第27話:懐旧

「男子高校生の家とは思えない殺風景な空間だね。シンプルすぎて、威圧感すら感じるよ。女の子を呼んだっていいムードにはならないだろう。こんなところでダラダラできる女の気が知れないよ」


 元上司をソファに案内し、僕が飲むはずだったコーヒーを目の前に置く。紅茶党だったと思うが、準備が面倒だからいいや。


「一課のノルマはここ二か月未達らしいじゃないか。原因は上司がこんなところで油を売っているからじゃないか? なあ、エヌ


 涼しい顔で答えるミモリ。だが言葉は荒々しくささくれ立っていた。


 不穏な空気が室内を包んでいる。


 この二人は仲が悪い。その理由は軍のトップにある。


 Nことノスタルジーは、魔王様のことが好きすぎるのだ。それは崇拝や心酔をとっくに超越しており、もはや恋と呼んで差し障りない。ジジ専……とは違うか。現在の魔王軍が発足してから、ノスタルジーは魔王様を常に一番近いところで支えてきた。


 そこに突如現れたのがミモリである。魔王様は暇さえあれば愛人と一緒の時間を過ごすようになった。当然、古株からすれば面白いはずがない。要は嫉妬である。


 僕が人事一課にいた頃、二人は顔を合わせるたびに嫌味を言い合っていた。この光景を間近で眺めるのもずいぶんと久しぶりだ。


「それで、今日はどうしてここに?」

「魔王様がお探しだよ」

「え、僕ですか?」

「そんなわけないだろう」


 忌々しげに、僕の隣に視線を向けるノスタルジー。


「ここにいると思ったら、やっぱりだ。魔王様という方がありながら他の男の家に行くなんて信じられないな」

「私はただ暇をつぶしているだけだ」

「その割にはずいぶんくつろいでいるようだが」

「あいつは一見鷹揚だが、存外気が短くてな。同じ空間にずっと一緒にいると疲れるんだよ。この少年の方がよっぽど大きな器を持っているかもな」

「魔王様を悪く言うな、殺すぞ」

「そうしたらあいつは悲しむだろうな。主君をわざと困らせるなど、できそこないの臣下がいたものだ」


 二人の間でバチバチと火花が散っている。


 しかし発火する前に、ミモリはすっと立ち上がり、帰り支度を始める。


 心がもやもやする。勝手に事務所に上がられるのは困るし、宿代わりにされるのも落ち着かないが、魔王様を理由に帰ると言われるのもいい気分じゃない。


「あ、そうだ」


 玄関で、ミモリは首だけ振り向いた。


「課長くん、明日の夜には戻るから、カフェオレを補充しておいてくれ」

「は、はい。わかりました」

「……どうかしたか?」

「いえ、何も」


 表情と感情を消し、ソファに座ったまま見送る。

 視線を戻すと、テーブルに肘をつけたノスタルジーが僕をまじまじと眺めていた。


「さて、邪魔者も消えたことだし、本題に入ろうか」

「……嘘だったんですか、魔王様が呼んでいるって」

「本当さ。ま、彼女がいない方が好都合だけど」


 光沢のない、濁った瞳。相変わらず何を考えているかわからない人だ。人じゃないけど。


「このところ、我々人事課に課せられる業務の量が著しく増加している」

「ええ」


 一課もこの事態を感じ取っていたか。まあ、これだけ忙しくなれば嫌でも気づいてしまうだろう。


「ボクたちもなかなか現状に苦慮していてね。世間の怪人に対する警戒も厳しいし、身内にも計画を上書きされてしまうしね」

「もしかして、レインの件を根に持ってます?」


 今から半年前。とある女子高生の堕落計画が実行に移された。内容はヒーロー・レインに人間を殺害させるというものだ。彼女は怪人のでき損ないである堕人の首を刎ねたつもりが、その正体は実の妹だった。強盗に両親を殺され、姉妹二人で生きてきたレインにとって、この現実は受け入れがたいものだった。結果、レインは己の犯した罪を受け止めきれずに堕落し、怪人と化した。


