第42話 物語という夢をいつまでもずっと見ている


 イルミネーションツリーを見上げた。今日はクリスマスイブ。


 ショーウィンドーを覗くと、インドア派なりの頑張りが窺える自分の姿が映った。髪型もちゃんと雑誌を見ながらセットしたし、コンタクトだって付けている。服装も清潔感には気を遣っているつもりだ。


 そこで、背中をとんとんと叩かれる。


「ごめんね。……待った?」


「うっ……あっ」無口キャラが久々に声を出したみたいになってしまった。


 ユメはいつもの白いフレアコートを着ていたのに、なんだかいつもより可愛い。目が普段よりも大きくて、睫毛が長くなってる気がする。……やっぱり現地集合にしておいて良かった。女の子は準備に時間がかかるっていうし。


「まさかアオハルとこんな風にクリスマスイブを過ごすことになるなんて、思わなかった」


 キラキラと点滅するクリスマスツリーを見つめながら、ユメがそんなことを言った。


「俺も。そもそも再会できるなんて思ってなかったし」


「……また会えて良かった?」


「そんなの決まってんじゃん」


「どうして……?」


「それは……」


 俺が言おうとしていることをわかっている悪戯な表情で、ユメが見つめてくる。


「…………す、好きだから」


「にひひ~!」


 ユメは頬をにっこりさせて、大きな瞳を線のように細めて笑った。


「ねね、それって“どういう好き?”」


「どういうってなんだよ」つっけんどんにそう返しつつも、俺はユメが望んでいる回答がなんなのかわかっていた。


「結婚したくなる好き? 親友みたいな好き?」


 まるで子供のような質問だった。まんま、昔のユメという感じである。


「……前者」


「わーい!」


「……嬉しそうだな」


「だってだって~、アオハルが好きって言ってくれたんだもん」


 ユメが嬉しそうに俺に抱きついた。正確に言うと、腕をそっとを絡めてきた。それは、ただ無邪気に飛びついてきていた子供のときとは違って、しっかりTPOをわきまえた淑女らしい行動だった。


「怒らないんだね、アオハル」


「べ、別に……?」


 こんなん余裕ですけど? 女の子に触れられたくらいでたじろいだりしませんけど? みたいな余裕の表情でしれっと対応する。……できてるかな、ちゃんと。


「あー、ちょっと可愛くない。昔は猫みたいに嫌がってたのに」


「ユメは完全に犬だったよ! 人の目も場所も気にせず抱きついてくるし!」


「……ふっふっふ。大人になったんですよ。これでも」


 俺の肩に頭をこすりつけるようにしながら、ユメが自慢げに言う。現状もう犬っぽいです。


「ね、わたしも言っていいかな」


「何を……?」


「……アオハルのこと、好きだよ」


「……う、うん」


「もちろん、“お嫁さんになりたい”ほうのです」


「……お、おうっ」


「にひひ~」


 真っ白なユメの頬が、ぽっと朱色に染まる。恥ずかしがりでも大胆なユメである。

「にしても、その笑い方治らないね。引っ越してきたばっかのころはあんまり無かったのに」


「すっごい我慢してたんだから! 今は開放的な気分なの~!」


「あのころのユメは掴めない不思議さが素敵だったな……」


「え、嘘! ああいうのが好きなの?」


「嘘だよ嘘。ありのままのユメが好きだよ」


「にひひ~!」


 周囲のカップルたちに負けず劣らずイチャつく俺たち。でも、不思議なことに子供のころとあんまり変わっていないのが面白いところだ。


「俺たちの関係ってなんか普通に凄い気がしてきた」


「それこそ、小説みたいだよね」


「俺、誇りに思うよ。ユメのことを」


「え、急に恥ずかしいの始まった!」


「単純に尊敬してるんだよ。一人のクリエイターとして。夢なんて憧れるだけで叶うわけ無いって思ってた俺を、変えてくれたんだから」


 俺の腕を抱いたままにこにこ笑うユメを見据える。


「……ユメ、これから恥ずかしいこと言っても良い?」


「……うん」


「俺さ、ユメのこと相棒だと思ってるし、親友だとも思ってる。たまに姉みたいなこと言い出すかと思えば、妹みたいに思うときもある。ユメ、俺はさ――――、」


 人は一面だけじゃない。一人の人間が属するタイプは無数に存在すると思うし、実際そうだろう。浅い付き合いの人間同士だと、一面、二面くらいまでしか見ることができない。だから、それを多く見つけ出せる人っていうのは、自分にとってとても大切な人なのだと思う。恋人でも。友達でも。家族でも。


