廻る星の叙情詩

大葉スウグ

東の大陸

鷹匠一族、運び屋バク

 西の大陸には大きな文明が栄えた。そびえたつ山が開拓され、そこに沢山の人が住まい、魔獣など一薙ぎにしてしまうほどの大きな鉄の塊が走っている――


 そう祖父から聞いたことがある。自分もいつか、あの大陸を目指して旅をする日が来るのだろうか?足袋の留め具を締めながら、東の大陸に住む運び屋“バク ウジョウ”は将来へ思いを巡らせていた。

「じゃあ、いってきます」

 立ち上がり家を振りかえる。短く切った髪の代わりになびくのは閉じた目のが描かれた珍妙な眼帯だ。端についた金属の重りが前を向けと言うように、頭を後ろから引っ張っていた。

「いってらっしゃい、おにい!」

「おにい、帰ったらお話またきかせて?」

「お土産宜しく!」

 弟たちがわらわらとお見送り。長男が独立してからというものの、次は二男の自分がこの立ち位置になった。頼られる事は喜ばしいと同時に責任を感じる複雑な心境だ。人に甘えるような歳はとうに過ぎ去ったが、自分が一人前の男かと問われればまだ自信を持って頷くには至らず。

 弟たちの頭を撫でていると、台所から母が顔を覗かせた。

「あんた、お弁当!わすれてるよ」

 背負った木箱の中身を思い返す。依頼の手荷物がふたつ、道中立ち寄る社の供え物、替えの足袋、気持ち程度の小銭。

「あ、本当だ」

「帰りにわらびをとっておいで。お浸し好きでしょ」

 皐月に差し掛かった今の時期はわらびの旬の季節。里山で取れる山菜はどれも香りが強く肉厚で、それを生業にする物もいるほどおいしいのだ。木箱へお弁当を積め込んで、芽吹く山菜に思いをはせる。バクは一家の見送りを背中に受けて、軽快に歩き出した。


 山の中腹に来たところで、日本でいう所の鳥居に似た門の端をくぐる。

「土の精獣――地堰帝ジェンティ様、道中一族の安全をお守りくだ、さい」

 この世界には東西海を越えて、出自を同じとする宗教が小規模ながら存在した。その宗派は七つにも及び、そのうち一つの社が東の大陸に存在する。西の大陸ではこの社を“祠”と呼ぶらしいが……あちらは厳格に管理されており、一般人が入る事は許されないとか。

 家内安全を祈願していると、頭上の枝が風以外の力を受けてざわめきだした。

「おろ、おろろ、バクの次男坊ではござらんか」

 木の陰がしゅん、と小さくなったような錯覚。着地の音にしてはやけに軽い足音をたて、眼前に柔らかい男の声が降ってきた。自分はこの声を知っている。

「いつも唐突、すね。ロク様」

「鷲の事は羽風と呼んでくれ、と言ったでござろう?」

 守護獣“ロク ハカゼ”。精獣の下につく、信仰される側の存在だ。人の姿を模倣しているが、所々人のソレではない耳と鳥の尾。男の声色にしてはやたら伸びた髪を煌びやかな羽根飾りが彩る。着飾るものはどれも里の者からの献上品、と聞いたことがあった。

「また人と馴れあうな、とかおしかりを受ける、すよ」

「はっは。なればこれは秘密でござるな。ところで次男坊殿、その目隠しはいめぇじちぇんじという物か?」

 着物の袖で扇がれた前髪が、眼帯を撫でる。両目を覆った眼帯、以前ここを訪れた時にはなかったものだ。

「ああ、いえ。蔵を掃除していて見つけたん、すが。その……」


 事は数か月前にさかのぼる。


 親戚の一人が亡くなり喪が明けた頃――遺品の整理をするため、バクは親族の家へ駆り出された。脚が悪かった家人の部屋は掃除もままならなかったのか埃にまみれ、時折飛び出す害虫と格闘する羽目になったわけだが、なんとか数人がかりで母屋の掃除を進めた。

「蔵、随分古い物らしいのよね。お礼をあまり包めないから代わりに売れそうなものを持っていっていいわよ」

 そんな言葉を受けて、次は蔵の掃除へ取り掛かる。出るわ出るわ、何が描かれているのかわからない巻物に、陽に焼けた掛け軸、得体のしれない書物に怪しげなお面。これをすべて売り払って何食分のお金に変わるやら。

 しかし、ため息を深くつき傾いだ視線の先に気になる箱を見つけた。先ほどまでは気にも留めなかったが、長年積もった埃の層を掃うと黒い漆塗りの光沢が顔を出す。誘われるように箱の紐をといて出てきたものは、なんとびっくり。布切れにただ落書きを施しただけのような、一本の眼帯だった。

 期待をしていただけに、自分の口からうぇ、と苦い声が漏れる。誰かがいたずらで入れたものだろうか、それとも特別な装備品なのか。効果の程を確かめてみようと、何気なく顔に巻いて――――


「外れなくなった……でござるか」

「はい。悲しい事に」

「次男坊殿、顔が見えぬ故に本当に悲しんでいるのかわかりかねるでござる」

「悲しいに決まってるじゃない、すか!」

 閉眼を示す絵を指してつい声を荒げる。蔵にあった古い書物によればこの眼帯、舞台に使用されたものだったらしい。感情を顔に出さない代わりに装飾品で表現していて、これは本来喜びを表すもの。

「もし正しくつけていたら年がら年中笑顔の自分が……」

「は、は、はっはっはっはっは!」

 堪え切れなくなったロクが、ついに大口を開けて笑いだす。

「笑わないでほしい、す」

「かたじけない。これでも次男坊殿を憂いておる故。しかしのう、呪いでもかけられておったのでござるか?」

 ふうふう、まだ息を切らせながらもようやく元の調子へ戻ったロクを確認して、渋々話を続ける。親に診てもらったところ呪術の一種ではあるようだが、解呪の方法まではわからなかった。あげく呼び名が“接着剤の呪い”ときたものだから、格好が悪くて仕方ない。

「ですので、今は様子見するしかないん、す」

「鷲はどうすることもできぬしの。顔を出さなかったのはそれでござるか」

 彼の言葉に軽く頷く。自分は神が万能ではない事を理解している。まして、個人の問題を解決する願い事となれば尚のこと。神は民一人一人ではなく、“人間”や“家”という大きなくくりで見ているのだ。

「はっは、前向きに捉えるならば、隠れたのが眼でよかったでござるな。口では食事をとれぬし、あ、あと次男坊殿は顔が怖いと言われておったのでは?」

「…………おっしゃる通りでございます」

「ああっ次男坊殿~~~!機嫌を悪くしないでほしいのでござる!」

 事実、近所の奥方や親戚の子供からは怖がられていた。だから一層優しくあろうと、日々言動には気をつけているのである。最も、この守護獣の前では何故か素が出がちなのだが。

「それはもういいですよ、ロク様。では自分、今日はこれで失礼、します、ので」

 お供え物の大福を渡すと、ロクは機嫌良く飛び跳ねた。

「おろ。もうそんな時間がたっておったか…」

「次はわらび餅でもどう、すか」

「雨粒のようなあの透き通った餅でござるか!良い良い、バクの土産物はどれも美味でござるからの。期待しておる」


仕事が終わったら、わらびをたっぷり採って帰ろう。

家族と、あの守護獣の分も追加して。

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廻る星の叙情詩 大葉スウグ @oobasuugu

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