第23話:何者
「それで、結局レイヴンはどうなったのだ?」
ソファに寝転がりながら、大して興味もなさげにミモリが尋ねてきた。
「魔王軍特別官房付に異動ということで落ち着きそうです。要するに左遷ですね」
マグカップの底を覗きながら、僕は答えた。今日はフェニックスに多めにコーヒーを作ってもらっていたが、調子に乗ってがぶがぶ飲んでいたらすぐになくなってしまった。やっぱり羽をもらっておけばよかった。
『近頃はコンビニやスーパーでだって淹れたてのコーヒーが飲めるんだぜ。この部屋から近くの店まで歩いて三分もかかるまい。それを、来るか来ないかもわからない俺の到着を何時間も待ってわざわざ作らせるってのは、よっぽど俺のコーヒーが飲みたいのか、それともただの嫌がらせだな。とはいえどんな雑用だろうと、役割を与えられるってのは嫌な気分じゃねえ。存在を認められている証拠だからな、ケケ』
文句を垂れつつも、毎回用意してくれるのがフェニックスの良いところだ。
「四堕羅を処分するなんてはじめは『有識者』たちも気が引けたようですが、あなたの名前を出したら重い腰を上げてくれましたよ」
なにせミモリは計画に徹頭徹尾携わっていたのだ。保護司役として対象者の出迎えから再就職先の斡旋、対話による精神的フォローまで行っていた。愛人の努力を無駄にすることは、魔王様を蔑ろにするに等しい。
「そちらこそ、保護観察は順調ですか?」
「さあな。保護司はとっくに交代しているから、あれ以来顔も合わせていない」
結局、鬼形香火は怪人にはならなかった。ムショ戻りすることもなく、今もあのゲームセンターで働いているらしい。
「計画が失敗するなんて、人事課に配属された当初以来ですよ。さすがに凹みます」
あの頃は今よりずっと子どもだったし、どうすれば人が傷つくか、悲しむかなんて表面的にしか見えていなかった。
「白々しい。これも想定内なのだろう?」
「と、言いますと?」
「確かに君は、鬼形香火を堕落させるつもりだった。だがそれは成績表でいうところの【可】で、最大の目的、【優】はレイヴンを始末することだったのではないか? 暴行されそうになった女性を助けるなんて、いかにもあいつのやりそうなことじゃないか。私を保護司役に任命したのだって、『魔王の女の計画を妨害した』という大義名分が欲しかったのだろう?」
うつ伏せのまま、紙パックのカフェオレをすすり始めるミモリ。
「レイヴンが邪魔しなければ、鬼形香火は堕落していただろう。それはそれで君の評価につながる。部屋に入ったタイミングだって、計画の片棒を担がされた表という男が制裁されるのを見計らっていたとしか思えん」
僕は腰を上げ、流し台に向かう。マグカップに水を注げば、コーヒーの風味くらいは感じられるはずだ。
「表も、いつも通り裏ビデオの撮影をしようとしたら四堕羅に出くわすなんて、運が悪いですよね」
鬼形香火の部屋で彼の処分をしていた時、カーテンの裏にビデオカメラと、コンセントの中に盗聴器を見つけた。回収しておいたが、このことはあの子には教えていない。
「話題の逸らし方が強引だな」
「逸らしていませんよ。そもそも、あなたがこの計画に乗ってくれること自体、意外でした」
「それは私が女だからか?」
「いえ、そういのは割り切れる性格だってこと知ってますから。あなたは最初から、僕の思惑に気づいていたんじゃないですか? その上で、計画に加担した。僕のことを全国英雄振興協会――NHDAの内通者だと疑っているにも関わらず」
「考えすぎだ」
「普段はぐーたらで僕の手伝いもしないのに」
「たまには働くさ」
「第一、怪人用の運転免許証なんてないでしょう」
「検問でもない限り、提示を求められることはないからな」
「マニュアル車の運転なんて、いつ覚えたんですか」
「人間時代、仕事で必要になると思い取得したのだ」
「ああ、営業職志望でしたっけ? マナー検定一級も持ってましたよね」
返答はない。僕は注いだ水を一気に飲み干し、流しにマグカップを置いた。
七年前、僕が堕落しかけた時に救ってくれた大学生のお姉さんがいた。その人は燃え盛る黒炎に飛び込み、僕を抱きしめ、負の感情の一部を請け負ってくれた。僕は意識を失い、目が覚めた時には魔王軍のアジトにいた。お姉さんの行方は知らない。
僕は見た目こそ人の姿をしているが、半分は怪人化している。身体の胸元から腰のあたりまでは消し炭のように真っ黒く染まっているため、銭湯にもプールにも行けなくなってしまった。ミモリ曰く、「見事な半堕落」。
もし、残りの半分をお姉さんが取り込んだのだとしたら。外見がすっかり変わって、髪の色や声も変化したとしてもおかしくない。
「ねえ、ミモリさん」
僕は初めて、名前を呼んだ。
「あなたは一体、何者なんですか?」
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