 当初の計画では、部活終わりにショッピングモールに遊びにきた花村千花を、四堕羅のアルケニーが見せしめに殺害し、それにショックを受けた部活の仲間を堕落させるという見立てだった。姉の花村ちぐさを堕落させる予定などなく、激昂して冷静さを失った彼女を迎え撃とうとしていたらしい。


 甘すぎる。


 ヒーローを、人間を、舐めすぎだ。


 人はそう簡単には絶望しない。


 なぜなら、誰しも一人きりでは生きていないからだ。


 困った時、悲しい時、寂しい時には、手を差し伸べてくれる人がいる。怪人になりかけた僕を、お姉さんが救ってくれたように。


「いや、確かに計画はずさんなものだった。あれは部下に一任していたボクの責任でもあるからね。キミにフォローしてくれて助かったよ」


 ノスタルジーは曖昧な笑みを浮かべ、上辺だけの感謝を述べる。


 計画が審査を通ってしまった以上、千花の死は決定事項だった。当初の計画が実行に移されていたら、彼女は無駄死にだっただろう。


「だからこれは詫びとか貸し借りとかの話じゃなくてね」


 ダブルクリップで閉じたA四の紙束が、僕の目の前に置かれる。


「次の計画をキミにも手伝ってほしい」


 詫びでも貸し借りでもない、ねえ。


 だったらヘルプか? それともノルマ未達の連帯責任か?


 喉から出かかった言葉を飲み込み、表紙をまじまじと眺める。


 女子高生遺族堕落計画。捻りのない、覚えた十秒後には忘れてしまいそうなタイトルだ。


「ターゲットは、七年前に怪人がらみの事件で姉を失った女子高生だ。確かもうすぐ、高校三年生だったかな? キミと同学年だね」

「正直、あまり気乗りがしませんね」


 僕は思いのままに答える。


「同族を貶める行為に、未だに良心の呵責があるということかい?」

「一人での仕事に慣れすぎたっていうのもありますけれど、二課も忙しいんですよ。このままだと僕もノルマに到達するか怪しいところで」

「それなら心配いらないよ。この計画が成功した暁には、二課の手柄ということにしてもらって構わない。一課はサポートという形で加わるから、基本的に計画の駒として参加するのはキミだけだ」

「……それって、一課に何の得があるんですか?」

「得とか営業成績とかそういうことじゃないんだ。ボクは純粋に、魔王様のお役に立ちたいんだよ。先義後利ってやつさ」


 志はご大層だが、管理職として課の利益を後回しにするのはいかがなものだろうか。計画が成功して良質な怪人が生まれるのであれば組織のためにはなるが、ただでさえ成績の振るわない一課の立場が危うくなるのではないか。


 表紙をめくると、対象となる女子高生の顔写真が載っていた。


 盗撮したものであろう、空き地に花を手向けている最中の、女子の横顔が映っている。黒髪と凛々しい瞳が印象的だ。制服には見覚えがある。僕の地元の隣町にある高校のものだ。偏差値七十を超えるエリート校。白を基調としたブレザーからは、気品と清楚さが感じられる。


「薄幸の美少女、って言うのかな。優しそうでどことなく大人びた雰囲気があって、でも寂しさのようなものも併せ持っていて……。アイドルにでもなったら人気が出そうな子だよね」


 この顔、どこかで見たことがあるような……。少なくとも知り合いではない。だが、赤の他人かと問われれば、ただちに否定できない引っかかりがある。

 プロフィールを確認しても、心当たりはない。居住地こそ僕が生まれ育った家からそう遠くないが、学歴を見てもアルバイト先を見ても、違和感の正体が判然としない。なかなか真相に近づけないのは、この計画書には対象の氏名が記載されていないからだろうか。


「それで、この人の名前は?」


「石神怜奈れいな


「……石神、ですか?」


「怜奈の姉は、七年前に怪人に殺された。いや、正確に言えば怪人に襲われた少年を助けようとして、闇に呑まれたんだ。それが原因で夫婦仲が不和になり両親が離婚して、母親の名字に変わったのさ」

