第40話 みんなの素敵な夢
サイドカーは自分に纏わる壮大なエピソードを語り始めた。持病でずっと入院していた少年時代、相部屋だったヤンキー風の青年が面白い小説を紹介してくれたという。そんな風に意気投合したやんちゃ青年はイケメンのライダーだったらしく、「もしテメェが退院できたら、俺のサイドカーに乗せてやるぜ!」と言われたらしい。
当然容姿や口調もその青年をリスペクトしているという。……本当かよこれ。
「俺の夢はよ、面白ェ物語に巡り合わせてくれた兄者にもう一度会うことだ。もちろん、あの人をあっと驚かしてやるくれェ面白ェ小説をガツガツ書きまくってな。だからよ、今は武者修行中ってわけだぜ。道中楽しまねェと損だしな!」
「所在もわからないのにどうするんだよ」
「ああ、そんなもん余裕に決まってんだろ、このすっとこどっこいが。俺ァラノベ界の頂点に立つ男だからな。とりあえず手始めに『ソードアート・オンライン』を越えてやる」
「それはどう頑張っても厳しいだろ!」
「ンだと!? 目標はデカくってのが俺の性分なんだっつんだよ」
「デカすぎだろ! 発行部数一千万部以上越えてる超人気作だぞ!」
「面白ェ物語には読者が絶対付いてくる。そいつを突き進むのが……俺の忍道よ」
「この葉隠れの里に帰れ!」
俺が溜息をついたときだった。黒いサングラスの奥で、サイドカーの瞳がこちらを向いた。
「そういうテメェらに……夢はねェのか」
「夢って……そんなの、小説家になることだよ」
「テメェが小説家になることなんざ、俺の中じゃもう決定した未来なんだよ。あんだけ付き合ってやったんだ。これで登って来なかったら叩き殺すぞ。俺が言ってんのはその先の話だ。……作家になれたら、それで終いか?」
ユメに視線を向けると、彼女も自信に満ち足りた表情でこくりと頭を頷かせた。
「俺の夢は……自分の書いた物語のイラストをユメに書いてもらって、一冊の本にすること。そして、その作品をアニメ化するくらいの大人気作品にすること」
普段なら恥ずかしくて口が裂けても言えないことなのに、きっとサイドカーの熱が移ったのだ。みんなの前で宣言してみると、気持ちが良かった。
「授賞式や出版社主催のパーティーなんかにも参加して、自分が小説家になったことを噛みしめたい。あとがきも書きたいし、あわよくば雑誌のインタビューなんかも受けてみたいな。あっ! その前に自分の本が本屋さんに並んでるのをじっと眺めて、買ってくれる人たちを凝視したい! 作品をシリーズ化していきたいって気持ちもあれば“春夢青叶短編集”的な感じの本だって出したいし……ラノベだけじゃなくて、一般文芸だって書いてみたい。あ、待って。そもそも小説だけじゃなくてアニメの脚本とかも書きたいし、マンガ原作とかゲームのシナリオとかも担当してみたいな。あとはそうだな~……」
夢を語っているとき――夢を見ているときの俺は。
どうしてこんなにも全身が熱くなってしまうのだろう。
それは、どんなときよりも楽しい一時で。
そんな風に好きなことに熱心に向かっていく自分のことが、俺は好きなのだと思った。
「あるんじゃねェか。素敵な夢がよ」
イケメンサイドカーが馴れ馴れしく俺の肩を叩いてきた。だから古いんだよなアンタ。こっちが恥ずかしくなるわ!
