第36話:決戦

 地鳴りが続いている。


 この建物もいつまで形を保てるかわからない。物理耐性はあるものの、魔力で構築されているということは、中にいる怪人が全滅すれば自然に崩落するということだ。


 大会議室は『有識者』の緊急会議に使われることとなり、僕は追い出されてしまった。役に立てることもなさそうなので、小会議室でおとなしく待つことにした。備え付けのドリンクサーバーから抽出されるコーヒーがなかなかに美味なのだ。設定温度が高すぎるのが難点だが。

 本来この状況で話し合いなどしている余裕はないはずだが、戦闘力のない彼らには頭脳をフル活用することこそが戦いなのかもしれない。もっとも、勝つこと以外に現状を打破する手段はない。


 今はノスタルジーとレイヴンを筆頭に、魔王城にいる怪人がほぼ全員出撃している。怪人もどきだからか、僕にはお呼びがかからなかった。


 亀裂の入った壁に手を当てる。木材でもコンクリートでもない粘土のような手触りの物質は、冷たく滑らかだ。


「……」


 ミイラ怪人からの報告は二つあった。


 一つ目は、第九十九代目魔王こと第九十九代内閣総理大臣・阿藤黒三の死亡。緊急特番をやっているチャンネルもあるが、報道できる事実が少ないからか、アナウンサーが同じような情報を何度も伝えている。護衛のコメントだけでも、もう五回は流れている。


『国会へ移動する車中で、前かがみになって苦しみだして……。はじめは有毒ガスを疑ったのですが、ドライバー含め、我々には何の異変もありませんでしたから。直前に食事や飲み物を召し上がったということもありませんし、外傷は一切見当たりませんでした。病院は何も教えてくれないので、これ以上は……』


 阿藤の死因は、中毒によるものというのが有力らしい。即効性の劇物なら、車の中にいた誰かが犯人ということになるが、遅効性だとしたら、いつ盛られたのか見当のつけようがない。一日に何百人と接触する、この国のトップなのだから。


 二つ目は、訃報とほぼ同時に、ヒーローが魔王城を襲撃してきたこと。NHDAに所属するつわものの約七割が集結しているという。現在、堕人が総動員で時間を稼いでいる状況だ。


 ブリリアントを失ったとはいえ、『豪炎ごうえん』のアグニ、『最後の戦士』ことオメガ、『百刀流』のハンドレイなど、主力が揃っているとなると大幹部でも一筋縄ではいかないだろう。レイヴンは先の内紛で半身を失っている。また、ノスタルジーも全力を出せる状態ではない。撚蛇の二割近くを探索に出しているだけでなく、主君を失った悲しみの中戦いに赴かなければならないのだから。そんな中、数で押し切られたらどこまで魔力と体力が持つか。


 さらに、直前に入ってきた情報では、前線にいた怪人レイニー・デイが、突如暴走を始めたという。味方であるはずの怪人や堕人に、次々斬りかかっているらしい。


『悪を根絶するためだったら、悪魔に魂を売ったって構わない』


 僕は、空き教室での花村ちぐさの決意を思い出していた。


 この部屋にも撚蛇が一匹床を這っているものの、主が戦闘に集中しているからか、監視カメラの役割は果たせていないようだ。


「ここが年貢の納め時、ってやつかな」


 天井を仰ぎ、一人ごちる。


「よく言うよ」


 小会議室の扉がゆっくり開く。


 隙間から現れたのは、青く輝く艶やかな髪。

 すらっとした足が入ってくる。黒のストッキング越しでもわかる、きめ細やかな肌。


「カフェオレを一杯、淹れてくれ」


 ポンチョがマントのように揺れた。さながら聖騎士様の登場だ。いや、黒装束のこの外見じゃ、暗黒騎士の方か。


「昨日帰ってこなかったから持ってきましたよ。ほら」


 加糖と書かれた紙パックを、テーブルの向かいに置く。


「会いたかったです、ミモリさん」


「私もだよ、課長くん」


 ミモリの大きな瞳が、細くなる。

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