「……事件当時のフルネームは」


「三森怜奈。死んだ姉の名は、三森鏡子」


 ノスタルジーが、地の底から恨めしく見上げるような、暗い笑みを作った。


 そうか、写真の背景に見覚えがあると思ったら、僕の家の前だ。


「つまり、僕が死なせてしまったお姉さんの妹ということですね?」


 この男、わざと名前を隠していたな。僕の反応を見るために。このサディストめ。


「キミが責任を感じる必要はないさ。諸悪の根源は、目の前でキミの両親を殺害したアルケニー、そして計画を立案したボクだ」


 悪びれる様子もなく、「責めてくれて構わない」とでも言いたげに両手を広げる。


「……それで、どうしてこの子なんですか?」


 僕はノスタルジーの動作を無視して、話を続ける。


「もうすぐラッキーセブンななんだ」

「はい?」

「七周年さ。鏡子が死んでからちょうど七年になる。当日、怜奈はきっと現場を訪れるだろう。いや、彼女はなんでもない日にもよくあの場所でぼうっとしている姿が目撃されている。きっと人生に悩んだ時、人間関係がうまくいかない時、寂しさを感じた時、姉を思い出した時、あそこでチャネリングでもしているんだろうね」


 怪人に連れ去られていなかったら、今も人として暮らしていたら、僕もきっと同じようなことを習慣にしていただろう。


「そこにキミが現れて、怜奈に言い放つのさ。『姉を死なせたのは自分だ』ってね。そしてペストに変身し、怪人は人間たちの生活に溶け込んでいること、いつでも人間を手にかけられることを知らしめてやるのさ。恐怖と怒りで怜奈は我を失い、怪人と化す」


 胸を張り、自慢げに全容を語るノスタルジー。


「いくつかブラッシュアップするべき点はありますが、方向性は悪くないと思います」

「第二課長氏は相変わらず手厳しいな。さすがは世界一感情の豊かな種族、人間様だ。念のため訊くけど、協力してくれるってことでいいんだね?」


 計画とも呼べないほどのずさんな内容だが、ある意味好都合だ。


「手柄もいただけるとのことですし、いいですよ。条件つきですが」

「条件?」


 眉をひくりと動かし、ノスタルジーの顔から笑みが消える。


「教えてください。七年前、どうして僕を襲ったんですか?」


 ずっと気になっていたことだ。うちの家系はヒーローや怪人とは無関係だし、僕自身特殊な力を持っていたわけでもない。当時小学生だった僕が怪人になったところで、大した戦力にはならなかっただろう。


「答えてくれたら、協力しますよ」


 テーブルを挟んで、親の敵を見据える。

 返答によっては、この場でノスタルジーを殴り殺してしまうかもしれない。


「……怪人は、人間の心が堕落した果てに生まれる存在だ」

「はい」

「ゆえに、感情の揺れ動きが大きい思春期の少年少女がターゲットとなることが多い」

「ええ」

「では、思春期になる前の小さな子どもはどうなのか? 彼らはまだ、自分が怒ったり泣いたり笑ったりするスイッチをコントロールしきれていない。精神が絶望一色に染まった時、怪人や堕人と化すのか、それともただの抜け殻になるのか、確かめてみたかった」


 まるで、科学者に憧れる少年のような動機だ。


「質問に答えよう。キミをターゲットとした理由、それは『実験』だ。具体的に言うのなら、キミが幼い子どもだったからだ。ただ一つ、勘違いしないでほしい。キミは何万人、何十万人といる全国の小学生からなぜ自分が選ばれたのかまで知りたいようだが、それについてはただの偶然さ。しいて言えば、ボクがゲーム屋を通り過ぎた時、ほくほく顔のキミが視界に入ったから、かな?」