「ねえねえわたしも言いたい!」
ユメがビシッと手を上げた。うずうずした表情で立ち上がる。
「アオハルと共作してアニメ化っていうのは、当初からのわたしたちの夢だったから割愛するとして、わたしはね~、もっと有名なイラストレーターになって、同人イベントなんかでわたしが描いたキャラクターの二次創作が見たい!」
若干早口になりつつ。興奮した様子でユメは語った。
「WanWanさんなら余裕だと思うぜ。つか、そろそろ冬コミの時期じゃねェか。アンタのタッチなら今の流行最先端だしオリジナリティもある。壁サー余裕だと思うんだが」
「コミケ人気と商業人気、ウェブ上での人気はまったくのイコールにはならないからそれは厳しいけど……次の夏コミには出るつもり! だからまずはSNSにイラストを上げまくる! それで商業の仕事をいっぱいして名前を売っていこうかなって思ってるんだ~」
「…………かべさぁ?」
チアキが、目を点にさせて首を傾げた。チアキは俺が教育を施したネトゲ界隈と、多少のオタク知識程度しかない。BLとか、総受けとか余計なことは覚えるくせに。
「時代は何処もネット発なのかもしれねェなあ。今や自分で営業かけて、仕事バンバンもらってこねェとダメってことなんだろうなァ……フリーランスなら特に」
「小説もだけど、イラストも今はデジタルの時代だね。マンガとかだって、ウェブサイトから書籍化した作品は山ほどあるもんね」
「そうだユメ、企業アピール用にウェブサイトでも作ってみたら。今って結構簡単に作れるらしいよ、ほら」
俺はスマホの画面をユメに見せる。それをサイドカーも覗き込んできた。
「人気あるイラストレーターさんとか自分のサイト持ってるよね。過去のお仕事例とか載せたりして。こういうのって出版社さんの目に止まったりするのかな」
「するんじゃない? その辺サイドカーは詳しくないの?」
「俺ァイラストは専門外だけどよ、担当編集に聞いた話じゃ、投稿サイトのイラストは更新されんのが遅せェからツイッターを見るのが一番手っ取り早いっつってたな。実際そこで流れるイラストは結構覚えてるもんらしい。んで、手持ちの原稿に合う絵師が居りゃ声かけるっつう感じだ。ソシャゲのスクショと飯テロ画像ばっかりなのが難点だとか言ってたが」
「「ああ~」」と同意の声が重なる俺とユメ。そんなとき、小さな声がぼそりと聞こえてきた。
「…………寂しい」
「「「え?」」」
「あたしだって……みんなの会話の中に入りたいのに……のけ者。ううっ……しくしく」
顔全体を両手で覆いながら、鼻を啜り始めるチアキ。
「……決めた。あたし、出版社の編集長になるわ」
「なんで!?」
突然のチアキの告白に、俺たちは驚愕の表情を隠せない。
「みんなで盛り上がってて楽しそうだから。それに、編集長ってなんか格好いいじゃん。面白ければなんでもアリの規格外小説雑誌作るわ。ラブコメもホラーもSFもエログロナンセンスもBLレズなんかもごちゃ混ぜのカオス雑誌。そしたらアオハルたちに声かけるから、そこでめちゃクソ面白い小説と超絶素敵なイラストを書いてもらって、ボロ儲けするのですよー」
「そんな無茶苦茶な……誰得なんだよ、その雑誌」
「そんなもん。あたし得ですよ!」
さっきと打って変わって晴れ晴れした表情のチアキ。案外、こういう大物が編集長みたいな役職に就いたりするのかもしれない。
「まあぶっちゃけると、別に思いつきで言ったわけじゃないんだよね。ちょくちょくっと考えてはいたんですよ。あたしが選んだ大学だって、文系で出版界隈強いところだし」
チラチラとこちらを見ながら、照れくさそうにチアキが言った。
「……ま、言ってしまえば、あなたたちに影響されたってところです」
彼女の人生の中に、夢を追いかける俺の姿が少しでも入っているのだとしたら、嬉しい。
――アオハルはね、物語をつくる人になりたいんだよ。
