第41話 夢を目指すのに年齢は関係無い
サイドカーに続き、チアキも帰ることになった。
玄関で靴を履き終えたチアキがニヤニヤと笑みを浮かべながらに言った。
「で、明日はどこにデート?」
「なっ」
「え、まさかなんの予定も立ててないわけ? クリスマスイブだよ?」
チアキが、呆れた表情で溜息をついた。
「ユメちゃん、アオハルって基本ビビりで臆病なヤツだから。昔がどうだったのかは知らないけど、今のコイツって……そんな感じだから」
「う、うん……それはなんとなく気付いてる」
「だから……ちゃんとケツ叩いてあげてねっ、こんな風に!」
「のっは――」流麗な蹴りが俺の尻に決まり、チアキはふふんと得意げな表情をする。
「あ……そうだ。ユメちゃんに言っとかなくちゃいけないことがあったんだ」
「わたしに……?」
「あたし、ちょい前にアオハルに告ったんだ」
「おまっ!」「えっ!?」
「ま、見事に爆死したんだけどね。あーあ、アオハルにフラれるなんてしくったなぁ」
「……そうだったんだ」
「……安心した?」
「え!? そんなことは! ただ、わたしもずっと気になってたから。……二人のこと」
ユメは手元をいじくりながら、顔を俯ける。
「……どうにもこやつ、好きな人が居るんだってさー。昔からずっとずーっと思ってたって人が。んもー、誰のことだろうね、それって」
意味深な表情で微笑みながら、ユメのことをじろじろ見つめるチアキ。しどろもどろになっているユメのことを面白がっているようだ。
「あー、凄いスッキリした……ずっとモヤモヤしてたんだよ、ふふっ、意外?」彼女は大きく伸びをしながら、「さーて、恋に破れたら次は夢だ!」とガッツポーズを取った。
「あたしもさ……二人に負けないくらい、夢ってやつを追いかけてみるから!」
「みんなで叶えられたらいいね。そしたら、チアキちゃんが一番大出世かも!」
「編集長様になれたら、俺を専属雇用小説家にして売れなくなっても本を出させてくれ」
チアキはニヤッと唇を歪め「あったりめーよ!」と男勝りに笑った。
その表情は、大人っぽくも夢見る少女のようだった。
* * *
チアキを見送ってから部屋の掃除をしていると、インターホンが鳴った。応答ボタンを押して、小さなモニターに映る人物を目の当たりにし、俺は驚く
。
「誰~?」と訊ねてくるユメに一言残し、俺は玄関まで駆けた。扉を開ける。
「……ヨウ兄」
「よっ。ちょっと近くまで来たもんでな。ほれ、これやる」
渡してくれたビニール袋から香ばしいソースの匂い。ヨウ兄とは、海の家以来だった。
「……今日、おばさんは?」
「居ないけど」
「そうか。じゃあ丁度良かったわ。家に上がるつもりはなかったからさ」後頭部をかきながら、「……アオハルに、ちょっと言いたいことがあってさ」
「俺に……?」
まったく検討がつかない。ヨウ兄の表情を見ても、それは変わらなかった。
「また、声優を目指すことにしたよ」
ヨウ兄から放たれたその言葉が――どれだけ嬉しかったか。
俺から見たヨウ兄は、いつもキラキラと輝いていた憧れの存在だったから。
そんな彼が夢半ばで敗れる姿が、ずっと脳裏に焼き付いていた。
それに抗うように頑張っていた部分が無かったわけじゃない。ヨウ兄がダメだったから、俺がその分頑張るんだという気持ちもあった。
思っていた以上に彼に影響されて生きていたということを実感する。
だけれど、一つ大きな枷が外れた。ヨウ兄は自らの夢を再び取り返したのだから。
「ま、そうは言っても当分はバイト掛け持ちで忙しくなるんだけどな。でも夢を目指してるやつなんて、みんな努力してて当たり前だよな。だからさ、筋トレみたいなもんだなって思うんだよ俺」
「筋トレ?」ヨウ兄の逞しい上腕二頭筋を見ながら答える。
「自分の身体に如何に負荷をかけるか。それが結果に影響してくるっていうかさ。まあ夢の場合だとチャンスが降りてくる瞬間まで、いかに粘れるかってことになるんだけど」
照れくさそうに視線を反らしながら、ヨウ兄は俺の頭をがしっと掴んだ。
「そういう気持ちにさせてくれたのは、お前の影響なんだけどな。ははっ、自覚ねーだろ」
頭を乱暴に撫でられながら、俺は「そっか」と呟いた。
――まるで、小説みたいだ。
ユメとの再会で今の俺があるのも。面倒見の良いライバルな先輩と出会ったのも。チアキに夢が出来たのも。ヨウ兄が再び夢を追いかけようと決意したのも。全部が全部――俺たちが物語を紡いだから、新しい結末に向かって行けるんだ。
「頑張ってみるよ。もう一度声がかかるまで…………今度こそ、絶対に耐えてみせる」
「……うん! 応援してる」
「元々男性声優なんて狭き門だしなぁ。今思えばちょい役もらえてただけでも良かったのに、あの頃の俺は甘えてたな。まだ二十四だし……どうにでもなるだろう」
「夢を目指すのに年齢は関係無いよ」
「いっちょまえにデケえこと言うようになりやがって! このやろ、お前も頑張れよ!」
懐かしのヘッドロックをかけられても、俺の笑みは消えなかった。
ヨウ兄を見送っていると、ポケットの中でスマホが震える。一通のメールが届いていた。
内容を確認すると、俺は居ても立っても居られずに走った。
自室への扉を勢いよく開くと、すぐ目の前でユメが驚いた表情をしていた。
俺は、彼女に抱きついていた。
彼女も、俺に抱きついてきた。
胸の中の体温は、相棒で戦友で大好きな人。そんな狂おしいまでに愛している女の子を、俺はぎゅっとする。
「「受かった!」」
同時に漏れた言葉の意味を、俺たちはすぐに理解した。
「ユメ、一次突破おめでとう!」「アオハル、一次通過おめでとう!」
慌てながらスマホの画面を見せ合う。そこには俺たちの名前が確かに刻まれていた。たった今抱き合っていたことなんて忘れてしまった俺たちは、お互いを褒め殺し合った。
すると、突然ユメが唇を噛んで、泣きじゃくってしまった。
「……本当におめでとう! アオハル頑張ったね、わたし、嬉しくてっ」
「そんなの……俺だってっ」言いながら、俺も涙ぐんでしまう。
まるで自分のことのように、ユメは泣きながら笑っていた。そして、それは俺も同じで。そんな彼女のことが愛おしくて、俺はもう一度彼女のことを抱きしめた。
今度は、女の子のとても良い匂いがした。
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