第20話:信じるということ
「よしっ、やるぞ」
店内清掃。
機械の停止。
備品の補充。
両替機のお金の回収。
ついでにスタッフルームの掃除も。
あちこちの作業をしていたら、結局深夜二時過ぎまでかかってしまった。
夜更かしついでに、お店のパソコンで最新ニュースを検索する。
本当に、ブリリアントは盗撮の現行犯で逮捕されていた。記事の写真はヒーローの姿ではなく、どこにでもいるようなおじさんのバストアップだった。
山田剛志容疑者、四十二歳。職業は、ヒーロー。
ヒーローは国で認められた職業で、いわば公務員だ。ただでさえ警察や市役所の不祥事は大々的に報道されるというのに、ましてや人気ナンバーワンヒーローの逮捕ともなれば国じゅうが大騒ぎである。
案の定掲示板のスレッドが乱立し、ファンサイトは阿鼻叫喚としていた。
軽蔑する者、お祭り騒ぎする者、ファンを辞めることを宣言する者、グッズを燃やした写真をアップする者、無実を信じる者、応援の署名活動を始める者。
誰もが暴発した感情の行き場を求めていた。
わたしはヒーローを実際に見たこともないし、ブリリアントのことも名前くらいしか知らなかった。アイドルよりも身近で、警察よりも強くて、親よりも信頼できる存在。それが一般的なヒーローの認識だろう。
ところが、わたしの心はまったく揺らがなかった。
単純に、彼への認識が薄かったということもあるが、それ以前にわたしはヒーローに期待などしていなかった。学生の頃からアイドルにも興味がなかったし、親や警察を味方だと思ったこともない。
要は、誰のことも信じていなかったのだ。
わたしにとってはヒーローも怪人も、警察も親もその他の人間も、すべて等しい。
ヒーローの逮捕も、芸能人の不倫も、政治家の汚職も。全部同じ。
心が暗い方へ引っ張られていくのを感じ、慌ててブラウザを閉じる。
フロアを消灯し、二階の自室に続く階段をのぼる。
わたしは変わるんだ。いつまでも昔のままじゃない。
人生はこれからまだ何十年と続くんだ。このままの価値観では、きっといつか限界が来ることはわかっている。
「人は一人では生きていけない」というフレーズを以前は毛嫌いしていたが、今は違う。この言葉は単に支え合うとか助け合うって意味じゃなく、もっとシンプルな意味だと思う。
社会は、人によって構築されている。
社会で生きるということは、折り合いをつけるということだ。
全部を認めさせるわけでも、全部を諦めるというわけでもない。自分ができないことは、国や企業のサービスで賄ってもらい、代わりに自分ができることをやる。つまりギブ&テイクだ。
あれ、ってことは、結局は「助け合い」になるのか。うーん、わからなくなってきた。
つまり難しいことをごちゃごちゃ考えて、他人や社会を遠ざけるのは無駄だということ。少なくとも、自分には向いていない。わたしはもっと単純に生きたい。
人を信じて、いつかは誰かを愛せるようになりたい。
自室の鍵を開ける。いつもより部屋が広く、殺風景に見えた。
「……もっと、家具揃えようかな」
突如、両手に痛みが走る。
うつ伏せに倒れ、敷きっぱなしになっていた布団に顔から衝突する。
目の前が真っ白になる。呼吸がしにくい。身体が動かない。
何が起きた?
痛みは背中の中心部に移っていた。だが背中そのものが痛むわけではない。つまり、拘束されている。誰に?
今日の出来事を振り返っていたばかりで、それに気づかないほどわたしは間抜けではなかった。
「……おもて、くん?」
わたしの腕を押さえていた力が和らいだ。肩をつかまれ、強制的に仰向けになる。
「やあ、鬼形香火。さっきぶり」
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