第35話:緊急事態

「以上がことのあらましです」


 動画再生の終わったスマホを下ろし、話を締めくくった。


「怜奈を堕落対象に選んだこと自体が間違いだったんです。第一課長は彼女の心の支柱を破壊することを目論んでいたようですが、そんなもの、最初から存在しなかった。あなたは日頃から見下しているヒーローの見習いに、一杯食わされたんですよ」

「……そんなはずがあるか……。このボクが、ターゲットを見誤るなんて……」


 ノスタルジーは拳を震わせ、小刻みに歯を鳴らしていた。


「当初の予定通り、僕が三森鏡子に助けられた少年で、今は怪人ペストをやっているなんて暴露していたら、今ごろヒーローたちに捕まってましたよ。拷問に耐えかねて、うっかり本部の場所を吐いていたかもしれませんね」


 普段は上司相手に、こんな軽口をたたくことはしない。緊張から解放されて、僕も少し気が緩んだのかもしれない。


「そうだ……。どうせキミたちはグルなんだろう? 撮影前にあらかじめ口裏を合わせて、一芝居打ったんだ。ボクに恥をかかせるために……」

「さすがに昨日知り合ったばかりのヒーロー候補生にそこまで心開いちゃいませんよ。これでも一応、魔王軍幹部なんで」


 一度は落ち着きを取り戻した、ノスタルジーに絡みつく黒いオーラの大蛇たちが再びうねり始める。


「そんな戯言信じられるか……。ボクはこれまでずっと、人事課のリーダーとしてトップの成績を収め続けてきたんだ……。それをこんな、未成年の子どもに読み負けるなんて……」


 隠しておくべき本音が漏れてしまっている。はじめは僕を嵌めようとしているのかとも勘繰ったが、どうやら本気だったらしい。


「……殺す。石神怜奈を、ぶち殺す」


 ノスタルジーの両目が赤く光を帯びていた。無数の蛇は牙を見せ、威嚇のポーズをとる。


「怪人を舐めたらどうなるか教えてやろうじゃないか。ヒーロー候補生? ガキが粋がりやがって。泣いて全裸で土下座するまでいたぶってやる」

「私怨で民間人を襲うなんてご法度ですよ」

「うるさい、ボクに指図をするな。どうせ裏でキミが一枚噛んでいるんだろう。この裏切り者め。後で『有識者』たちに真相を暴かせて、糾弾してやるから覚悟しておけ」


 冷静さを欠いたノスタルジーには聡明さの欠片もなく、まるでクレーマーのようだ。こうなると他人の助言にはまったく耳を貸さなくなる。自信家なのは結構だが、あまり周りを蔑ろにすると、いつか部下から見切られてしまうぞ。


 どう事態を丸く収めるか思案していると、大会議室のドアが勢いよく開いた。


「たっ……大変です! ノスタルジー様!」


 現れたのは、幹部クラス以下でも数少ない、言語を扱えるミイラ型の怪人だった。戦闘力こそ大したことはないが、事務処理能力は魔王軍でも随一と評判だ。

 ミイラ怪人は荒ぶるノスタルジーを見て一瞬ひるんだが、意を決したように口を開いた。


「き、緊急のご報告です。何卒、落ち着いてお聞きください」


 僕の手中にあったスマホが震える。画面に表示されていたのはニュースアプリのお知らせだった。大地震や怪人の発生など、大きな報道があった時にだけ通知が来るように設定してある。


「……え?」


 そこに書いてあったのは、文字通り国家を揺るがす大事件だった。



『内閣総理大臣・阿藤黒三こくぞう、心肺停止』



「魔王様が……暗殺されました」

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