 君が笑えば――、俺は嬉しい。

 君が泣けば――、俺は悲しい。

 君と一緒にいることで、俺は幸せになれるから。

 それほどユメのことが好きだから。


 そして今度こそ――今度こそは……。素直に。それでいて、ユメ、君のために――、


「優しい人でありたいって……思うんだ」「優しい人でいたいって……思う」


 俺の声に、ユメが重ねてくる。


「……え?」


「なんか……そう言うような気がして……あははっ」


 隣のユメは、今までに見たことがないくらいに顔を真っ赤に染め上げながら頬を掻いた。


「凄い……俺の心を読んでたの?」


「そ、そんなわけないでしょ! ただ、わたしが思っていたことをアオハルが言っちゃったんだよ! ほ、ホントだよっ、わたしの脳内覗いてみてよ!」


「何を無茶苦茶言ってんだ!」


「でもこれまでもたまにそういうことあったでしょ、凄い些細なこととかで」


「……確かに」


「シンクロニーだねシンクロニー。ふふ、嬉しいなあ~」


 しみじみと感動していたユメが、突然口を紡ぎ、じーっと俺のことを見つめてくる。


「……ていうかなんですけど」


「うん?」


「わたしたちって、付き合ってるってことで……いいの?」


 少しだけ不安そうな表情で、ユメがそう訊ねてきた。

 俺はガチガチに固まった身体のまま、ユメに向き合う。


「……アオハル?」


 何かのドラマで見たポーズを思い出す。片手を突き出して、深く頭を下げるアレだ。


「…………お、俺と……つ、つつつ! つきっ、合ってくだちゃい」


 …………噛んだ。こんなときに。キモ過ぎてマジ終わった。


「あーあ……ロマンチックさのかけらもない」


 ユメが微笑みながら言った。


「だ、だって……こんなの初めてだし」


「小説ではあんなにドラマチックだったのになぁ……胸がキュンキュンしたのにな~」


「リアルはそう上手くいかないんだってば! そ、それで……答えは」


「……うーん」細い指を顎に当てながら、こちらをじーっと見つめてくるユメ。


 まさかのNG!? 流石に断られることは想定していなかったんですけど!


「じゃあ……、わたしの好きなところを言ってください」


「……えっと、趣味が合うところ」


 うっわ平凡すぎぃ! これで小説家志望なのだから悲しくなってくる! ヤバい、これではクリエイターとしても男としてもNGにされてしまう! 焦る俺。必死で次の言葉を考えていると、ユメがくすくす笑った。


「わたしのアオハルの好きなところはねえ……、好きなことになると滅茶苦茶饒舌になって、汗かくくらい必死に語ってくれるところ。アニメも映画も小説も守備範囲が広いところ。所々テキトーなのに、マメだなと思うところ。眼鏡かけてると知的に見えること。寝顔がなんか可愛いところ。あと……大昔の約束とか――ずっと覚えててくれるところ」


 そして、俺の頬に柔らかいものが触れる。


「にひひ~、……大好きな気持ち、きっとわたしのほうが強いから」


 照れくさそうに微笑みながら、「これからもよろしくお願いします」とユメが頭を下げた。


 小さいときの約束。

 ――二人が大人になったら、一緒にマンガ家になってマンガ家夫婦になろうね!

 世界中の誰もが、その夢を信じなかっただろう。


 実際、その夢は叶わない。

 俺たちの夢は日々変化していく。


 だけどユメと再会し、俺は劇的な人生の転機を迎えた。

 新しい夢を見つけ出した。全部全部、ユメがいたから。


「はい。ユメ、クリスマスプレゼント」


「わあ、嬉しい! ……でも、どうして二つもあるの?」


「中学生のアオハルから、クリスマスプレゼントだって」


「……アオハル、好きっ!」


 夢を追いかける俺たちの物語は――まだまだ序章。

 想い描く夢が叶うかなんて、わからない。世界中の誰もが、まだそれを知らない。


 きっと――“物語”という夢をいつまでもずっと見ているのだと思う。

 いつか訪れるその日、掴み取るその瞬間まで。何度も。何度も――。


 俺は、それまで歩み続けるだけだ。愛しい幼馴染と、いつまでも――。

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美少女幼なじみに焚きつけられたワナビ俺、青春ラブコメしながらラノベ作家を目指す 織星伊吹 @oriboshiibuki

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