人は人に影響されて生きているのだと改めて思う。俺が小説家を目指した理由だって、憧れた世界にユメが片足を踏み込んでいたからだ。彼女にとってはなんでもない一言だったのかもしれない。けれどその言葉が、奥底の気持ちに火を付けたんだ。
「じゃあ、夢を持つ若者同士、今日くらいは派手に楽しんじゃうか!」
「「おー!」」
「ちなみに酒とかの準備はねェだろうな? 俺たちはまだ未成年だし、勢い余って飲酒に手を染めるのは絶対にあってはならねェ。悪りィがこの部屋の液体類はすべてチェックさせてもらうぜ。…………よし、問題無い。全部炭酸飲料と果汁100%だな」
「寧ろお前はウイスキーとか飲んでそうな顔してるけどな」
「俺の好物はイチゴオレだ!」
サイドカーの告白に俺たちは大いに笑った。俺はこいつのことが好きになっていた。
物語を中心にしてめぐり逢った不思議な縁。これこそ、俺たちが日々生み出そうと躍起になっている物語そのものなのだと思った。
サイドカーは、憧れの人に再会するために。
チアキは、出版社の編集長になるために。
ユメはもっと有名なイラストレーターになって、自キャラの二次創作を見るために。
そして俺は、物語をつくる人になるために。
目標は違えど、辿り着く場所はきっとみんな同じだ。
「……そういえばさ、サイドテールちゃんの本名は?」ポテチを食べながらチアキが訊ねる。
「…………教えねェ」
「ええ~、なんでなんだよぉ!」
「真名(しんめい)ってのは、むやみやたらと教えねェもんだろ」
「お前はサーヴァントか」
真名と書いたら普通は“まな”と読むけど、作品によって新しい造語や読み方を作っている例も多い。そういった言葉遊びを作っていくのも面白いかもな。次の新作で考えてみようか。
「……冬休みでアンタの作品を読むよ。ネットで上がってるやつ」
「おう。公募作でも見てェモンがありゃいつでも送るぜ」
「うん。……それと、その、悪かったよ」
「あ? 何がだ」
「色々と、だよ。……嫉妬、してたんだ。簡単に小説家になりやがって、ってさ。……でも、実際は全然違った。アンタは凄い奴だよ。……俺の視野が狭すぎたんだ。本当にゴメン」
「……嫉妬なんつうのは誰でもするもんだ。悔しい気持ちがなけりゃ、面白ェ物語は生まれてこねェ。だから、それを乗り越えてこの場所に居るテメェは、少しは成長してるってことだと思うぜ」
「サイドカー……」
「……フン。俺ァそろそろ帰んぜ。明日更新分のストックを書かなくちゃならねェんでな。……楽しい時間を過ごさせてもらったぜ、御三方」
おもむろにライダースジャケットを肩にひっさげて、立ち去るイケメンサイドカー。その後ろ姿を見て俺は震えた。こんなにも格好いい男が居るものなのかと。お前はどこかの創作物から生み出されてきた存在なのではないかと。
サイドカーにとって兄者と呼ぶ人間が憧れであるように。俺にとっても彼がそうなる日が、いつか来るのかも知れない。
サイドカーの上着から、ポトリと何かが落ちた。
「あれ、サイドカーくん。何か落ちたよ」
「おお、こりゃすまねえなァ」
とても気分が良さそうなサイドカーが踵を返すと、そこには落とし物に目を奪われている俺たち三人の姿。サイドカーは慌てた表情で“それ”を奪い取った。
「……なんでお前そんなもん持ち歩いてんの?」
「が、学生である以上……生徒手帳は携帯すると相場が決まってんだろうがッ!!」
「そんなやついないだろ……」
「ここに居るんだよッ! この俺がな! じゃあな! 今度こそ邪魔したぜ!」
「…………じゃあな、常節夏郎(とこぶしなつお)。また連絡するわ!」
「その名で呼ぶんじゃねェよォ!!」
悲痛の叫び声が俺の家に響き渡った。
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