第3章:欺瞞の仮面

第24話:架空の正義

 土曜日の昼下がり。母さんの作ったべちゃべちゃのチャーハンを胃に収めてから、据え置きゲーム機の電源を起動する。コントローラーの横には、既に砂糖&ミルク入りのコーヒーを用意してある。


 宿題は金曜日の夜に全部終わらせた。外出の用事もない。父さんは休日出勤で夜まで戻らないので、ゲームの時間制限もない。


 最高の休日だ。


 テレビゲームは、僕の唯一の趣味だ。


 好きなジャンルは、一昔前のRPG。勧善懲悪、単純明快なのがポイントだ。彼らは現実と違って、迷ったり悩んだりしても、最終的には人生の正解にたどり着く。


 正義を愛し、悪を憎む。


 最近のファンタジーは、キャラクターの思考が小難しくてあまり好きじゃない。やたら過去が重いし、ハッピーエンドとも限らないし。


 クラスでテレビゲームが好きだという子は他にいない。わざわざ架空の世界に身を投じなくても、世の中にはいくらでもヒーローがいるからだ。実体のない勇者や剣士とは異なり、ファンレターを送ったり、会って話したりもできる。ヒーローを志す者のほとんどは、憧れからスタートする。怪人に襲われたところを助けてもらったというのも上位の理由だ。確かにカッコいい職業だし、公務員だから給料も安定しているし、非の打ちどころがない。


 だが僕は、ヒーローという存在がどうにも受け入れられないでいた。


 これ見よがしに人前で怪人と戦ったり、後進国への多額の寄付をアピールしたり。

 二十歳過ぎなのに男性と一度も付き合ったことがないという女性アイドルを見ているのに近い感覚だった。


 つまり、胡散臭い。


 正義、ひいては価値観の押しつけ。


 その点、ゲームは画面の中ですべて完結するから後腐れがなくていい。現実世界を良くも悪くもしないし、子どもの将来に何の影響も及ぼさない。

 こんなひねくれた性格だから、僕には友達がいないのだろうか。別に困ってないけど。


 テレビ画面に制作会社のロゴが表示され、暗転する。オープニングムービーが始まるまでの、このソワソワ感がたまらない。文化祭前日のような、焼肉食べ放題に行く道中のような、待つことしかできない焦燥感と、これから訪れる幸福感が入り混じった気持ち。


 甘いコーヒーを一口含み、ごろんと横になる。


 これが堕落というやつか。こんな姿を父さんに見られたら、「ダラダラしてると怪人になっちゃうぞ」と言われてしまう。


 だが僕は、小学生の正当な権利を行使しているに過ぎない。学校は休みだし、勉強だってそれなりに頑張っている。この新作ゲームだって、約束通りテストで百点をとって買ってもらったものだ。いわば努力の対価である。

 土日は一歩も外に出ないぞ。お風呂も夕食も五分で済ませて、残りはずっと部屋でゲーム三昧だ。


 暗闇から一転、音楽とともにムービーが始まった。画面には草原と青空が映し出される。そよ風が吹き、ヒロインがピンク色の髪を押さえる。カメラが切り替わり、城下町。太ったおばさんが野菜を売る横で、もう一人の主要人物らしき褐色の女の子がトマトを齧っている。腰に下げた剣にズームアップし、道場に場面転換。素振りをしている銀髪の爽やかな青年が、この物語の主人公らしい。Bメロに入って突然、城下町が業火に包まれている。ペンダントを握りしめるヒロイン。主人公の胸ぐらをつかむ、褐色の子。本編のダイジェストか。お、三人目の女の子の登場だ。巨大なぬいぐるみを振り回し、敵を薙ぎ払っている。ファンタジーゲームのあるあるだが、シュールな光景だ。さあ、もうすぐ曲のサビに突入だ。僕の予想では、剣を握った状態で瞳を閉じた主人公が開眼するカットから始まると思うのだが……。


「あんたー、ちょっとお願いがあるんだけどー」


 母さん! なんでこのタイミングで話しかけてくるんだ!


「無理、駄目! 今無理!」


 扉の先にいる母さんにけん制をする。僕は今、一度しか味わうことができない「新作ゲームのオープニングムービー視聴」を五感で堪能しているのだ。返事すら煩わしいこの状況で、話の内容を聞けるほどの余裕はない。


「石神さんちに、回覧板届けてくれない?」


「行く!」


 僕は二つ返事で了承し、ゲームの電源を切った。

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