 誰でも良かった。


 ニュースでよく殺人犯が言っている動機だ。


「それだけ、ですか?」

「うん、それだけ。運が悪かったね」

「……そうですか。わかりました」


 真相を知って、心はざわつくでも波打つでもなく、平静なままだった。

 何も変わらない。怒りも、嘆きも、無力感すら湧いてこない。


 なんて、あっけない。


「あれ? てっきり殴りかかられるかと思ったのに。そうしたら反撃ついでに嬲り殺してやろうと思ったのに」


 あっけらかんと、悪びれない様子でノスタルジーはぶっちゃけた。


「今さら怒ったところで両親が帰ってくるわけでもないですから」

「相変わらず冷めてるよねえ。キミ以外にも何人か同じ目に遭わせたけれど、他の子は泣きじゃくるか茫然として終わりだもの。実験は失敗。キミは自分を普通だと思っているみたいだけれど、そこまで割り切れる子どもはいないからね。そういう意味では、キミは特別だよ」

「ありがとうございます」


 そうだ。やっぱり僕は。


 僕がここにいる理由は、一つしかなかった。


「話はこれで終わりですよね? コーヒー飲んだら帰ってくださいね」


 ソファから立ち上がり、新しくお湯を沸かしに流し台へ移動する。


「フェニックス」


 リビングから聞こえたその単語に、コーヒーを作る手を止める。


「今日、ここに来なかったかい?」

「来ましたよ。午前中に」

「何をしに?」


 僕は慎重に言葉を選ぶ。


「いつも通り、軽い近況報告と雑談ですよ」


『鶏が先か、卵が先か』って言葉があるだろ? 鶏と卵、どっちが先に生まれたのかって問いだよ。俺は常々疑問に思っていることがあるんだ。

 親子丼って、どっちが『親』なんだ?

 鶏か? それとも卵か?

 それが確定するまでは、親子丼なんて気軽に呼ぶべきじゃないぜ。

 親だと思って食べたものが、実は子かもしれねえんだ。

 因果性のジレンマが気になって気になって、メシに集中できやしねえ。

 あ? 不死鳥である俺が、鶏肉や鶏卵を食うのかって?

 当たり前だろ。人間にだって食人文化はあるだろうが。

 俺の一番の好物はチキン南蛮だぜ、タルタルソースたっぷりのな、ケケ。


「……なんて言ってましたが」

「連絡が取れないんだよね。どこ行くとか言ってなかった?」

「さあ?」


 普段からフェニックスの軽口に聞き飽きているからか、僕のモノマネは完全にスルーされた。


「ほら最近、魔王軍の内部も物騒だから心配でね。レイヴンも襲われたばかりだし」


 数日前。魔王軍特別官房付であるレイヴンの部下が、一斉に反逆を起こした。目的は、新たな四堕羅の就任だ。ただでさえ普段から単独行動が多く、求心力の低い彼が襲撃を受けたことは不自然ではなかった。むしろ、これまで部下が黙ってついてきたことの方が不思議なくらいだ。鬼形香火の一件でレイヴンは最高幹部のポストを失った。その空席に座るためには、元ボスの首を取るのが一番だと考えたのだろう。


 クーデターの結果は、レイヴンの辛勝。百人近い部下を、たった一人で全滅させてしまったのだ。死体の処理には本社の怪人総動員だったという。


 だが勝利の代償も大きかった。チームは壊滅し、本人も右腕を失う大怪我を負った。今では百人どころか二人を同時に相手にするのも難しいかもしれない。


「キミも聞いたことくらいはあるだろう? 魔王軍の内部にNHDAの内通者がいるらしいということを。いや、らしいではなくこれは紛れもない事実だ。裏切り者が、雑魚どもを焚きつけた可能性だってある」


 どこまでも食えない男だ。計画の依頼というのは建て前で、本当はこっちを訊きたかったんじゃないか? 裏切り者はお前なんだろう、って。さらっと話題に出したようで、声色が二段階くらい低くなっている。これは本気のトーンだ。長年この男の下で働いていれば、嫌でもわかる。


「僕は裏切ってなんかいませんよ」

「もちろん、ボクはキミを信じているよ」


 まあ、白々しい。


「フェニックスは不死鳥としての再生能力だけで、四堕羅まで上り詰めたような男だからなあ。戦闘はもっぱら後方支援タイプで部下をバンバン投入して、自らが前線に立つことはまずないし。数で一気に攻め込まれたらけちょんけちょんだろうね。不意を突かれたら人間にだって負けるかもしれない」

