第18話:反省
ミモリさんはあからさまに面倒くさそうな様子で、用意していた紙に書かれた質問を淡々と読み上げていった。途中からはわたしにペンと用紙を押しつけて、自分はカフェオレを幸せそうに飲んでいた。本当に、どうしてこの人は保護司なんてやっているのだろう。
『自分自身と向き合い、心から反省していますか?』
反省。
わたしは何を反省すればいいのだろう。
罪を犯したこと? 事情聴取で反論したこと?
遅い時間まで飲み会に参加したこと? 助けを呼ばなかったこと?
先輩と二人きりになったこと? スカートを履いていたこと?
女に生まれたこと?
記入すべき答えは一つのはずだ。回答はわかりきっているのに、ペンが動かない。
「……正義とか悪って、なんなんでしょうね」
無意識に、疑問が口から出ていた。
「学校も教科書も、テレビも友達もヒーローも、きっと家庭でも、悪いことはしちゃいけないって口を揃えるけど、じゃあ悪いことってなんですか? 法律を犯したら悪いことですか? 罪人を裁いたり勝手に糾弾したりするのが正しいことですか? 法律は正しいものですか? 人は悪いものですか? 正しい人と正しくない人の違いってなんですか?」
誰か教えてほしい。
そうしたら、言われた通りに生きていくから。
空いた紙パックをゴミ箱に投てきし、ミモリさんが口を開く。
「知るか、くだらない」
くだらないって。
保護司としてあるまじき発言だ。
「正しく生きれば人生が楽しくなるとは限らないし、人の道を外れたらしっぺ返しが来るとも限らない。ただ、どちらの道を歩むにしろ、覚悟は必要だ」
「……覚悟……」
「そうしないと、自分が窮地に陥った時、責任転嫁をしてしまうからな。君の人生は君だけのものだ。君が納得し、満足し、覚悟しなければ意味がない。そこに正義や悪など、社会や他人の価値観が入り込む余地は微塵も存在しないのだ」
ミモリさんは、UFOキャッチャーに並ぶ怪人のフィギュアを見つめていた。
「このレイヴンは、魔王軍の中でも扱いが難しいやつでな。知力や戦闘力こそ優れているものの、規律や秩序をまるで守ろうとしないのだ。怪人というより、混沌だな」
またヨンダラーの話か。ミモリさんの口調は、まるで同僚の話をするかのようだ。
「ヒーローや一般市民の手助けをすることも珍しくない。今のところメリットの方が多いから、魔王も目をつむっているがな。やつは自分以外をまるで信用していない。ヒーローも怪人も人間も、すべてが敵で、すべてが等しい」
まるで、神様のようだ。そんな価値観を持ちながら、どうして怪人になってしまったのだろう。どうして怪人を続けているのだろう。
一度でいいから、会って、訊いてみたい。
こんな気持ちを抱いているわたしは、悪なのだろうか。
レイヴンが並ぶ筐体の隣には、金色に包まれたヒーロー・ブリリアントが爽やかな笑みを浮かべ、クラーク博士のポーズをとっている。やっぱりわたしには、この輝きは眩しすぎる。金より黒の方が見ていて落ち着くし、親しみやすい。
右手に意識を働かせ、ペンの動きを再開させる。
「ところで、ミモリさんと表くんって……付き合ってるんですか?」
「なにを馬鹿なことを」
「二人で話していた時、すごく自然体だったので」
「そんなわけがあるか。あんな腹黒い男と付き合うくらいなら一生処女の方がマシだ」
腹黒いって。全然そんな風には見えないけれど。でもそれなりに交流があるのは確かなようだ。もっと掘り下げてもいいだろうか。
っていうか、ミモリさんって処女だったんだ。美人なのに。
確かに性格はキツそうだけど。
「君、今失礼なことを考えていたな?」
わたしは冷静を装い、首をふるふると振った。
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