第9話:後悔

 事務所に戻ると、珍しく誰もいなかった。ショッピングモールで調達した生ものを冷蔵庫にしまい、手早くシャワーを済ませる。パジャマに着替えてからスマホを見ると、メッセージが届いていた。これを放置して、部屋の隅に放置していた段ボール箱を開放する。ラベンダーの香りがふわりと漂う。


 中途半端な梱包をしていたためか、中身は一部埃を被っていた。黒いぶん余計に目立っている。引き出しから弱粘着テープを取り出し、逆向きの輪っかを作ってペタペタと埃を取り除いていく。


 その後も低摩擦の布で磨きあげたり、アイロンで皺を伸ばしたりしながら箱の中身をできる限り綺麗にした。掃除が終わる頃には日付が変わっており、これから夕食をとるのも億劫なので、仕事のメールだけ送って、ソファに横になった。


 ブランケットを頭から被りながら、僕は花村ちぐさの泣き腫らした顔を思い浮かべていた。


 彼女の背負っているものはあまりにも大きすぎる。たった一人でどれだけの業を抱えているというのか。


 僕はあの子を助けてあげることはできない。それは僕が怪人側だからというだけでなく、人とはそういうものだからだ。人は一人では生きていけない。けれども、悩んだり決断したり行動したりするのは、自分一人にしかできないことだ。


 僕たちの道が交わることは、決してない。重なったように見えたとしたら、それは僕が花村ちぐさの進む道を塗りつぶしたということだ。


 意識が少しずつ眠気の海に溺れていく。沈む中で周りに見えるのは、どこまで深く潜っても花村ちぐさだった。笑った顔、怒った顔、拗ねた顔、悔しそうな顔、泣きそうな顔、泣いた顔。これまでの人生で、他人とここまで向き合った日があっただろうか。


 花村ちぐさにとっても、きっと今日は忘れられない日となる。


 なぜなら、あの時の自身の行動を、死ぬまで後悔することになるからだ。

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