尊厳はギリギリ守られた。


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後一話続きます。

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