「リンチされているところを週刊誌にでも撮られたら、四堕羅の威厳がガタ落ちですね」


 怪人とはいえ、さすがに身内が醜態をさらしているところは見たくない。


「まあ、少なくとも死んではいないと思いますよ」


 流し台に置いてある、燃える羽根の根元をつまみ、ノスタルジーに見せつける。これは午前中にフェニックスが来訪した際、火種として拝借したものだ。ここ最近は、学校が終わってから日付が変わる時間まで仕事に追われておりろくに食事もとっていない。空腹はさほど気にならないものの、カフェインが尽きてしまうのは僕としてはかなりきつい。いよいよ新品のIHの購入を検討しているのだが、それまでのつなぎとしてフェニックスの羽根をコンロ代わりにさせてもらっている。この火種は、本人の身体から抜けても三日間は燃え続ける。


「なるほど。確かにあいつが絶命したとしたら、炎は消えてしまうからね」

「とはいえ、監禁という可能性も残されていますが」

「手も足も使わずに自由に炎を操れる者が拘束されているとは考えにくいね。人質もとい怪人質かいじんじちをとられているわけでもないだろうし」

「ここに来ることがあれば、本社に連絡入れるよう伝えておきますよ」

「うん、お願いね」


 ノスタルジーはマグカップを傾け、ぬるくなったコーヒーを一気に飲み干した。


「ボクはね、魔王様の力になりたいだけなんだ。逆を言えば、あのお方の邪魔をするやつは誰であろうと全力で排除する。たとえ相手が仲間であろうとね」


 金色の瞳が、猫のそれのように縦に細くなる。


 五裂のアルケニー。

 黒の貴公子、レイヴン。

 輪廻炎帝りんねえんてい、フェニックス。

 懐旧かいきゅう、ノスタルジー。


 四堕羅の中でも、この男は群を抜いて強い。魔力と戦闘力でいえば、魔王様をも凌駕しているという声も少なくない。僕の目から見ても、魔王軍で一番強いのはノスタルジーだ。


 記憶に新しいのは、名実ともに歴代ナンバーワンヒーローとも呼ばれたエレガントとの戦いだ。当初この二人の決戦は、丸三日かかるとも一週間続くとも予想されていた。どちらが勝利するか、あちこちで賭けが行われていたくらいだ。もちろんその賭博を牛耳っていたのはこの国である。


 ところが戦闘が始まってみれば、決着は一瞬だった。


 戦いが始まったと周りが気づいた頃には、エレガントが仰向けに倒れていた。


 互いに真剣勝負だったはずだが、ここまであっけないとヤラセという声はほとんど上がらなかった。


 それほどまでに圧倒的な力が、懐旧という二つ名の由来だ。


 


 なお、二代目エレガントともてはやされた息子のブリリアントが盗撮で逮捕されたこととはまったく関係がない。


 ノスタルジーを見送り、ソファに座り直す。テーブルに置かれた企画書のダブルクリップを外し、表紙を最後尾に回す。


「石神怜奈……」


 お姉さんの妹という少女の顔写真をまじまじと眺める。肩に触れるか触れないかくらいの長さの黒髪と、凛々しい瞳が印象的だ。顔のパーツの一つひとつは綺麗な形をしているが、なだらかな眉と物憂げな表情からか、全体的に柔らかい雰囲気で、姉とは対照的だ。


「もしこの子を堕落させたとしたら、お姉さんに二度と合わせる顔がないな」


 一人きりになった部屋で、確認のようにつぶやく。


 僕の脳裏には、二人の女性が浮かんでいる。その二人とは出会った時期も関係も異なるが、不思議と似たような付き合い方をしている気がする。僕の意思や想いは一方通行で、自由奔放な彼女についていくのが精いっぱいだ。


 お姉さんの命日は明後日。


 ミモリは明日の夜には戻ると言っていた。


 僕に残された時間は限られている。

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